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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
3章 幽霊たちの日常 ‐‐捨てられた場所で揺らめく光り‐‐
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廃屋 2

 セーギの真正面に回り込むとそばにしゃがみ、すこしでも目線をなるべく同じ高さにした。


「上がってこれる?」


 キンウ自ら床に細工をし、確実にこの場所で落ちるように仕向けておいての心配。


「思った以上に床が腐ってて、無理そうだ」


 罠にかかった方、セーギは怒るというより今は埃で手が滑る床をどうやって這い上がるかで忙しいようだ。


「行っとくけど、私の力じゃ引っ張り上げられないよ?」

「んなもん期待してねぇよ。いいからそこの机にロープ巻いてもってこい」


 セーギの腕が限界を迎え始めプルプルと小刻みに震えはじめた、彼を支えている床がミシミシと音を立てる。


「ロープも紐もなかったよ?この部屋には」


 キンウはチラッと自身の防寒着、薄汚れた赤いロングコートについた飾りの帯を見たが、強度的にも長さ的にも使い物にはなりそうにない。


「……引っ張り上げるのは無理だけど、いいこと思いついた。」


 動けないことをいいことに彼の頭を埃のついた軍手で軽く叩く。

 すると当然だがセーギはがキンウを睨んだ。


「ねぇ」

「何」


 キンウはワザとらしくにこりと笑う、楽しそうに。


 彼はその笑顔に不安を覚えた。


 何か良くないことを企んでいる、今までに何度もその笑顔を見てきたから間違いはないだろうとセーギは忙しくも頭の隅で彼女の裏を感じていた。


「いっそ、下に落ちちゃうってのどう?」


 一瞬、その場を静寂が支配した。

その時だけは空気を読んだかのように床の軋む音もしなかった。


「バカだろ」


 危機的状況に一向に真面目な態度をとらないキンウに苛立ちから声を荒げ、一層怒りをあらわにするセーギ。

 だが、彼女はいたって真面目だった。


「さぁ。じゃあ、下へ参りまーす」


 言うは簡単。


 キンウはあははと笑うとセーギの後ろに回り込みそのまま倒れこむように彼に抱きついた。


 飛びついた衝撃と二人分の重さでセーギは支えきれず落ちる。


「バッカ、おまっ」

「あはっ」


 二人は音を立てて下の階へ、2階の床に当たり落下速度は一度軽減されたが、ボッっと木とはおよそ思えない音を立て床が抜け一階まで落ちる。


 通常の建物なら冷たく固い地面に当たって、二人は軽傷では済まないことになっていただろうがここは違った。


 彼らが落ちた先で大きな水飛沫が上がった。


 ドポンと盛大に飛沫を上げて水中に落ちたセーギはそこで自分が落ちたこの水が、普通の水でないことを防寒着の下の肌で理解する。


 防寒着にしみ込んでくるのは痛み、体がひび割れていく感じの強い痛み。


「アツッ!」

「あつつ!!」


 二人が落ちた部屋は湯気が立ち上り、ものすごく湿度と温度が高かった。


 真冬の肌寒さからの高熱、急激の温度差。


 あまりの熱さに痛みを感じ二人は急いで熱湯から這い出ようとする。


 先に縁につき這い出たキンウが、あとから上がろうとするセーギを再び熱湯へと蹴り戻す。


「あははははは。……あっ?」


 蹴ったその足をつかみ、セーギが力の限りキンウと引っ張る。


「らぁ!」

「うわっ、ちょ、嫌っ、あっつぃ!!」


 濡れたタイルの床が彼女の抵抗を無力化し、彼女を湯の中に吸い込む。


 しばらく二人は激しく水しぶきを上げ、お互いを湯の中に沈める格闘を続けた。


 膠着状態に入り一旦二人は間合いを取る、ずぶ濡れになり、湯を吸って重くなった二人の服から湯気が立つ。


 別の方向から出ようとすれば、縁から上がりキンウがすぐさまそちらに回り込みセーギを湯に沈める。


 そんな彼女を何度か湯の中に引きずり込んだのち再びセーギより先に縁に上がったキンウは濡れた顔の水と払うと、湯の滴る前髪を左右に分けて後髪の三つ編みをほどき、笑いながら一言。


