中央 1
「それで、今どこに向かってるんだ?」
「ん? ああ、ハギの中央区画に向かってる」
途中あの何人いるかわからない迷彩柄の集団に襲撃されるのだろうと思っていたが、あっさりと帰ってこれ、ここまでくれば安心とキンウはご機嫌に鼻歌を歌異ながら運転する。
「なんでまた? 中央って人が住んでるんじゃないのか?」
「住んでるよ?」
彼女は当たり前でしょとでも言いたげに不思議そうに答えた。
住んでいる場所を知られないようにしてきていたため、セーギはてっきり人に見つかること自体ダメなのではないかと勝手に思い込んでいた。
セーギは金属探しに何度か人を見かけただけで話したこともないが、キンウはシェルターでは手に入らないどこかから横流しされているエクエリや爆薬を買えるような人脈を持っていた。
「たぶん二千人くらいかな? 知らないよどれくらいいるかなんて」
そうキンウはつづけた。
昔、前線基地から逃げ出したセーギが向かっていたシェルターの中央、キンウと出会っていなければそこに住む誰かと会っていたかもしれない。
その場合はどのような生活が待っていたのだろう。
「結構いるな。そんなにいたのか、ここって」
「うん。みんな身を寄せ合って協力して生きてるよ、捨てられたもの同士で」
捨てられた……正確には見捨てられた、近隣のシェルターに避難したものの居住スペースや受け入れの容量を越えてしまったりしたシェルターは避難民の受け入れを拒否する。
水や食料の不足、治安の悪化などを恐れたシェルターも同様に受け入れを拒否する。
シェルターが破壊された場合、真っ先にシェルターに受け入れてもらえるのは権力者や金持ち、次に職人や技能職それと熟練した一般兵、そのあとに未来ある子供や子を成す可能性のある若い女性、それでも余裕があった場合のみその他の一般人となる。
この先にいるのはその他の部類の者たちだろう。
「寄せ合ってって……それなのになんでお前は一人で暮らしてるんだ?」
このシェルターが破壊されたときキンウはおそらくまだ小さな子供だっただろう。
それにまだ彼女は若く今からでもシェルターに保護を求めればいくつかある。
近隣シェルターのどこかは彼女を受け入れるだろう、それなのに彼女がシェルターで暮らしていないのはセーギにとって長い間考えていた疑問の一つでもあった。
「え、いや、食材とか水とかガスボンベとかって、みんな貰い物だよ。いままでどこから持って来たと思ってるのさ、私だって寄せ合いの一つに入ってるのさ」
「だって、お前。日用品とか食料はシェルターで買ってるって」
「車でシェルターまで行くのは燃料馬鹿にならないんだからね、近場で済む場合はそれに越したことないじゃない。まぁシェルターで買った方がずっと安いんだけどね」
「ずっと俺は騙されたのか」
「貰いものって言ったって、もとはシェルターの奴だし使用期限、賞味期限、安全保障が切れて廃棄されるのを誰かが貰ってそれを配ってるだけなんだけどね」
あははと笑うと車の速度を上げる。
知らないうちにこの廃シェルターの中枢を走る大きな道路まで来ていたようで、そこは建物の瓦礫や廃棄車両がきれいに道のわきによけられており、安全に車が通れるようになっていた。
「じゃあ、何であんな場所で俺が来るまで一人で暮らしてたんだ? あの、俺の部屋に置いてある機械とか金属は?」
「ああ、セーギに部屋のあれね。あれはまぁ、私のお小遣いかな。この辺でも日用消耗品とかならもらえるけど、服とか下着はもらえないから汚くなったら新しいのを買いに行くの。どうしても必要なものがあるときだけシェルターにね、今さっきもだけど、このバッチがあればシェルターの門でいちいち止められることなく町に入れるしね」
シェルターに出入りするときに使う通行証をしまったコートの内ポケットを自慢げに叩く。
セーギは外に目を向ける。
鈍色の雲がかかりはじめた空、道路の左右にテントらしきものがいくつか見え、その近くに人影があり廃材などを薪に火を囲んで暖を取っていた。
白髪交じりの者たちが欠けた食器などを持ち食事している、どんなに若く見えても中年男性がほとんど、女性は男性と見間違う体格の良さでキンウのように体の細いものは見えない。
男性はひげを蓄え年齢を特定するのが難しいがそこにいる誰もが飢えてやせ細ってはいない、むしろ逆で筋肉が多くシェルターの一般兵より屈強そうに見えた。
