全ての始まりは ーAll,Originー
澄み渡る青空。雲一つなくまさに快晴といったところだ。これが現実世界であるならピクニックやハイキング、森林浴などの野外活動に最高の日和である。
そんな晴れ晴れしい天候なのにもかかわらず、煉瓦で造られたゆるやかなアーチ状の大橋の欄干に小鳥遊冬也は浮かない表情で、もたれかかっていた。
「ったく…、これからどうすれば良いんだよ…」
思わず口に出してしまう。
この世界に来て数時間、街を散策して分かったことなのだが、驚いたことに殆どが元いた世界と何も変わっていなかった。音声言語や文字言語はもちろんのこと、固有名詞やその意味までもが全くと言ってもいいほど同じだった。どこからどうみても小鳥遊冬也にとって都合よくできているようにしか思えない。
思えないのだが、どういうわけか、この世界で生きていくには欠かせないものの一つである通貨に限っては全くの別物が流通していた。より詳しく言えば、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨が。そのおかげで財布の中に入っていた千円札数枚といくつかの小銭はただの紙切れと鉄くずとなってしまい、実質、一文無しとなってしまったのだ。これでは食料すらも買うことができない。どうして通貨は同じものが使用されていないのかと疑問が残るけど、その謎を解いたとしても今の状況を打破することはできない。
そんなわけで、真っ先に通貨を手に入れるべきではないのか、と小鳥遊は考え実行に移したのだ。では、具体的に何をしたのかというと、それはとても簡単なことで単純に目に入った店を片っ端からあたり、働かして欲しいと懇願したのだ。
その結果、ものの見事に全ての店から断られてしまった。それも小鳥遊の話など一切聞かずに一方的に。
思い出しただけで胃がキリキリとしてしまう。
確かに断られることはある程度予想していた。予想していたけど、本音を言うとここまで厳しいとは想像していなかった。数撃ちゃ当たる方式を使えば一軒くらいは雇ってもらえると期待していたしそのつもりでいた。ぶっちゃけた話、十軒近くあたれば、余裕で見つけられるだろうと高を括ってもいた。
方向性が間違っていたのか。それともやり方が間違っていたのか。
さっぱりわからない。
しかし、だからといってここで諦めるわけにはいかない。冗談なしでお金が一銭も無いのだ。このままでは、今日の夕食無しどころか野宿確定となってしまう。それだけは何とかしてでも避けたいところだ。
比較的混雑している大橋の上を小鳥遊は歩き始める。
さて、どうしたものか。やみくもに店主に懇願しても意味がないことはこの数時間で痛いほど痛感した。ならば今度はいかにも人手が足りなさそうでなおかつ、店主が押しに弱そうな女性をターゲットにすればワンチャン雇ってもらえるのではないのか。狙いは結構ゲスイが小鳥遊にとっては死活問題だ。なりふり構っている場合ではない。(そこまで都合の良い物件があるとは思えないのだが行動しないよりかは何倍もましであろう。)
ふと、足元を見ていた目線を正面に向けた。自然と周囲の状況が目に飛び込んでくる。
やはりこの世界はなかなか面白い。科学技術はそこまで発展していないように見えるのに他は現代とあまり差異はない。下手をするとこちらの世界の方がいくつか発達しているのではないかと感じ取れてしまう。
と、ここで小鳥遊が必死こいて条件に当てはまる店を探していると胸のあたりで何かにぶつかったような感覚に襲われた。
急いでそちらの方へ向くと一人の少女が尻もちをついていた。
歳は大体、十一~十二歳くらいか。小鳥遊より二、三年下であろう。髪は肩より少し長めで瞳と同じ紺色だ。そのうえ髪を上げているためおでこが丸出しである。服装はやっぱりというべきか、半袖で無地のTシャツの上からダンガリーシャツを羽織っており、露出度の高い白のマイクロミニスカートを履いていて、現代的な格好をしている。(ちなみに、小鳥遊が高校の夏服を着て公の場を堂々と歩けるのは半分くらいが現代と同じような格好をしていて不審がられないからである。)
