行間(2)
人気の少ない細い裏通り。幅は二人の人間が並んで歩けるかどうかだ。そんな細道を三人の男たちは全力で走っていた。まるで何かから追われているかのように。
「畜生、なんなんだよ。あの野郎」
ボウイナイフを持っている犬耳男は叫ぶ。
彼らは、とある人物から命を狙われていた。理由は単純であり明確である。『依頼を失敗したから』だ。けれども、そもそも彼らだって『命を賭ける依頼』であるならば容易には了承しなかっただろう。いや、しなかったはずだ。彼らはプロの殺し屋でも何でもない普通の山賊。現実世界で言えばただのヤンキーに部類する。そんな彼らが、『命を賭ける依頼』という『覚悟』を必要とする仕事を引き受けるわけがない。ならば、何故そんな依頼を引き受けてしまったのか。答はすぐに出る。報酬が多額なモノで尚且つ簡単な依頼だったため、か、そもそも『命を賭ける依頼』と事前に知らされていなかった、かだ。
しかしながら、そんなことは今はどうでもいい。山賊達は生き延びるために必死で逃げている。それだけ分かってもらえればそれで十分だ。
三人は薄暗く、光が届かない細い道を奥へ奥へと進む。後ろを振り向くと、とある人物の姿は見えなかった。それに気付き三人は体力的にも精神的にも限界だったため少しの間ひと休みをすることにした。
「あの依頼人、俺達の目の前に現れたと思ったらいきなり、笑顔で『死んでもらいます』とか、意味が分からんぞ」
筋肉男が息を切らしながら言う。
「ホントだよ、訳が分からない」
「俺達が、対象を見失ってしまったことがバレたんじゃないのか。それで失敗したと思って殺しに来たとか?それなら今の状況に一応納得はできるんだけど…、」
「いやいや、それだったらなおさら訳が分からないぜ。俺達は、『依頼を失敗したら殺される』と事前に知らされていなかったし、あの女はそれらしき言動や振る舞いをしていなかった。それに、どうやって俺達が取り逃がしたって分かった?」
筋肉男が聞くと二人とも黙り込んでしまった。
すると、
「それはとても簡単な問題ですよ」
彼らの進行方向から声が聞こえてきた。その声は甘く、誘惑的で、そして恐ろしく恐怖心を抱かせるようなものだった。
「ずっと見ていました。貴方達のことを。全て」
三人とも動くことができない。頭では逃げなくてはならないと分かっているはずなのに、体が言うことを聞かない。まるで石造にでもなったかのように。自分の体ではなくなったかのように。
自身の心音が聞こえてくる。
冷や汗が頬を流れ地面に落ちる。
「全く呆れました。あんな青二才に全員やられるとは。怒りを通り越して哀れと感じてしまいます。情けませんね」
足音を響かせながら歩いてくる。
そして光が差し込んできたことにより、声の主が分かった。
トトだった。
彼女は山賊達の数メートル手前で足を止めた。数十歩、歩けば彼らに届く。そんな危機的状況なのにもかかわらず、山賊達は一歩も動くことができない。蛇に睨まれた蛙。トトは声の威圧と恐怖のみで彼らの身動きを奪っていた。
「嗚呼、それと、貴方達は殺される理由が分かっていませんでしたね」
ひどく滑らかな肉感的で旋律のような声で彼らの疑問にトトは答える。
「子供三人から『禁忌の箱』さえ奪えない、役立たずの無能集団であるからですよ」
笑顔で、けれど、どこか怒りが含まれているようなそんな雰囲気を漂わせながら言った。
「使えない玩具には存在価値なんてありませんよね」
その言葉が戦闘開始の合図だったのかもしれない。
その瞬間、ボウイナイフを持っている男が叫び声を発しながらトトに突っ込んで行った、が、ナイフがトトに触れるか触れないかの瀬戸際でいきなり男の体が吹っ飛びレンガの壁にめり込んだ。確認しなくても死んでいると分かるくらいに。それを見た筋肉男ともう一人の犬耳男は一目散に逃げる。けれども、トトから『目を離す』行為がどうやら悪手だったようだ。今度は筋肉男の首が吹き飛んだ。大量の血が噴水のように首から流れ落ちる。胴体が力なく地面に倒れた。それを見て犬耳男はすぐにトトのいる方へ振り向くが、すでにそこには誰もいない。と、思った瞬間、目線が何故か下の方を向いていた。そのまま頭から地面に落ちる。その間、犬耳男は自分の下半身だけが立っているのがチラリと見えた。胴体を真っ二つに分断されてしまったのだ。
時間にして約三十秒。その間に山賊三人組は帰らぬ人となってしまったのだ。もはや、戦いではなくただの暴力。一方的な虐殺だった。
「歯ごたえが全くなかったですね。少しは抵抗できると思ったのですが無理でしたか」
そう言いながら壁にめり込んだ死体に近づきその手からボウイナイフを取った。
「余談ですけど本当は、『禁忌の箱』を他者に漏らさせないため、が貴方達を殺した正しい理由なんですけどね。まあ、多少は、無能だったから、も含まれていますけど」
軽い調子で言った。
「さて、武器の調達もついでに済ませたことですし、そろそろ『禁忌の箱』を奪いに行きますか。できれば人気のない所が良いですね。目立ちたくありませんし、なにより余計な死人を生み出したくありません。彼女達の目的地は王都ですから…、恐らくあの地区を突っ切るはず。あそこは数年前から誰も住んでいませんので都合が良いですね」
器用にボウイナイフをクルクルと回す。
「久し振りに元同僚と顔を合わせるのはなんだか気恥ずかしいものですね」
いつの間にかトトはその場にいなくなっていた。