オカルトの力、魔法とは ーWhat,Is,Magicー
ところでなんだけどさ、と小鳥遊冬也は切り出していた。
「さっきの山賊達の中にいた茶色の耳をした男、一体俺に何をしてきたんだ?いや、なんか攻撃してきたのはリラの焦り具合からして分かったんだけど、どんな攻撃をしてきたのか最後までよく分からなくてさ。知ってんだろ」
小鳥遊は食べ終わった食器を脇に寄せながら質問した。
「ええ、そうですね。あの犬耳男は性質変化によって透明化された魔法攻撃を冬也さんに向けて放っていました」
少し前に追加で注文したチョコレートケーキを食べているリラに代わってララは答える。
「ですが、あの方はまだまだ初心者でしたね。外見は透明化されていましたけど、魔力自体は絶っておらず、あれではすぐに感知されて防がれてしまいます。透明化させた意味がないですね」
…。
「だから、不意打ちで攻撃したいなら透明化させつつ魔力自体も絶たせる必要があり、より具体的に言うとですね――」
リラが説明し始めようとした時だった。
「え、ちょっ、ちょっと待って」
どこぞの高校生がそれを強制的に中断させる。
「魔法?魔力?そんなものがこの世界にあるのか‼え、ちょっ、マジで⁉」
小鳥遊は興奮気味に言う。ララが若干引くほどに。
しかしそれは無理もないことだろう。小鳥遊が憧れ求めていた元の世界には存在しない『異の力』の名前を聞いたのだから。昔から尊敬していた有名人とバッタリと出会い、しかも会話を交えてしまった時と同じような気持ち、と言えば共感を得られるかもしれない。
「なによ、そんなに興奮して。気持ち悪いわね」
リラは軽蔑を示したような顔で暴言を吐く。
「というか、魔法や魔力と言った言葉はこのあたりでは流通しているんだけど、それを聞いて驚くってことは東洋ではあまり流通していないのかしら?」
チョコレートケーキを頬張りながら、美味しいわね、と言葉をこぼす。
「…えっと、まあ、そんなところかな。多分…」
リラの発言に若干の焦りを感じてしまう小鳥遊少年。
とはいえ、ここで『異世界人』とバレてしまうのはあまりよろしいことではない。めんどくさいことになるのは目に見えているしなにより気味悪がれるのが落ちである(二回目)。だから上手いこと自分自身が東洋(どんな国でどんな場所か全然知らないけど)から来た、と思わせる必要がある。それではどうするべきか。簡単だ。東洋なんてどんなところなのか知らないのであるならリラ達が想像している東洋をでっちあげればいい。もっと言えば、リラやララが東洋に関することを言うたびに『そうだと思うよ』とか『多分ね』とか、あやふやな言い回しだけどいかにも理解できていますよ感を出せばいいのだ。これでリラ達を完全に誤魔化すことができる!!
と、なんか勝手に一人で心理戦を行っている小鳥遊のことを綺麗に裏切り、フーン、とリラは興味の無さそうな態度でそれ以上東洋について何も追求しなかった。
「冬也さんの反応から察するに魔法や魔力の概念は理解しているみたいですね」
小鳥遊はうなずく。
「俺が分からないのは性質変化ってやつだ」
「性質変化と言うものは、四大元素の性質を最大限にまで高めたり、それらを融合させたりすることを言います。これを使えば殆どのことを可能としますね」
「それじゃあ、説明不足よララ。そうね、四十%はララの言った通り、四大元素の性質を意図的に操作することを言うわ。まあ、他にも操作できる物質は山ほどあるけど性質変化の基本は四大元素だから割愛させてもらうわね」
チョコレートケーキと共に注文していた紅茶を飲みながらめんどくさそうにリラは説明を始めた。
「ララは省いたけど、もしかしたら私達との間に理解の相違が生まれているかもしれないから一応聞くわ。トウヤにとってそもそも魔力って何かしら?」
「あれだろ、体内エネルギーをなんか特殊な方法を使って変換させたものだろ」
それを聞くとリラは大きな溜息を着いた。
