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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸薄少女が悪役令嬢!? ~参上したからもう惨状!~

作者: 酒園 時歌

挿絵(By みてみん)






『因果成就率、マイナス九十%』


 頭の中で、機械的な声がした。男とも女ともわからない無機質な音声が、淡々とそう告げた。


 リーゼロッテは自分にしか聞こえない聞き慣れたそれに、焦りを覚えた。


 対面するのは、自分と同い年の少女と少年。二人は寄り添い、あからさまにこちらへと敵意の目を向けていた。


 リーゼロッテは知っている。この世界が、乙女ゲームの世界であることを。転生したこの身が、悪役令嬢のものであることを。――――そして、この後に起きる結末を。


 エンディングの舞台は、廃墟と化した古い教会である。ここで愛を誓い合った者達は幸せになれるというジンクスがあり、悪役令嬢の伯爵令嬢リーゼロッテは婚約者の伯爵令息ディレンに呼び出され、期待しつつもここに訪れる。しかし、待っていたのは婚約者とヒロインの男爵令嬢ミューシェが誓いを立てる場面である。どういうことかと詰め寄るリーゼロッテに、婚約者がリーゼロッテのしたヒロインへの暴挙を上げ連ね、リーゼロッテに婚約破棄をつきつける。そして、ヒロインに手を上げようとしたリーゼロッテに老朽化したシャンデリアが落ち、リーゼロッテは死ぬ。最後にヒロインと婚約者は結ばれ、エンディングを迎える――――。


 正規のルートは、こんな筋書きである。


 リーゼロッテとしては、ヒロインに嫌がらせなどせず、かつ、自分が死ぬ結末さえ回避できれば、それでよかった。だからこそ、ヒロインに関わらないようにしようとした。


 が、どうやらあちらは、それでは気が済まないらしい。自分と同じく転生者であるあちらは、自分は悲劇のヒロインになるから悪役は悪役に徹しろと、そう、ご所望らしい。


 リーゼロッテは幼少期に自分が悪役令嬢のキャラクターであると気づいてからは、成長後、ようやく出会ったヒロインに関わらないようにしようとした。が、その行動が、こちらが転生者であり本来の悪役令嬢とは違うのだと、あちらに気付かせる材料となっていたらしい。


 現在に見る『ヒロイン』は本来の『物語』をうまく動かすために、わざわざあちらからこちらへと、ちょっかいをかけてきた。あること無いこと取り巻きに吹き込むことから、こっそりとした嫌がらせまで。


 そうしてこちらから向かうように誘導したかったようだが、それでもリーゼロッテは関わらないようにしていた。


 しかし、その結果。結局、リーゼロッテは不本意ながらも仕返しをしてしまうことになる。


 因果応報、という言葉がある。良いことでも悪いことでも、その報いは自分に返ってくるものである、という考えである。少なくとも、リーゼロッテの前世にはあった。


 そして、リーゼロッテは前世から、その恩恵を十分に受けていた。


 リーゼロッテが元々、前世も幸薄であったことは確かである。そして、それが原因で見下されることが多かった。そのせいで、それにかこつけて、悪意や敵意を向けられたことも多かった。


 その結果、因果応報は確かに作用した。自身の善意が何かしらの形で返ってくることもあったが、周囲の他人からの悪意や敵意にも、その効力は発揮されていたのである。


 こちらに悪意や敵意を向けて実害を出してきた者達は、必ず皆、何かしらの不幸に遭っていた。規模や時期はバラバラだったが、まるで濃縮された自分の行ないを一気に押し返されるように、何かしらの害を被っていた。


 現在、転生してわかったことだが、どうもそれは特殊な能力の一種だったらしい。転生しても引き継がれたそれは、この世界では魔法の部類にあたるようである。前世では聞こえなかった『声』が聞こえるようになり、能力が発動するタイミングはなんとなく予測できるようになったものの、制御ができるわけではない。原作には無いはずの能力のため誰にも教えていないが、そのせいか、制御の方法すらわからないのである。


 リーゼロッテに危害を加えれば、何か悪いことが起きる。それは家族や使用人を含めごく一部に知られていることだが、詳しいこと、因果応報のあれそれまでは知られていないのである。


