平穏な時間 ーPeaceful,Timeー
現代的な服装をした姉妹と異世界転移させられたと思われる少年は喫茶店の中で窓際にある四人掛けのテーブルに互いに対面できるように座り、ララはココアを飲み、お姉ちゃんはショートケーキを食べていた。
店内は太陽の光が入り込みとても明るくリラックスして食事ができるように工夫されている。カウンター席と四人掛けテーブルが設置されていて、店内の構造だけを見れば現実世界にもありそうな喫茶店である。そう構造だけを見れば。店内を見回すと武器と鎧を装着した男性やローブを着て鍔の広い三角帽子を被っている女性など、異世界らしい風景が広がっていた。
「さっきは助けてくれてありがとうございます。私の名前はララ、こっちはお姉ちゃんのリラです」
小鳥遊冬也はハンバーグを食べながら、コレ、元の世界より普通に美味しくね、と感じていた。
はじめはメニュー表を開くまではどんな料理があり、それは自分の口に合うのか心配だった。けれどメニューを見てみると現実世界にあるような物ばかりで、しかも現実世界より美味しい。これまた小鳥遊にとって都合の良い設定である。
「俺は小鳥遊冬也。礼は良いよ。最初。情けない姿を見せてしまったんだし」
自分には異能の力が、特殊な力が存在すると勘違いを起こして醜態をさらしてしまった少年・小鳥遊冬也は面白くなさそうに言った。
普通の男の子ならアニメや漫画の中にある、現実世界には存在しない『異』の力に憧れるものだ。それを使いかっこよく悪役を倒したい。周囲からちやほやされたい。誰かを守れるヒーローになりたい――。そんなことが『異世界転移』というフィクションのみでしか存在しないイベントにより叶った。
と、期待し調子に乗った結果、山賊にはぶん殴られたわ、リラには見下されたわ、で色々と傷を負ってしまった小鳥遊であった。
「そうだとしても、あなたの力が無ければあの窮地を脱することができなかったかもしれません。心から感謝します」
間接的に助けられたララがその場で頭を深々と下げた。
「ちょ、え、頭をあげろよ、ほんとにたいしたことをしたとは思っていないんだからさ」
小鳥遊はうろたえながらララに言う。
それに対して、実質と言うか、直接的に助けられたお姉ちゃんは、
「そうよ、こんな知能が低そうな男に頭を下げる必要はないわ」
「お、ま、え、は妹を見習って少しぐらいは俺に感謝をしろ‼」
リラはそんな小鳥遊の叫びを無視し、ショートケーキをフォークで一口サイズに分け口に運ぶ。
「確かにトウヤから助けられたわ。そこは認める。でも、はたして私は貴方に助けを求めたかしら。貴方が勝手にしたことじゃない。礼を言う気はないわ」
「…、俺ぶん殴られたんだけど…」
「それこそ私には関係ないことよ。殴られたくなかったら出し惜しみせずに最初からそこにある武器を使って戦っていれば良かったじゃない。そうすれば無傷ですんだわよね。どうして素手で戦おうとしたのかしら」
それに対し、小鳥遊は言葉に詰まってしまう。まさか、自分には相手を一撃で倒せる不思議な力があると思いリラの目の前に出て来て素手で戦おうとしていました、テヘペロ★とは口が裂けても言えない。罵倒されるのが目に見えている。
「えっと…、ほら、あれだよ、あれ。どうせ俺にやられるんだし、記念として一発ぶん殴られる的なことをしていましてね…」
なんとかして上手く誤魔化そうとするのだが、咄嗟に良い言い訳が思いつかなくなんだか変態じみた発言となってしまった。
小鳥遊の言葉を聞いたリラはドン引きをして、そして、言い放った。
「マゾ男」
「ちょっと待って!俺ノーマルだから‼普通だから‼」
必死に反論するがリラはそれを信じていないらしい。小鳥遊のことを汚物を見るような目で見ている。
「お姉ちゃん、そういう趣味を持っている方もいるんだし、引いたらいけないよ。個性の一つとして考えれば何の問題もないんだし」
ララがカバーにまわるが、全くなっていない。逆に小鳥遊がマゾだ、というリラの発言を肯定している。
「あのー、ララさん?それ全然フォローになっていませんからね‼」
小鳥遊の言葉にララは何を言っているのか分からず首を横にかしげている。ついでに頭の上にはてなマークも見える。
「まぁ、トウヤがマゾだろうと馬鹿だろうとマヌケだろうと何でもいいわ」
リラはショートケーキの上に載っていたイチゴをフォークで刺しながら、
「あの時の武器の構え方はなんだったのかしら?見たことが無かったわ」
「ん、なにってそりゃーけんd…」
言いかけた時、小鳥遊は思った。剣道って言っても分からなくね。だって、現実世界の武術だし異世界にあるわけが無い。
小鳥遊がどう説明しようか思案していると、ララが言う。
「あの構えって東洋独自の型ですよね。確か、細い刀を両手で持って戦闘するとかなんとか。詳しくは分からないんですけど」
それを聞いて小鳥遊は驚きを隠せない。まさか、同じような剣術があるとは思ってはいなかったからだ。しかし、この世界は小鳥遊のいた世界と共通した部分が多々ある。別に同じ技術があったところで何の不思議ではない。
「ということは、東洋の国から来たってことかしら。また随分と遠いところから来たのね。お疲れ様」
「え、あ、う、うん」
多少どもりながらも小鳥遊は返事をする。
彼女達を騙してしまうことにちょっとした罪悪感を感じてしまうがこればっかりは仕方がない。もしもここで、『別の世界から来ました』だなんて言ってもどうしてそうなったのか納得できるよう上手く説明できる自信はないし、逆に気味悪がられてしまうのが落ちである。だから訂正しないでそのままにしておくのが正しい選択であろう。
窓の方に目線を移して小鳥遊は残り一口分のハンバーグを口の中に放り込んだ。