「どこの知識だか知らないけどそんなわけないでしょ。どうやら認識に差違があったようね。そもそも体内エネルギーと魔力は無関係よ。そっちは魔術。私の専門外だから説明は省略させてもらうわ」
リラは窓ガラスの向こう側に映る通行人を見つつ、
「世界にはパワースポットっていう特殊な場所が多く存在するわよね。そこに行くと運気が上がるとか恋愛が成就されるとか。その正体って、地脈や龍脈といった地球上を循環している超自然的力が集約されたものなのよ。言ってみれば、自然界における特殊な力が集中している場所かしら。だけどパワースポットの正体なんてどうでもいいわ。ここで重要なのは地脈や龍脈といった超自然的力の方よ。私達生物はわね、その力に影響されやすいの。具体的に言えばその力により『なにか』を感じてしまう。私達の先祖はその『なにか』を何かに使えないかと思案した。その結果、『魔力』というものが誕生したの」
「付け加えることになりますけど、パワースポットのみでしか魔力を生み出せないわけではありませんよ。地球上にいればどこにでも生成することは可能です」
「地脈や龍脈は常に地球を循環しているのだから当たり前のことよね。でも生成しやすい場所やしにくい場所はあるみたい。ここまでは分かったかしら?」
お、おう、と返事はしているもののどうやら分かっていないらしい。頭を少し傾けながら顎に手を当て必死に考えている。
そんな小鳥遊を見てララは助け舟を出す。
「簡単に言いますと『魔力』とは、地球上を循環している超自然的力によって私達が『なにか』を感じそれを私達にでも容易に扱えるように変換させたものですね。さらに、その力の変換は地域によって強弱の差があると思っていれば大丈夫です」
「そうね、ものすごーく縮尺して考えればララの言う通りよ。本当はその『なにか』を私達が扱えるように変換、魔力に変えると言った方が分かりやすいわね、その方法や理論、原理とか色々とあるのだけど、トウヤの場合はそれで理解してくれれば良いわ。どうせ説明したところで訳が分からなくなるのが目に見えていることだし」
リラは紅茶を一口含む。
「話を続けるわ。私達の祖先は『魔力』を生み出したまでは良かったけど、それだけでは何一つ効力を発揮しなかったのよ。エネルギー源はあるけどそれを活用するための器具が無かったと言えば分かりやすいかしら。だから『魔力』を使い、どうにかして物質を具現化させたり、影響力を与えたりすることを可能としたかった。その過程によって生まれたものが『魔法』と言うものよ。トウヤの頭を基準にして言い換えると、『魔力』を用いて何かをしようとする方法を『魔法』と言うの」
ここまでは理解したわよね、と確認をとって、
「魔法によってできることは幅広くなったわ。けれど、だからといって万能っていうわけではないの。例えば、『火』を具現化したとする。『火』には様々な性質があるけれど、今回は『物を燃やす』性質に焦点を当てるわ。魔法の場合、この『物を燃やす』性質を生み出し操作することが限界なのよ。具体的に言うと、『火』を具現化させて『物を燃やす』性質を最大限にまで高めたりその逆、最小限に低めたりすることまでしか可能ではない。性質を生み出したりその性質を制御したりするだけでそれ以外は何もできないわ。『火』を消そうにもわざわざ新しく『水』を生み出す必要があるの」
はっきり言って二度手間だ。『火』を消したいのであるならば『火』そのものを消せば良い。だが実際にはそんなことは不可能である。なぜなら『性質』のみしか干渉することができないから。どう頑張っても『物を燃やす』性質を最小限に抑えることまでしかできない。
しかし、これを聞いて一つ疑問に思うだろう。消し去ることができないのであるならば、生み出すこともできないのではないのか、と。そもそも『生み出す』行為は『性質』には一切当てはまらない。けれどもそれは前提からして間違っている。どうして、生み出すことが可能=消し去ることが可能、という方程式が成り立つのだろうか。
固定概念。
既成観念。