「えっと、ごめん。よく前を見ていなかった。怪我とかしていない?」
小鳥遊は少女に手を差し伸べる。
その手を少女は手に取り立ち上がった。
「私は大丈夫です。それよりこちらの方こそすみません。走っているのに後方ばかりに気を取られすぎて前方を全く見ていませんでした」
少女はお辞儀をして丁寧に謝る。
小鳥遊は『後方に気を取られすぎていて』という部分が気になり少女の走ってきた方向を見てみる。すると、そこには三人の男から追われている少女の姿があった。その少女も現代的な服装で、チェックのシャツとショートパンツを着ていて赤と白のタイツを履いている。容姿はここからではショートの髪が紫色に染まっていることくらいしか分からない。
もしかしたら目の前にいる少女も後方にいる少女と同じように三人組から追われているのではないのか。そうだとしたら理由は何なのだろう。
「ララ、何をしているの!早く逃げなさい‼」
小鳥遊が悠長に推考していると後方にいる少女が叫んだ。
「それでは先を急いでいますので」
ララと呼ばれた少女はそう言って小鳥遊が歩いて来た方向へと走って行く。
のだが、その後ろで少女が石につまずき転んでしまった。
「イタッ」
「お姉ちゃん‼」
どうやらララと少女は姉妹のようだ。
ララがお姉ちゃんを心配して後ろを振り向く。
「私に構わないで早く逃げなさい!それが奪われてしまうと面倒なことになってしまう」
お姉ちゃんはそんな妹に声を荒げて言う。
そしてすぐに立ち上がったが彼女の右肩に誰かが手をのせる。
「やっと追いついたぜ。全くよぉ。てこずらせやがって」
後ろを振りむと、そこには先程の三人組が息を切らして立っていた。
一人目は頭から犬耳がお尻からは尾が生えていてどちらとも茶色だ。腰にはボウイナイフを装着している。二人目も同じように犬耳と尾が生えているのだが色が一人目と異なり耳は黒で尾が白だ。腰には折り畳み式ナイフを付けている。二人とも体格は細身で筋肉があまり見当たらない。三人目は見た目に特別変わった様子が無いのだが、ほかの二人とは違って鍛え上げられた筋肉が露わとなっている。武器らしきものは一切無く素手で相手するのを得意にしているようだ。三人ともゲームやアニメの中に出てくる山賊のような恰好をしている。
「ほんとそれだよなあ。ったく、疲れたぜ」
「小柄だからってちょこまかと逃げやがって」
「さっさとよこせよ、『禁忌の箱』ってやつよぉ」
雑魚キャラ的要素を含んだ山賊達は次々に言葉を発する。
「貴方達に渡すわけないでしょ、痛い目に合う前にさっさとどこかに消え失せないさい」
手を振り払いつつ臆することなくお姉ちゃんは言い返す。
それにしても、モブキャラ三人組がメインキャラ?らしき姉妹を襲うとはまるでどこかのテンプレ漫画のようだ。ということは定跡通りであるならここでヒーローや傭兵などのお助けキャラが駆けつけるのがお約束のはずなのに、残念ながら近くにいるのは異世界に転移されたと思われる普通の高校生だけ。もちろん周囲には小鳥遊以外にもいることはいるものの、すでに傍観者と化しているため誰も助けようとはしない。
けれどそれは仕方のないことだ。現実世界で例えるなら、複数の不良が一人の少女を囲んで襲おうとしているのと同等のこと。そんな危険な場所に人助けのためだけに、介入しようと思う人間なんて少ないはずだ。きっと誰かが助けてくれる、自分が関わったところで何も解決できない、今は時間が無いから見て見ぬ振りをするしかない――、自分を守るための言い訳を作り自分の考えを正当化して逃げるだけ。例え行動するとしてもせいぜい、警察に連絡するのが関の山だろう。異世界でもどうやらそれは変わらないらしい。周囲の傍観者は彼らを見て見ぬ振りをして通り過ぎて行く。
たった一人の少年を除いて。
「お前ら、そんなちっこい子供一人を相手に三人とか情けなくないか」
小鳥遊は山賊達の方へ歩きながら言った。
お姉ちゃんは唖然しており、ララはお姉ちゃんからの命令に対してどうしようかとあたふたしていたが見知らぬ第三者が干渉したことで、その後の展開とお姉ちゃんの身の安全を心配してその場にとどまることにしたようだ。