 本来そのような能力を持たないキャラクターとして転生してからは、この能力は原作の表舞台どころかその裏側、語られない部分にも影響を与えていた。


 使用人どころか家族でさえ、リーゼロッテを恐れた。別に悪意や敵意を向けなければ何も作用しない能力であるのに、それを知っても、ほとんどがリーゼロッテの機嫌を取るか忌避する者ばかりだった。


 逆に、善意を向ければその分も返ってくるというのに、それに気付いた者もしなかった。否、できなかったと言うべきか。計算して取り繕った善意は善意にあらず。むしろ『私欲のために利用する』という根本が悪意と見なされ、その『報い』が返っていたのである。


 この能力を恐れた家族に殺されそうになることで、因果はいつも通り跳ね返り、リーゼロッテは家族を失った。わずか十歳での出来事である。


 それから、そろそろ五年が経つ。


 能力は変わらず。ミューシェがリーゼロッテにしてきたことにも、因果律の調整が勝手に行われてしまっていた。リーゼロッテがやった、と言えば語弊はあるが、間違いでもない。その事実と虚偽を混ぜ合わせ、ミューシャは取り巻きを取り込んできたのである。そして、その取り巻き達にも因果律の調整は働き、ミューシェの言葉は現実味をおびていった。


 結果として、ミューシェは被害者、および守られるべき者として、確固たる地位を築いてきた。対して、リーゼロッテは加害者、および排除されるべき者とされてきた。


 おそらくここが正念場。婚約破棄自体はいい。問題は、悪意や敵意を向けられることにある。それも、いわれの無いことを元にした理不尽なものである。因果律のキャパシティはその時によってまちまちだが、よりによって、今回はいつもよりも多くなっているらしい。そういう時の因果律の調整はこれまでに何度かあったが、いずれも、相手が大怪我をしたり命を落としたりといったものばかりだった。


 不本意であることと爵位のおかげで、今までは大きな問題にはされてこなかった。しかし、今回もそうとは限らない。婚約者は自分と同じく伯爵の地位にあり、彼に因果が返るとなると――――大問題になるだろう。


「ええ、婚約破棄でも何でもなされればいいですわ。勝手に、どうぞ。ですが、そのように理不尽に、悪意を向けないでくださいまし」


 リーゼロッテは言い放つ。それは気高く気丈に、拒絶するように、しかし、懇願するように。


わたくしからは何もしておりませんわ。何かあったのも、すべてそちらが原因でしょう」


 その言葉に応えたのは、婚約者だった。


「この期に及んでまだそんなことを言うのか。謝ることもできないのか?」


「そちらが謝ってくださいまし。どうなっても知りませんわよ」


「きゃあ怖い!」


 キン、と、高い声が響いた。ヒロインがわざとらしく、見せつけるように婚約者の腕にしがみつく。表情は怯えたそれだが、わかりづらい程度に、口元がうっすらと笑みで歪んでいた。


 婚約者は視線はそのままに安心させるようにヒロインの頭を優しく撫で、リーゼロッテにより鋭い眼光を向けた。こちらも、わかりづらい程度に、口元がうっすらと笑みで歪んでいる。


「大丈夫だ。……脅しか? 自分の立場がわかってないようだな」


『因果成就率、マイナス九十二%』


「それはそちらでしょう」


「謝るのはお前の方だろう。ミューシェに何をしたか、忘れた訳じゃあないよな」


「原因はそちらにありますわ。そちらが何もしなければ、何も無かったんですの」


「俺がミューシェを選んだからか? 嫉妬は見苦しいぞ」


「それはどうでもいいですわ。婚約は仕事の内ですもの。……ですが、仕事よりも私情を優先していいのは、わざわざ仕事に迷惑を掛けようと企まない場合だけですわ。欲しかったら裏で小細工せずに、堂々と奪っていけば良かったんですの」


「……相手にされないからって、あまり俺達を侮辱するなよ」


『因果成就率、マイナス九十五%』


「ああ、もう……!」


 本人達は気付いていないだろうが、寄り添う二人は嘲りの笑みを浮かべていた。この状況に、自分の役割に酔いしれる、それはそれは楽しそうな、歪な笑みを。


 こういう表情を、リーゼロッテは知っている。自分を優位と位置付けた上で、相手を見下す表情である。そういう輩は決まって調子に乗り、つけ上がり、とことん相手を虐げることで快感を得ようとする、快楽の亡者である。


