逃げる 4
爆風に飲まれ体を強く打ちほとんど動かない体に無理にでもムチ打ちやっとのこと施設の外までやってきたセーギ。
――雪……細かいくせに積もったな……。
などと、考えながら建物を出て足元ばかりを見ていた顔を上げ辺りを見回すと、純白の世界の中で迷彩柄のトラックの横、そこそこ大きな生体兵器がキンウに襲いかかっていいた。
――何やってるんだ、あいつ……?
ぼんやりとした意識が急速に回復し、一般兵時代の反射で生体兵器を見つけた瞬間とっさに鞄からエクエリを取りだし生体兵器に構えた。
しかし、あの近さだと飛び散った体液をかぶってしまうかもしれない。
もし生体兵器の体液に毒液や酸が含まれていた場合、ひどいことになる。
そうは思っていてもこう考えている間にもキンウの片腕に大きな鎌が食い込んで防寒具に滲み袖から血が雪に滴り落ちていく。
地下にいたのは何だかわからなかったが、キンウに襲いかかっている生体兵器の元がカマキリだとわかった。
セーギがもたついている間にキンウもこちらに気が付いたようで、腕の痛みをこらえ軽く笑って見せた。
――ったくアイツ……一人で逃げ出しておいて、あいつ俺より危険な状態になってんじゃんかよ。
そう思うセーギに口を動かし小さく何か言っている。
――……やれやれ。
一度深呼吸をする。
「キンウそいつから離れろ!」
呼んだときに何とかして生体兵器から離れてくれれば倒すことができるだろう。
しかし、叫ぶと反応したのは生体兵器の方だった。
深く食い込んだ方の鎌で抑えたままキンウをトラックに押し付け、カマキリはもう片方の鎌を威嚇のつもりかセーギに向かて振り上げる。
意図は違うがキンウと生体兵器に若干の隙間が空く。
その瞬間セーギはエクエリの照準を合わせ引き金を引いた。
ギュワっと音を立ててキンウに食い込ませている生体兵器の鎌が吹き飛んだ。
まさかこの距離を一撃で当てるとは思ってもあらずセーギは驚いていた。
鎌が吹き飛んだ拍子に至近距離にいたキンウも1メートルほど転がった、体液はキンウにはかからない。
バラバラの破片になっても生体兵器の部位は意思を持っているかのように動いている。
生体兵器はセーギを危険視しキンウを放って襲いかかるが自慢の武器が片方破壊されておりもう片方の鞄を鎌に挟んで頭の付け根を撃ちぬく。
蟷螂型の生体兵器はそれでも生きていたがその場でもがくばかりで襲ってくる感じはなく、セーギはキンウの方へ向かった。
鎌の刃の部分はのこぎり状になっていてコートを突き抜け深く肩に食い込んでいる。
ちょっとやそっとの力ではビクともせず、セーギはキンウの腕に食い込んでいる鎌を痛がる彼女を無視して力ずくで外す。
「虫って、寒いのダメなんじゃなかったっけ?」
鎌を投げ捨て、怪我していない方のキンウの腕をつかんで起こそうとしたが彼女はその手を払い、服の下から血を流す腕を抑えセーギから後ずさった。
「……なんで、私を助けたの?」
助けた理由を尋ねるキンウ、これから起こるであろう痛みを予想しその目には恐怖が浮かんでいる。
「ん、ああ、今お前にいなくなられたら、俺が仕事に困るだろう。そもそも、お前が仕事持ってこないと、俺はあの場所で何もできないんだからな」
話を聞きながら服の上から傷の具合を触って痛がりながら確認するキンウ。
「そんな理由で? 仕事なら別の人探せばいいじゃん」
セーギの言葉を信じてはおらず、本性を聞き出そうとする。
「それに、助けられる人間を、見捨てておけないだろ、助けられれば助けるさ。ま、無茶してまで助けるかは考え物だけど」
得意げにエクエリを構えて見せる。
そして、思い出したように、わざとらしく。
「そういえば、よくも置き去りにしていってくれたな」
