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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
3章 幽霊たちの日常 ‐‐捨てられた場所で揺らめく光り‐‐
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逃げる 3

 セーギは階段に腰をおろしペンライト片手にもう片方にリモコンを持ちメモに書かれた小さい字を読んでいく。


 今も下からガンガンと扉を叩く音が聞こえるので扉はまだ壊れていないと少し焦りながらもメモを読み続ける。


 あえて不安と言うならガンガンという鉄扉を叩く音が、地下3階の扉だけでないことだろうか。


 ――セットしていない場合は0000番、……えっと、じゃあ、そのままでいいのか。


 一番上の階までのぼりきり、メモに書かれた手順でリモコンの操作する。


 ――これで終わりだぜ、化け物どもめ!


 一階のドアノブに手を掛け開けるとともに、リモコンを掲げ普段はしないが気持ちが高ぶり勝利のポーズを決めた。


 上に掲げたリモコンの下にもメモが貼り付けてあった。


 ――……裏に何か書いてあるな、……思ってる以上に威力が高いので結構遠くまで逃げてからボタンを押す……あ?


 すでにボタンは深く押されていた。


 下のどこかで音が鳴ると青いランプが色を変え赤く光る。


 ほとんど行き場を失っている轟音と爆炎と衝撃波がセーギを襲う。

 地下で四方に逃げ場のない爆弾の威力のほとんどが上に上がってきていた。


 セーギは体が宙に浮いたところまで覚えていたが、そこからは土煙にまかれ、どちらが上か下かわからなくなるくらい転げまわった。


 防寒着やマフラーがマスクとなり高温の熱を吸い込むことはなく少し焦げたがそれよりも、廊下を粉塵やおまけで飛んでくる瓦礫から逃げるように、さらに地べたを転がりまわった。


「っつああ、しくった、俺まで瓦礫に埋まるとこだった……」


 咳き込みむせながらペンライトと爆弾のリモコンはどっかに行ってしまったが、肩から掛けられている鞄の中にエクエリなどをしまっていたため、どっかに飛ばされるとこはなかった。


 天井の一部が崩れ地下への扉は完全に埋まった。


 おそらくは下の生体兵器の大半は吹き飛んだのであろうが、きっと多少は生きている。

 キンウが閉じた方の扉を壊して上がってくる前に、さっさとここから出た方がいいだろう。


 ボロボロになった身で立ち上がる。


 鞄から地下で拾ったサイリウムを取りだし足元を照らす。


「待ってろよキンウ……、とっちめてやるからな」


 ボロボロの体でふらふらとおぼつかない足取りで、建物の出口を目指した。




 キンウは迷彩柄のトラックを調べる。


 どの車両もキーは刺しっぱなしでドアも開いていた。


 車の持ち主達はすぐ帰って来る予定だったのだろう。


 ケースを脇に抱え、セーギからもらった懐炉を手で揉んで次々と迷彩柄の車両の運転席を調べていく。


 ――それにしても不用心……見張りはやっぱりどこかにいるのかな、だとしたら何で私のこれを奪いに来ないのだろう?


 横一列に並んだ車の後ろに回る。


 奪った車の後ろに敵が乗っていて一緒に家に帰ったら笑い話じゃすまない。


 回り込んだトラックの荷台、他の車両は全開にカーテン開いていたが、その一つだけカーテンが閉めてある車両があった。


 そして閉められた幌が少しだけ隙間が開いており、そこから若干暖かな光が漏れている。


 わずかに積もった雪のおかげであまり用心しなくてよかったが、音をたてないようにそっと近づき耳と立てる。


 会話は聞こえてこないが物音は聞こえる。


 ――やはり誰かいる……対人用に使えるナイフもセーギに渡しちゃったし素手かぁ……2,3人なら近接格闘プロじゃない限りは相手できるかな。相手に気が付かれる前に一気にけりをつける……


 などと考え、つかんだ一気に幌を開けた。


 それと同時に荷台に飛び乗る相手に攻撃の準備などさせない、幌が高く上がっている間に荷台に人が乗っていないことを確認した。


 幌が重力に従い降りてくると同時に全身から力が抜け、恐怖でその場から動けなくなった。


 冷たいはずの寒空のもと冷や汗が止まらない、のどの水分もどこかに行った。


 荷台に人は乗っていなかった。


 代わりに電気ストーブで暖を取りながら肉塊をむさぼる。

 細長い中型サイズの昆虫型生体兵器が乗っていた。


「ぁ……ぁぁ……」


 急速に乾いた喉で、悲鳴のようなものを上げる。


 血だらけの顎に大きな二つの複眼、なにをベースにしたか一目でわかる特徴的な大きな鎌状の腕の付いた全体的にほっそりとした昆虫型の生体兵器。


 逃げる、隠れる、悲鳴を上げるそのどれもがキンウの思考から一時的に消え、ゆっくりとその生体兵器の分析をする。


 自らを生かすために、敵の弱点、欠点を捜した。


 こんな寒い季節にさえいることから冬眠なども必要としないよう改良されたのだろう。


 目の前にいるのは珍しく従来の生体兵器の設計思想と違い、無差別に殺すことを目的としない、特定の目的の為だけに作られた生体兵器。


 この生体兵器は戦場に送り込むためではなく、ただの見せしめとして残酷な処刑用に作られた死刑執行者。


 どこかの国が粛清や捕虜の処分などに使われる予定だったのであろう、処刑される本人ではなくそのあとに残されたものに対しての恐怖心を植え付けるためより残酷な処刑方法としての生体兵器。