 リーゼロッテはよく、知っている。


「言い返せないのなら、図星か。だろうな」


『因果成就率、マイナス九十八%』


「……謝ることもできないんですの?」


 リーゼロッテの声が、諦めで色褪せた。深く暗く、失望に揉まれて絶望に呑まれる。


 言葉は通じるというのに、意思がまるで通じない。彼らが浸っている世界には、リーゼロッテの『声』は届かない。


 まるで独房で独り喚いているようで、リーゼロッテは虚無感に包まれた。


「……ならばせめて、これ以上関わらないでくださいまし」


「いいや、そうはいかないな。お前にはまだ償ってもらわねばならないことがある。逃げられると思うなよ」


「っ、これ以上……ッ!」


『因果成就率、マイナス九十九%』


「その前にまず、もう一度宣言しよう。選ぶ権利があるのはこちらだ。お前には何の選択権も無い。それをはっきり、示そうじゃあないか」


 二つの歪んだ笑みが、よりいっそう深くなる。


「いいか。――――俺は、お前との婚約を破棄する!!」


 満ち溢れた悪意は、嬌声に似ていた。


『因果成就率――――――マイナス百%』


 頭の中で、機械的な声がした。


 焦燥。


 この後に起こる惨状を、リーゼロッテは知っている。


 聞き慣れた声が、続けて紡いだ。


『因果成就率、計測。完了。因果成就率、マイナス百%』


『キャパシティ・オーバー。キャパシティ・オーバー。因果成就率の調整の必要。悪意・敵意、およびこれらと関連する事象を計測。完了』


『リミッター解除。自動修正開始。キャパシティを越える容量を転換。失敗。オールキャンセル。因果全域を調査。切断不可の連鎖を確認。因果全域を転換に変更。成功。これより調整を行います』


『因果成就率調整、レディ。事象への転換、スタンバイ。――――セットアップ、完了』


『警告。警告。ユーザー権限を遮断。手動調整を制限』


『――――自動調整、開始』


 もう、どうにもならない。それでもあがこうとするのは、無意識からの行動だった。


「あああ! もう遅いわ、もう遅いわ!!」


 早く、この場から離れなくては。それで何が変わるともわからないが、その考えが、リーゼロッテの脳内を支配する。リーゼロッテは二人に背を向けると、元来た出入口に向かって駆け出した。


「逃げるのか!?」


 リーゼロッテの後を、婚約者が追う。


 突然のことに思わず腕を放してしまったヒロインは、はっとした。原作通りならば、この後、次に起こるのは――――


「待っ、」


 ヒロインは慌てて手を伸ばした。


 しかし、彼には届かなかった。


 チャリ、と、シャンデリアの装飾が触れ合う小さな音が、耳に届く。それに気付いた時には、シャンデリアは視界に入り――――それはそれは派手に大きな音を立てて、少年を押し潰した。


「……ぁ……」


 ヒロインは行き場の無くなった手をそのままに、呆然と目を見開いた。


 ピクリとも動かなくなった少年には、シャンデリアの豪奢な装飾が無数の刃のように突き刺さり、本体の中心部分が胴を貫いている。それはまるで、床に貼り付けにされた虫のような格好だった。


 一拍の、静寂。


 音に驚いて固まったリーゼロッテが、続く静寂に不安を強くする。反射か、思わずブリキ人形のようなぎこちない動作で、ゆっくりと振り向く。


 床に這いつくばるような、少年の下。弾けたような飛沫の跡の中、音も無くじわりと広がる赤に、目眩がした。


「……あぁ、だから申し上げましたのに……」


 リーゼロッテはか細い声で、ポツリ、呟く。


 ヒロインが悲鳴を上げたのは、その直後だった。


「キャアアアアアアッ!!」


 頭が割れる程甲高い悲鳴が、協会内に響く。


 それを聞いて、原作通り外で見張っていた取り巻き達が荒々しく、一斉に協会内へとなだれ込んだ。表口と裏口、二ヶ所から挟むようにして姿を現した少年達が、口々に愛する者の名を叫ぶ。