エクエリを握ったままの拳でキンウの頭をこつんと叩く。
笑っていのか、泣いていいのかキンウはよくわからない困惑した表情をしていた。
「なんで、そんなに軽いのさ。ばかぁ」
目に涙を浮かべ、うっすらと積もった雪をつかみ投げる。
強く握って固めていないので、投げた直後に四散しパウダー状に散らばる。
「やめろっ、冷たい、雪を投げるな。そういえば、キンウ、ケースはどうした、車か、建物の中か?」
無言でトラックの下からアタッシュケースを取り出す。
「はっ、しっかり持ってたな、そこはなんか流石だと思ったよ、感心した、ほら行こうか」
「命令しないでよ……」
「……大丈夫か?」
「大丈夫なんかじゃない! ……怖かった……怖かったぁ!」
堰を切ったようで怪我をした手で口元を隠して声を抑え泣き出す。
話している間に雪が強くなってきたのでキンウを立たせ二人は自分たちの車に向かう。
セーギはキンウが怪我をしていない方の手に持った。
重そうなアタッシュケースを受け取ろうとしたが、彼女は顔を伏せたまま伸ばした手を交わすように後ろに下がりそれを拒否した。
車に乗り込みエンジンをかけるころには、キンウも嗚咽も収まりある程度の落ち着きを取りもどしていた。
ワイパーでフロントガラスに積もった雪を払うとゆっくりと車を発進させ山を下る。
キンウは防寒着を脱ぎ、肩から胸にかけての切り取り線の様な自分の傷の具合を確認する。
広さは最大で3センチくらい深さは1センチあるかないかくらいだろう、驚くくらいの出血をしている、仮に防寒着と特殊繊維の服の重ね着がなかったら骨まで見えたかもしれない。
「腕、大丈夫か?」
「うん……防寒着を厚着していたおかげで、いくらかの刃は刺さらなかったみたい。生体兵器にやられたにしては意外と軽傷なほう、ちゃんとしたとこで手当すれば後も残らずにすぐ直ると思う」
「そうか、で、この後はどこへ向かえばいい、一度隠れ家に帰るか?」
「いいや、このまま荷物を届ける。早く終わらせちゃおう」
「そうだ。キンウ、もう、これに懲りたら俺をおいて一人で勝手に逃げるなよ」
「……」
「そこ、返事ないのかよ」
「あはは」
「ったく」
「帰ったらさ、あの温泉でお酒と食べ物持ちこんで祝杯上げようね」
「許したわけじゃないからな、それにどうせ、また運転、俺だろ。ん、おいキンウ。あれ……」
「んぁ……私たちの後に来た?来る予定だった人たちかな」
来る途中にあったワイヤーのトラップに引っかかり黒煙を上げ、上下さかさまの残骸と化した車をよける。
「下手したら、俺らもああなってたんだな」
「……そうだね。おお怖い怖い」
その残骸を通り過ぎたころにはもう話題にしなかった。
粉々に砕けた道路を下る。
来た時の道なき道ではなくちゃんとした道を速度を落として進んでいた。
山を下っているうちに雪が強くなり道も満足に見えなくなりはじめていた。
「どうした?」
「眠い……疲れた……」
「またか……寝るなよ、俺だって疲れて眠いんだからな?」
「行先は、こっちの地図に書いてある……からそこに向かって……まかせた……」
破壊された道路を来た時と違い慎重にゆっくりとガタガタと音を立てながら進んでいく。
山を無事に降りると、トラブルのあった山頂を振り返る。
山も建物も道も完全に白く塗りつぶされていた。
「キンウ、地図」
隣から返事はなかった。
「静かだとおもったら、寝てたのか」
キンウの持っていいた地図を取りあげこれから向かう行先を捜す。
隣で大事そうにアタッシュケースを抱え寝息を立てるキンウ。
地図にマークされた小さなシェルターに向かう。
肩から血のにじむ傷の痛みを忘れて眠るその寝顔をみたら起こす気も失せて、セーギはそのまま目的地まで黙って運転を続けた。