それらを一度すべて払拭する必要がある。
確かに『生み出す』ことは『性質』ではないだろう。しかし、『生み出す』行為が無ければ『性質』は生まれない。そのためここでは、『生み出す』ことが魔法による『性質の一つ』と考えるのが妥当である。
「これでは魔力や魔法を生み出したメリットが殆どないわ。便利ではあるけれどあってもなくてもあまり変わらない。そこで、『性質以上のことを行う』ことに重点を置いた技術を発明したの。それが性質変化よ」
「…、な、なるほど…」
ここまでリラが説明したのは良いが、小鳥遊の頭はパンクしかけていた。複数のはてなマークが小鳥遊の頭の上で飛び跳ねて踊っている。
リラは大きな溜息を着いて、
「トウヤの脳はきちんと機能しているのかしら。この阿呆」
「だってしょうがないじゃん‼前半まではちゃんと理解できてたよ⁉でも途中からなに言ってんのか分かんないし、でもお前そんなことそっちのけで説明するし、質問しようにもするタイミングが見つからなかったし…。てか、ややこしく説明し過ぎだと思います‼もう少し簡潔に説明して!」
「分かった、分かったから。一旦落ち着きなさい」
リラは小鳥遊をテキトーにあしらい、
「トウヤにでも分かりやすく言うと、性質を生み出し制御可能とするのが『魔法』。それ以上の可能性を見出せるのが『性質変化』ってところかしら。実際に見せればその違いは明確なんだけど。そうね、さっきから例に出している『火』で表すと、『物を燃やす』ことを最大限に活用できるのが『魔法』。その『火』の『形状を変化』させたり、別の物質に『組み替え』たりできるのが『性質変化』。まあ、今では性質変化も魔法の一つとして組み込まれているから性質変化の説明なんて不必要だったのよね。『性質変化』と『魔法』、二つを合わせて『魔法』と呼んでいるぐらいだし」
ララの方を向いて嘆息を付いた。
「だけどお姉ちゃん、『魔法』と『性質変化』は根本的に違うよ。原理とか理論とか方法とかもろもろと。だから同質化させるべきじゃないとわたしは思うんだけど」
「はいはい。分かったから。でも今はそんなことどうでもいいわ。取り敢えず『魔法』と『性質変化』について理解できたかしら?」
小鳥遊に問いかける。
「大体分かったよ」
そう返事をして、
「ってことはさ、魔力を使える奴って永久に魔法や性質変化を行うことができるってこと?だって、魔力って自身の力じゃなくて地脈…だっけ、そういう地球上にある力を使っているんだからさ。エネルギーが無限にあるようなものだろ。チートじゃないかよ」
「チートっていう言葉が何を意味するのかは知らないけれど、そんなわけないでしょ。確かに魔力の元となるエネルギーは無限にあるわ。けれどその前に体が耐え切れないのよ」
許容量が存在すると考えれば良いわ、と付け加える。
「ララは反対すると思うけど、ここから先は『性質変化』も『魔法』の一部とするわ。そうじゃないと説明するのが面倒だし、なにより色々とややこしくなってしまう。良いわよね?」
しぶしぶララは頷く。
「さて、さっき私は『魔法』を行使するためには『魔力』が必要で、『魔力』は『なにか』を変換させることによって得ることができるって言ったわよね。だけど実はそのときに変換させた『魔力』は九割近く体内から空気中に排出されてしまうの。だから実際のところ、『魔力』を生成しただけでは『魔法』を行使することはできない。あ、でも一応残りの一割を使えば不可能ではないけれど殆ど何もできないわ。そういうわけで、空気中に排出された『魔力』を一度体内に取り込ませる必要があるの。この作業をしなければ『魔力』はただ空気中を浮遊しているだけの存在となってしまう。それで、ここからが割と重要なんだけど、取り込ませた時、多少なりとも体には負担がかかってしまうの。取り込ませる魔力が多ければ多いほどそれは比例していくわ。だから、仮に巨大な魔法を放つために魔力を大量に体内へ取り込ませた場合、その分体への負担が大きくなる」