「「ミューシャ!!」」


 心配そうに彼女を視界に入れたのち、次々と敵意がリーゼロッテに向けられていく。途中、血の海に沈む少年を映したはずのその目には、仲間を殺された怒りよりも邪魔者が消えたことによる安堵と期待が宿っているように見えた。さしずめ、ここで良いところを見せればあわよくば、とでも考えているのだろう。


「よくもディレンを……ッ!」


 白々しく、腕に包帯を巻いた取り巻きAが唸るように言う。


「やはり、こうなったな」


 お見通しだとばかりに落ち着いた様子で、頬から肩にかけて焼け爛れた痕のある取り巻きBが言う。


「だから二人だけにするのは危険だって言ったんだよ!」


 他の取り巻きを非難するように、薄っぺらな左袖をたなびかせる取り巻きCが言う。


「許さねェぞ、リーゼロッテ!!」


 感情を爆発させるように、眼帯を付けた取り巻きDが言う。


 取り巻きEも、生きていたらこの中にいただろう。


 裏口側の二人が、ヒロインを護るように前に出る。表口側の二人が、逃げ道を塞ぐように扉の前に立ちはだかる。四人はその先、自分達に囲まれた少女に向けて、即座に臨戦態勢に入った。


 水が、炎が、風が、土が。四人の魔法の行使により、少年達の周囲に集っていく。


 リーゼロッテは半透明なドーム状の防御壁を作り、来るであろう衝撃に備えた。渦巻く引力の防御壁は、近づく魔法の威力を吸収しつつも、軌道を別の方向へと誘導する効果がある。衝撃を連続して耐えるのならば、『自分だけが助かる方法』としては、真正面から受け続けるよりも効率が良い。なりふり構っていられない中、リーゼロッテが苦肉の策で編み出した、独自の魔法である。




 戦いの結末は、明らかだった。


 誰よりも先に良いところを見せようとした四人は、図らずとも同士討ちで自滅した。


 そして、ヒロインも巻き込まれていた。当然の結果だった。


 仲間の水に溺れ、炎に焼かれ、風に刻まれ、土に刺され。魔法同士が反応し合い、爆発したものもあれば、真空で引き裂かれたものもあった。壊れた床の石や長椅子の木片が飛び交ったせいもあるだろう。皆、原因は様々に、しかし一様に自分達が起こした事象を元に、息絶えていった。


 独り残ったリーゼロッテは、誰もいない中、弁明するように呟く。


「あああ、私は申し上げましたのよきちんと警告しましたの、それなのに聞かなかったんですの。あああこの方々はもうダメですわ私ももうお終いですわ。こんなのどうにもなりませんわ!!」


 息継ぎも無く、リーゼロッテは言葉を吐き出した。


 原作を捻じ曲げ正規のエンディングも迎えなかった世界の中で、独り残されたリーゼロッテの処遇はどうなるのか。リーゼロッテには、嫌な結末しか思いつかなかった。


「あああああああッ!!!」


 涙に潤んだ嘆きの咆哮は、虚空に呑まれ、消えていった。

【もしも、な裏設定】


~能力が第三者(精霊)によるものだったら~


 主人公、リーゼロッテ。

 本編ののち、精霊憑きと判明する。爵位剥奪国外追放後の旅人ルートにて精霊魔法を習うまでは、それによって色々と振り回されていた。

 本来の精霊魔法が真正面からの契約有りであるのに対し、精霊憑きは隠れてでも勝手に憑いてくるため、憑かれた本人が気付かないこともある。また、精霊憑きのケースは非常に少なく、魔法も多様化してきているため、現在では憑かれて起きる作用も本人の力の内だと判断されることの方が多い。


 主人公に憑いている因果を司る精霊、グリント。

 機械的で無機質なヤンデレ精霊。年齢性別共に不詳。見た目は主人公と同じ年代で中性的及びどこか機械的な出で立ち。硬さを見せる平坦な口調に対し、動作はしなやか。

 主人公が精霊魔法を習うことで実体化が可能となる。意思の疎通もできるようになるが、不貞腐れたりするとユーザー権限を遮断(つまりは反抗)することも。能力も細切れに使えるようになり、かつ、相手からの精霊本体や仲間へのヘイトも総合して利用できるようになったため、実質、実体化前よりも強くなった。

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