一日中瓦礫の上を上り下りして歩き瓦礫をひっくり返し金属を集め生活しているのだから筋力が付くのだろう。
彼らはこの軽装甲車両を見ても特に反応はなく、こちらを向いても目で追う程度の事しかしなかった。
「車見たら追っかけてくるのかと思ったけど違うんだな」
「場所による、この道は私がよく使う通路だからこの車が私のだって知ってるし近寄ってきたら……ほら、どうなるかわかるでしょ」
ナイフの入った場所を軽く叩く。
「そういえば今新しい服赤井に言ったりするって言ってたけど、その割には、いつもその着てるそのコートきったねぇよな」
「ああ、このコート」
地下へと潜るトンネルへと入り、車のヘットライトをの照らす場所以外見えなくなるとセーギは視線を薄暗い車内に戻し、狭く暗く危険な道をなれた動作で速度を落とさないで走らせているキンウを見る。
「これはこの辺じゃぁ……というか普通は売っていないものだから、丁寧に洗ってもいつかは汚くなっちゃうの、何年も使ってればこうもなるよ強化繊維でも」
「そのコート強化繊維なのか」
強化繊維、精鋭の制服に使用される防弾、防刃、衝撃吸収、攻撃を受けた場所の瞬間的な硬化などの力を持つ特殊な繊維、密度により防御性能は変わるが加工は容易でシャツのような薄い生地もコートのような厚い生地も作ることができる。
「そうだよ、このシェルターにいた精鋭のね。言ってなかったっけ?」
生体兵器からとれる繊維で生体兵器の研究をしているたった一つのシェルターで作られており、そのため強化繊維の生産量は非常に少なく一般兵に回ることはほとんどない品物。
「その精鋭はこの町を見捨てて逃げたのか?」
「いくつかはそうだけど、何隊かは残ってくれたよみんなが逃げるまでの時間を稼いでくれた。でも……その代わりに、ほとんどその戦いで死んじゃったかな、強かったんだよその生体兵器が。何人かは今も生きてるって話だけどここには来ないし、いまも生きているのかわかんない」
そういうと車はトンネルの開けた場所に出て急激に速度を落とし始めた、キンウの運転が雑なのか車体が古いからか駐車場の真ん中で乱暴に止まる。
「行くよセーギ」
「おいおい、ど真ん中にとめるのかよ」
エンジンを切ると完全な暗闇だったが、目が慣れてくるとうっすらとどこからか光が入ってきていてうすぼんやりと輪郭だけが自分の姿が確認できる。
「え? 別に問題ないでしょ誰も使わないだろうし、セーギはこだわりすぎ。シェルターでもない限りいちいち駐車スペースにきっちり止める理由なんかないんだから」
「ここも元はシェルターだったろうに」
マフラーを巻いて車を降りセーギはキンウの声がする人影を追う。
「元は、ね。いまは違うの」
そういうと暗闇に白い線が走った、それは大きくなっていきある程度まで大きくなるとその線は開いた扉からトンネル内に入ってくる外の光だと認識し、外に手たキンウを追いかけ表に出る。
暗闇に慣れすぎ二人とも手で目を覆ってしばらくしてからゆっくりと目を開ける。
綺麗な場所だった、とは言っても廃墟。
ただ、破壊や荒らされた形跡はほとんどなく建物は綺麗な状態で朽ちていた。
季節が冬でなければ花壇や街路樹が青々と茂っていたであろう木々、建物はトンネルをくぐる前に見たビルなどではなく、大きなお屋敷などが並び廃れてもなお美しさがそこにあった。
誰かが手入れをしているのか枝だけになった木々は道にはみ出ることなく整えられていて、白い石畳の道に枯葉はなく側溝も綺麗だった。
元々はこのシェルターの重要設備の一つ。
通常のシェルターなら警備がたくさんおり一般人は立ち入ることのできない区画、そして中枢と呼ばれる区画。
「おぉ……」
「どしたのセーギ? なんかあった?」
キンウが呆けて立ち止まったセーギの顔を覗き込む。
シェルターの全運営を任される統治者やシェルターを大きく分けた区画を任されている領主の家、ライフライン総括設備などどれか一つでも失うとシェルターに大きな被害を受けるためここにを守るためもう一つ、二つ目のシェルター防壁があった。
「中枢に来たのは初めてだから、こういった建物見るのが初めてなんだよ」
「ほぅ? ああ、お屋敷ね。これはまだ小さい方だよ、ここの統治者さんの家はこれよりでっかい……というかこれからそこにいくよ」
そういうとキンウはセーギの手を握って白い石畳の上を歩きだす。