「だったら少しずつ体内に魔力を貯蓄させればいいんじゃないのか?そうすれば負担を減らすことができると思うんだけど…」
「ええ、そうよ。けど、トウヤの疑問は『エネルギーが無限に存在するため永久に魔法を使えるのでは』ってことでしょ。自分自身で自分の疑問を解決しているじゃない。一応言っておくけど魔法を使いながら魔力を取り込むことは不可能だから。無理なのよ。魔法を永久に行うことは。でも、長期間連続で魔法を行使することは可能よ。そもそも、体にかかる負担の量なんて個々によって変わってくるわ。同じ量の魔力でも全く負担がかからなかったり、その逆で負担がかかり過ぎたりする。要するに、個々によって長期間連続で魔法を使えるかどうかは変わってくるってことね」
二台の車を思い浮かべてほしい。片方は従来の車として、もう片方を第三のエコカーとする。同じ量のガソリンでもより長い距離を走ることができるのは第三のエコカーだ。
これと同じようなことが生物界でも起こっているのだ。
魔力は同じなのにも関わらず、体への負担の量がそれぞれ異なっている。
圧倒的な不平等。
生まれた時からどの程度、魔力を行使できるのかが決められている。
結局のところ異世界でも現実世界と変わらず本当の平等なんてないようだ。
「なんか制約みたいなものはあるみたいだけど、やっぱり魔法って便利なものだろ」
「そうね、結果論から言えば便利よ。魔法が無ければ苦労していた部分があることは確かだし、そのおかげで発達した技術もいくつかあるわ。でも、それ以上に魔法を行使するのは大変なことなのよ。魔力の原理やエネルギー永久理論とか学ばなければならないし、魔力管理を常に行う必要があるし、それに魔力を体内に取り込んで維持できる許容量が決まっているし…、冒険者の『魔法使い』が羨ましいわ」
リラが何気なく言った最後の一言を聞いて小鳥遊は声を上げた。
「え、冒険者ってこの世界に存在するのか⁉」
「うるさいわね。店内なんだから静かにしなさい」
リラは紅茶を一口飲む。
「存在するわよ。結構いる、はず…。悪いけどこっち方面は私の管轄外だから詳しく知らないわ。ただ、色々な洞窟や迷宮を探索したり商人や貴族の護衛とかしたり、様々な場面で活躍していると聞くわ」
だったら自分も冒険者になろうかな。そうすれば独りで生きていそうだし、あわよくば最強の冒険者として皆から慕われたり、頼りにされたりするのではないか。それに、冒険者は男の子だったら一度は憧れるゲーム内人物。主人公だ。なるだけの価値ある。
するとララが小鳥遊の考えを見透かしたかのように言った。
「冒険者になることはあまりお勧めしませんね。なぜかというと、洞窟や迷宮の冒険など全ての仕事が命懸けです。生半可な覚悟だとすぐに殺られてしまいますよ。さらに、武器や防具、回復用品などの入手手段を各自で確立しなければなりません。ギルドに入れればなんとかなりますが、そのギルドも当たりハズレが激しいです。そしてなによりここ最近、新人狩りと呼ばれる行為が流行っています。ギルド会館や冒険者管理総本部などが対策を講じているようですがどこまで効果があるのか未知数ですね」
冒険者に知り合いがいるのであれば話が変わってきますが、と最後に付け足した。
冒険者になりたい、という考えが光の速さで消え去った。
と、ここで小鳥遊は思い出したかのようにリラに質問する。
「なあ、リラ達って魔法や魔力に関して詳しいけど、実際に魔法を使えるの?」
二人とも頷く。
「ならさ、どうして三人組に襲われた時、魔法を使わなかったんだ?そうすれば簡単に追い払えたはずだろ」
リラは少し難しい顔をする。
「あんな大勢の場所で魔法を使うバカがどこにいるのかしら。まあ、あの三人組の一人は馬鹿だから使ったようだけど。普通は関係の無い連中まで巻き込んでしまう可能性があるから街のど真ん中では使わないのよ」
「あの状況下で、もしもお姉ちゃんが魔法を使っていたら周囲の方たちを巻き込んで、今頃、とんでもないこととなっていたと思いますね」