「あぁん、なにモンだてめぇ、外野は引っ込んでな」
モブキャラ三人組の一人である白黒の耳男の発言を始め、他のモブキャラ達も小鳥遊に向けて次々に脅しをかける。
「そうだぜ、痛い目に合いたくなかったらさっさとお家に帰りなッ」
「お前に用はねーんだ失せな」
「そうよ、貴方みたいな無能そうな男が助けに来ても何一つ解決しないわ。逆に場の状況が悪化するんじゃないかしら?」
最後の方、何故かお姉ちゃんからも毒突かれる。
だけど、小鳥遊には関係なかった。
「おいおい、何でもかんでも見かけだけで判断しちゃいけねーぞ。俺みたいなやつは意外と強かったりするもんだぜ」
強気の姿勢を崩さない。
そんな彼はとあることを考えていた。
異世界転移=チート能力。ならば自分にはきっと何か特殊な力がある。それか、誰も見たことのないような超強力な力が。このイベントはそれを開花させるものだ、と。
だからこそ自分から危険な場所へと足を踏み入れたのだ。
まあそれなりの理由が無ければこんなことにまず関わらないだろう。
が、そんなのはただの妄想。
そんな都合のいい話があるわけがない。
小鳥遊は思いっきりモブキャラの一人である体格の良い男からぶん殴られた。
「うげッ」
情けない声を発しながら地面に倒れ軽く頭を打つ。
「なんだこいつ。いきがっていたくせに滅茶苦茶弱いじゃねーか」
「ただの雑魚じゃん」
「よくまあそんな弱さでどうどうと俺達の目の前に出てこれたな」
モブキャラ三人組は哄笑しながら小鳥遊のことを馬鹿にする。
しかし小鳥遊にとってそんなことはどうでも良かった。
「う、嘘だろ…。普通はここでなんか特殊な力が芽生えるとか、目覚める的な感じじゃないの?みんながアッと驚くような、感心させるような能力がよ!って、もしもこれで何もなかったら俺ってただ単に理不尽で異世界へ飛ばされちゃったってわけになるよね⁉神様になんかしたかな…」
だいたい、異世界転移=チート能力入手というバカげた妄想が成立するわけがない。そんなものが成り立つのは、アニメやラノベ小説といったフィクションの世界くらいだろう。生憎のところ神様は、フィクションの世界を模範通りにマネてあげるほど親切ではなかったようだ。
小鳥遊が一人で勝手に困惑していると、
「どこの誰だかは知らないけど、正義感気取りで安易に手助けしない方がいいわよ。こっちがいい迷惑だわ」
お姉ちゃんから文句を言われた。
「うるせ、…っ、本当ならなんか特殊な力がどこからか生まれるはずなんだよ‼!こんな奴らをコテンパンにできる異能の力がよ‼なのに、なのに…、こんな仕打ちってありかよ。マジで特殊能力が芽生えなければへこむぞ」
「なにわけの分からないことを言っているのかしら。頭を打ったせいで馬鹿になったの。それとも元から?」
「まって、それ以上罵倒しないで。俺のガラスのハートが粉々になってしまう…」
特殊な力が無いことに失望+少女からの罵倒により小鳥遊は軽く落ち込んでしまう。
そんな小鳥遊を無視して体格の良い男がお姉ちゃんに言った。
「ったくよぉ、俺達をシカトしてなに勝手に会話してんだ。さっさと渡せやコラッ。渡さねーとそこで倒れている雑魚みたいになるぜ」
「…、渡すわけ、無いでしょ」
はっきりと断る
「んじゃぁ、しょうがねーな。力尽くでいかせてもらうぜ」
体格の良い男は拳を鳴らしながらお姉ちゃんに近づいて行く。
どこをどう見てもお姉ちゃんの方が圧倒的に不利だ。十三歳くらいの少女が筋肉ムキムキの男もとい他の男共を蹴散らせる未来像は見えてこないし、逆に痛めつけられるイメージしか湧いてこない。群れで行動するオオカミに狙われた一匹のウサギといった方が想像しやすいか。
それなのにお姉ちゃんは戦闘スタイルに入る。
そのときだった。
とある高校生は言った。
「事情は分かんないけど、他人の物を強奪するのは犯罪だぜ」
小鳥遊は立ち上がりお姉ちゃんと体格の良い男の間に割って入った。
「あ、なんだてめぇ。またぶん殴られてーのか?」
「そんなわけないだろ」