「お客様、一階、大浴場になりまーす」


 セーギはお湯の温度に慣れて一息ついたところで今落ちてきた大穴を見上げる。


「お前、もしここの温泉が枯れてて水? 湯? が張ってなかったら、よくて大怪我、下手すりゃ死んでたぞ」


 熱い湯の中で冷めたテンションのセーギ。


 抜けた床板を温泉の外にどかしていたキンウはセーギにつられて大穴を見上げる。


「いやだなぁセーギは、このお湯、私が張ったんだよ。だから真上にあるあの部屋で待ち合わせした。あ、そうだここの温泉、切り傷と打ち身に聞くってさ。そんなことがどっかに書いてあった」

「お前……」


 打ち身、切り傷の原因を作った張本人キンウが水を吸った防寒着を脱ぐと吸った湯を縛り始めた。


 しばらくの沈黙。


 流れ出る温泉と絞った水の音が響き、割れた窓ガラスからヒューヒュー音を立てて風が入る。


「あ、寒い」


 キンウは身震いすると残りの衣服も脱ぎ捨てゆっくりと温泉に戻る。


「なあ、キンウ」

「熱っちちち。何、私の裸でも見て興奮でもした?」


「違えよ。これ、着替えどうすんの、帰り服凍りつくんじゃないか」


 湯気の立つ濡れた衣服を見て、割れた窓から入る冷たい風の音を聞きながら帰りの心配した。


 服が凍るほどの温度ではないがものの、例えとしてだ。


「ああ、それなら大丈夫ご心配なく。更衣室にちゃんと前もって用意したタオルと着替えと防寒具があるから、私に抜かりなしだよ。セーギも服脱いで入れば? 重いでしょ」

「ったく」


 セーギは湯の中から立ち上がり温泉から出ようとする。


 その姿を見て、すぐさまキンウは飛びつくように、お湯の滴る袖をつかみセーギを止める。


「え、待って待って、上がっちゃうの? この温泉、最初出が悪くて結構いろんな試行錯誤して、3時間ほどかかってせっかくお湯張ったのに」

「無駄なことを。つーか、朝からいなかったのはここに来てたからか」


 キンウを引き連れたまま温泉の縁にたどり着き、足を上げ温泉から上がろうとする。


「その通り、三階の仕掛け作ったりいろいろあったし。だからさ、もう少し温まっていこうよ」

「一人で勝手に温まってろ」


 片足を上げたその瞬間にセーギのズボンのベルトをつかみキンウが力いっぱい水中に引きずり込んだ。


 そして湯に沈むセーギに覆いかぶさるようにして身ぐるみをはがそうとする。


「ば、バカッ、お、お、お前、オボ、溺れる」

「さあさあ。セーギィ」



 暴れる彼の身ぐるみを剥がし、結果的にキンウが何とか彼を引き留めて二人並んで温泉に浸かる。


「ふいー、あったまるねぇ。後で背中流し合いっこする? タオルも石鹸とかもないけどさ、シャツとかで擦ればなんとか行けるでしょ」

「勝手にやってろ」


「さっきからそればっかり。いいじゃん、別に恥ずかしいとかそういうんじゃないんでしょ? 私の貧相な胸を見ても何とも思わないんだから」


 二人分の濡れた服をキンウは絞り、折り畳んで温泉の縁に置いていった。


「で、なんでこんなところに呼び出したんだ。温泉なんか入りにくるだけのような奴じゃあ無いだろ」


 キンウはゆっくり正面に回りセーギの対面へと回る。


「……そのことだけどさ。普通に息抜きとか、いろいろあるけど、まぁ、一番は誰にも聞かれたくないからかな、ここならだれも来ないし。」


 そこで、今までおふざけムードとは一転しキンウの真剣な表情が変わる。


 それを察しセーギも一応話を聞くような少し真面目な態度をとる。


「軍からの仕事の依頼。私たちが無登録の傭兵会社を結成して半年、ようやくの初仕事だね」


 口調は変わらないがつい先ほどとは別人かと思わせるほど声のトーンを落とし、キンウは話し始めた。


「えーと、廃棄された施設に、軍が回収し忘れた書類の回収。場所はほら、少し前に生体兵器に強襲されて廃棄した北部3地区基地だったとこ。現在、多数の生体兵器の目撃情報のある要警戒地点」

「前線基地……」


「そうそう、ここからそう遠くはない」

「で、生体兵器と鉢合わせる確率は?」


「ほぼ100パー。むしろ合わないのが不自然なくらい」

「なるほど。ざけんな、訓練を受けた軍人ですら、十数人の部隊で行動しないと危険な相手、生体兵器だぞ、それを俺たち一般人が、たった二人で相手をしなければいけない。普通にどうやっても鉢合わせたら勝てないだろうが」


 多少のまじめさはあるもののその軽い物言いに、セーギは不安しかなかった

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