「だったらララが使えば良かったんじゃないの?」
小鳥遊が何気なく聞くと、
「この子は一つ一つの魔法の威力や範囲が巨大過ぎて、精密に制御をすることができないのよ。私の代わりにララが魔法を行使していたら間違いなくこの街は吹き飛んで焼け野原になっていたんじゃないかしら。知らないけど」
リラが代わりに答えた。
想像以上の実力者姉妹に小鳥遊はビビる。てか、街を吹きとばして焼け野原にする魔法とは一体どんなものなのか興味が湧いてしまう。
しかし、小鳥遊が触れたのは魔法の威力や範囲とかではなく、いきなり確信をつくことだった。
「んじゃ、本題に入るんだけどさ、なんでお前らあの三人組に追われていたんだ?」
「そんなこと、どうしてトウヤに教えなくてはならないのかしら」
サラッと言われた。
えっ、と困惑している小鳥遊を無視してリラは続ける。
「何を勘違いしているのか分からないけど、そこまで話す必要性が全く見当たらないわ。私達とトウヤは赤の他人。そのことを忘れているのかしら。確かに私達は助けてもらったわよ。けれでも、その報酬は魔法・魔力の説明とここで奢る分で十分よね。まさか、まだ不満足とでも言いたいの。そんなわけ――」
グチグチ文句を言うリラを無視してララは小鳥遊の問いかけに答えた。
「彼らは私を、いえ、厳密に言えば私が所持しているあるモノを狙っていたのです」
そしてララはダンガリーシャツの内側ポケットから五センチ程度の勾玉を取り出しテーブルの上に置いた。
その勾玉は、周りは青色で中心部にいけばいくほど真っ赤に染まっている。
普通の高校生である小鳥遊にでも分かる。これは異質なモノだと。
「ちょッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
リラは立ち上がり小鳥遊の声よりはるか大きな声で叫ぶ。
「なに勝手に国家機密に直結するようなことを平然とこのバカに話しているのかしら!!!!!!!!!!!!!!!!騎士団長と王妃に言われたわよね。誰にも話すなって、忘れたのかしら?????????」
その声に反応して他の客達がリラの方向に一斉に注目した。
「お姉ちゃん、一旦落ち着いて。ここは店内だから他にもお客さんがいるよ」
リラは周囲を見回し、恥ずかしくなったのか顔を赤くしながら席に座った。
「騎士団長の言ったことはちゃんと覚えているよ。だけど、冬也さんは私達のことを助けてくれた」
「ララは大袈裟なのよ。あの程度の連中、私の拳だけで沈められたわ」
「でも、実際は冬也さんに助けてもらったよ。これは確定事項であり揺らぎない事実」
うっ、とリラは漏らし、
「そうだとしても、そこにいるアホにそこまで教えることは無いわ」
「うん、そうかもしれないね。だけど、私達が追われていた理由くらいは話すのが道理なんじゃないかな。何度も言いうけど仮にも助けられた立場だし」
頑固なララに何を言っても無意味だと判断したのかリラは深い溜息を付き、腕を組みながら、好きにしなさい、と説明することを許可した。
「これは、『禁忌の箱』と呼ばれるこの世界に一つしか存在しない特別な勾玉です。別に、これ以外に存在しないから特別なのではなく、ある性質を持っているためそのように位置づけられているのです」
「ある性質?」
「はい。その性質とは、ある物事を対象にその行為を絶対的なモノとする」
「…どういうこと?」
「要するに、絶対に成功するのよ。対象にされたモノや生物は」
リラはふてくされた態度を取りながらも薄く笑う。
「もしもの話だけど、この勾玉がトウヤを対象にしてその性質を発動させたとするわ。するとトウヤの行動すべてが絶対的なモノとなるの。目の前に敵が現れても絶対に勝つことができ、店を開くと必ず大儲け。百人の女の子に告白したとすれば全員からトウヤの希望とする返事が返ってくるわ。いわゆるハーレムってやつね。もっと言うと絶対に対象の望んだとおりにことが運ぶの。コインで表を出そうにも裏が存在するためその確率は必然的に二分の一になるけど、この勾玉にはそれが無い。どんなにコイントスをしても表しか絶対に出ないわ」