フン、と小鳥遊は鼻を鳴らす。
「特別な力かそれっぽい何かが秘められていると思っていたけど、やめたやめた。そもそもそんなあやふやで、幻想染みた、ありもしない力に頼るなんて宝くじの一等が当たってもいないのに、そのお金で何を買おうか悩むことと同じことだわな。有りもしないモノに頼っても意味がない」
モブキャラ三人組とお姉ちゃん、それとララまでもがキョトンとした顔をしている。誰も小鳥遊の言っている意味が分からない。
それでも彼は続ける。
「だったらこの力、今持っている力に頼るしかないよな。本当は使いたくなかったんだけど。だってこんなことをするための技術じゃないし」
そう言って花柄の模様が描かれた縦長の袋から、竹の刀を取り出した。
小鳥遊は小学生の頃から現在まで剣道をしている。実際、部活動をするために道具を持ち歩いていた。と言っても防具ではなく竹刀のみだが。本来なら学校にある竹刀や防具を使って行うが、小鳥遊の部動活の場合、一か月ほど前、体育館倉庫に保管していたら不良に全て燃やされてしまったため、そのときから自己で持ってくることとなったのだ。(防具は他者の目に映らない部室に置いてあったため被害が無かった)腕前はそこそこあるようで今年の夏に開催された大会では全国大会まで進出し予選敗退した。
「あぁん、そんな細い武器を使えば俺を倒せるとでも思ってんのか。そんな棒切れでよぉ、ふざけんじゃねぇぞ」
「うっさいなあ、ごちゃごちゃ言わないでさっさとかかって来いよ。それとも、雑古が武器を持ってビビッたか」
小鳥遊は基本の姿勢である中段の構えをとって相手を煽る。
この構えは剣先の延長を相手の目と目の間、もしくは左目にくるようにする。そうすることで他の全ての構えに切り替えやすくなり、また攻守ともにできるため様々な状況に対応することが可能だ。
「俺も随分と舐められたもんだな。いい度胸じゃねぇかよ。ぶっ殺してやる」
筋肉男がそう言って殴りかかってきた。それを小鳥遊は剣先で横に弾き、流れるように右足と竹刀を同時に出し相手の額に竹刀を振り下ろした。
バシィン、という音と共に筋肉男が地面に倒れた。どうやら気を失っているらしい。目が白目を向いている。それを見た他の雑魚キャラの一人が折り畳み式ナイフを手に取り小鳥遊の方へ突っ込んできた。一瞬、ナイフを見てビビりそうになるが無理やり体を動かして先程の筋肉男と同じようにナイフを外に払い額に竹刀を叩き付ける。今度は手加減をしたようで気を失っていない。それでも激痛がするのは変わらないらしく、考えなしにナイフを持って突っ込んで来た男は涙目で手を額に当てている。
小鳥遊が最後の一人に体を向けようとした瞬間、
「頭を下げなさい‼」
お姉ちゃんの声が聞こえてきて咄嗟に小鳥遊は条件反射で頭を下げる。すると、頭のあった場所を何かが空を斬った。恐らく見えない斬撃のようなものだろう。
「チッ、あの女の声が無きゃ、てめぇの首は胴体から離れ、地面に転がって死んでいたのによぉ」
モブキャラ三人組の最後の一人がイラついたように言った。そして同じ攻撃を再び仕掛けよとボウイナイフを構える。
どうしたものか。敵がどんな手段で何の攻撃をしたのか見当もつかない。だから迂闊に相手の間合いに入ることができない。と、考えるのが一般的であろう。しかし、小鳥遊は違っていた。問答無用で正面から立ち向かう。男はこいつバカだろと言いたげな顔でニタニタと笑いながらボウイナイフを横に振るった。けど、それこそが小鳥遊の狙いだった。相手は当然のごとく小鳥遊の首を切り落としにくる。よって容易に次の手が予測できる。小鳥遊は男が横にナイフを振ったと同時に頭を深く下げて、見えない攻撃を避け、そのまま溝に一発ぶち込んだ。
三人とも無事倒すことができて小鳥遊は安堵する。
後ろを振り向くとお姉ちゃんがホッとした表情で小鳥遊に話しかけた。
「貴方、意外に強いのね。最初はただの馬鹿か、雑魚か英傑気取りの男かと思ったわ」
かっこくモブキャラ共を倒したのにもかかわらず、お姉ちゃんからの酷い第一印象を聞いて、涙目になる小鳥遊であった。