 一瞬だったが、人だったものと、それとは違う灰色の肌の肉塊が落ちていたのを視界の端で見た。


 しかし地下で見たのより何倍も大きく人と同じくらいはあるだろうか、おそらくはつい先ほど地下で出くわした生体兵器の親だろう。


 熱によって来る生体兵器、電気ストーブ、本来トラックの荷台になどいるはずのない昆虫型生体兵器。


 目に見えた範囲でそれら欠片を自分の納得いくように並び替えた。


 ――仮説。


 この寒い中、トラックの持ち主達は見張りの仕事をさぼり、仲間が返ってくるまでトラックの荷台で電気ストーブに当たり暖を取っていた。そこに熱を感知するタイプの笑い声の生体兵器が忍び寄り、気を抜いてだらけ切っていた見張り達をパクっと、もはや偶然としか言えない奇跡でこの昆虫型はその笑い声の生体兵器を捕食しに来た。


 ただの予想で確証はないが、おそらくそんなところだろう。


 なんてことはない、ただの食物連鎖の結果だ、そして偶然にもそこにのこのこと現れた次の餌、それがキンウだった。


 運が悪かったただそれだけのことだ。


 鎌についた数センチ単位で伸びるのこぎり状のギザギザから血が滴る。


 生体兵器が自慢の鎌を上へとあげた。


 それだけで幌の丈夫な布が障子紙のように簡単に破け、おおきな穴が開き冷たい風が入る。


 そこでキンウは我に返った。


 ――作った目的は敵を狩る効率ではなく他人に見せるパフォーマンス重視の生体兵器、狭いとこや背後、目の前のこいつの欠点は多い。まだ、戦ってもまず勝ち目はないが、逃げようとすれば頑張り次第で助かる……かもしれない。


 ーーもっともこんなところで死ねない。


 トラックの下、側面どこでもいい、急いで鎌の届かない狭い物陰に隠れようと荷台を下り駆け出す。


 だが、無差別に攻撃することを目的にしなくても結局は生体兵器。


 エサ不足で越冬できず動き回り昆虫型には厳しい寒さで弱った体を、暖を取り食事をすることで完全回復した生体兵器は幌を破り車内にあったものをまき散らし飛び出してきた。


 ほんの数歩走り出したキンウをいとも簡単に追いつきとらえる。


 とっさに持っていたアタッシュケースをトラックの下に滑り込ませた。


 それを盾にすれば振り下ろされた鎌をしのげたかもしれないが。


「あぁ……痛っ……ぁぁ……」


 振り下ろされた鎌が肩に食い込む、防寒着と重ね着していた特殊繊維の衣服のおかげで多少の防御力はあったみたいだ。

 もしダイレクトに肌に食い込んでいたら悲鳴どころの痛みではないだろう。


 皮膚に食い込んでいる以上服を脱いで逃げる手も通じない。


 肉を切り腕を切り捨てる覚悟で逃げ出す度胸もない。


 終わった、逃げられない、そう頭の中で答えを出したとき、重低音と共に地面が揺れた、建物のあちこちから土煙が上がる。


 ――……セーギか……爆弾を使っての自滅? 絶体絶命のピンチだし、最後のあがき的なことをしたんだろうか……私もすぐ追いかけることになるのかな……


 悲しいが涙は別の理由で流れる。


 最後に見る景色は雪の降る空。


 ――こんなところで終わるはずではなかったのに。


 恐ろしいので今自分とほぼ0距離にいる顎をカチカチと鳴らしている生体兵器は意地でも見ないようにする。


 ――あーあ……何もできなかったなぁ……。……うぁあ? ……セーギが見える……あっ生きてる……ふーん、無事だったんだ……そっか、あはは……失敗したなぁ。


 ボロボロになって頭から血を流し防寒着、土埃にまみれ土色一色のセーギがたてものからでてきた。


 車の鍵を持っている、そしてエクエリを持っているセーギ。


 ――エクエリ……あれさえあればこの生体兵器を倒せただろう、まぁ置いて行った裏切り者を助けるはずもないが。


 何もなければそれでよかったが、彼に先頭を任せ危険と判断したら時間稼ぎの囮にする、その間に自分は遠くへ逃げる予定だった。


 ――想定していた作戦は、もしかしたらを含めた可能性を含めて9割ほど予定通りだった、どうしてここまで来てうまくいかなかったのだろうか。


 セーギは逃げるのでもなく、その場でなにやらもたついている。


「ばぁか。さっさと逃げなよ……あはは……」


 一人で暮らしていたころには感じることのなかった楽しさのあった半年と信じきれなかった己を悔いると、キンウは全てをあきらめ目を閉じた。

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