「ナニソレ、さいッッッこうじゃん!!!!メチャクチャ便利じゃん!!!」
果たして本当にそうなのだろうか。
「それを悪用しようとする奴が出てこなければね。国家転覆とか世界征服とか」
結局、そういう問題が発生してしまうのである。
「正直、これは夢や希望を与える最高の代物とは言えないのよね。善人に渡ったとしても、その善人が悪人へ変貌しないっていう保証は全くない。平和主義者が突然、世界を征服できるだけの力を持ったとするわ。初期の頃は善を推進させ悪を制裁し、平和な世界が生まれると思うわよ。だけど、その行いが日に日にエスカレートするに決まっているわ。より具体的に言うと『悪』の定義が幅広くなる。最初の頃はポイ捨て程度の罪だと罰金くらいで済んでいたはずなのに、いつの間にか処刑になっていただとか、軽い口喧嘩だけで治安を悪くしたってことで牢獄行きだとか。酷くなると平和主義者の意見に反論しただけで処刑にされてしまうかもね」
そんな世界はもはや『平和』とは言えない。ただ権力を振り回して強制的に従わせているだけだ。ただの独裁政治。幸せなはずが無い。
「だからこんなモノ無い方がマシなのよ。強奪しようとする連中も出てくるし」
リラは肘を付きながらフォークをクルクルと回す。
「だったらそんなモノ、魔法とか使ってさっさとぶっ壊せば良いんじゃないのか?そうすれば強奪する奴らとかそれを使って悪用しようとする奴らから狙われないだろ」
小鳥遊が聞くと、
「そうね。トウヤの言う通りよ。『禁忌の箱』をぶっ壊せれば解決できるわ。でもね、できないのよ。硬すぎて。いくら衝撃を与えても、熱しても、他の方法を使っても傷一つ付かなかった」
とんでもない性質を持っているうえ、破壊することのできない『勾玉』。リラ達の手に負えるものではないようだ。
「…、マジかよ、なんでそんな危険なモノをお前らが持ち歩いているんだ?」
「答えは簡単ですね。私達は『禁忌の箱』を王室派に送り届けるという使命を課せられているからです」
淡々とララは言った。
「王室派?」
聞き慣れない単語を聞いて小鳥遊は繰り返してしまう。
「ええ、そうよ。全く困ったものよね、こんな奇妙な勾玉を私達に運ばせるなんて。迷惑はなはだしいわ。連休を貰った意味が無いじゃない」
リラは何度目かになるか分からない溜息を付き、マグカップに残っていた紅茶を全て飲み干した。
「さてと、紅茶も飲み終えたことだしもう行くわ。これ以上時間を無駄にしたくないし」
そう言ってリラは立ち上がったのだが、どういうわけかララは座ったままだ。
「ララ?どうしたのよ、早く行くわよ」
「お姉ちゃん、思ったんだけど冬也さんを護衛として王都まで付き添ってもらえれば良いんじゃないかな。冬也さんは強いと思うし、もしもまた今回のように『禁忌の箱』が狙われたとしても、山賊や盗賊程度ならなんとかしてくれるはずだよ」
「冗談…、よね?」
リラはララに問いかけるが妹の目が語っていた。冗談ではない、と。
「だからってなんでこの男なのよ。用心棒にするならそこら辺にいる冒険者にでも声をかければいいじゃない」
「確かにそうだね、私達が王都の関係者で無ければ…ね。お姉ちゃんも知っているよね。王都と冒険者管理総本部との仲のこと。ギルド本部は儲かるから大歓迎みたいなんだけどね」
「…、まあ、ララの言う通りね。冒険者には依頼できないわ」
だけど、とリラは付け足して、
「トウヤにだって今後の予定くらいはあるんじゃないかしら。それを私達のせいで無駄させては悪いわ。そう思わないかしら?」
「予定なんて何もないぞ」
即答だった。
「う、報酬なんて一つも用意できないわ」
「ただで良いぞ」
「…」
リラは沈黙する。そして、そのまま黙って店を出て行った。
「どうやら納得してもらえたようですね。それでは冬也さん、私達姉妹の護衛を宜しくお願いします」