蠢く悪意 5
ぬかるんだ川沿いの地面を二台の車両はゆっくり走り、装甲バスの車内で二人は携帯食料をかじっていた。
目の前の川は本来流れていた川ではないため橋などない。
「なかなかおいしいじゃない」
「ちゃんとした携帯食料ってのはこんなうまかったのか」
揺れる車内で食べかすがこぼれるが軽く服を払い気にせず食事を続ける。
朝食を食べる前に前線基地を出発したため朝食と昼食の両方を兼ねた食事。
「固形バーもゼリー飲料もちゃんと賞味期限内のものよ」
「わかってるよ。頼むから食事の時ぐらい気分よく食わせてくれよ」
二人の座席の間に携帯食料の入った段ボールを置きそこから無作為に袋を掴む。
「年単位で長持ちする携帯食料の期限切れってどんな味がするの?」
「……これみたいにしっとりしてなくてどっちかって言うとパサパサしてて、味もなんかくすんでプラスチックか消しゴム食わされてる感じだった。こんな柔らかく味があるものだとは思わなかった、ゼリーのほうは苦い汁であれが賞味期限切れだとわかっていたら食べなかった」
リンネは食べ終え丸めた携帯食料の袋を運転して避けられないテンマへと投げつける。
「気持ちの悪い、食事がまずくなるわ」
「……聞いたのはそっちだろ」
「しかしこれだけ進んで研究所が見つからないなんてね」
「どんな建物なんだよ?」
「知らないわ、このあたりにあるというのだけしか」
「そもそも何しに行くんだ、目的は?」
「できれば、外側にいなかった改造植物が生えていればいいと思ったのだけど」
「ただでさえ危険な場所なのにさらに危険の飛び込んでいくのか……馬鹿なのか?」
「馬鹿じゃないわ。ちゃんとみんな生きていけるようにしている」
「どの辺が?」
「あなたに言う必要はない」
「またそれか」
「私の能力はよっぽど信用できる人間か死ぬ前の冥土の土産にしか口にしないわ」
「つまり俺が能力を聞けるのは死ぬ時だけか」
「そうなるわね。私の駒として信頼を勝ち取ってもいいわよ」
「まだ一般兵だったほうが楽だったんじゃないかこれ」
しばらくして入り口が壊れている大きな建物に入り込んだ。
『また生体兵器が集まってきた、ここらで一度身を隠す。戦闘になるかもしれないから車両からは出るな』
「わかったわ」
「さぁ、じゃあサンプルの採取に出てもらおうかしら」
「今の話、外出るなって言ってなかったか」
「私は出ないわ、あなたが行くの」
「鬼畜の所業だな、あんたに優しさはないのかよ」
「王都で暮らしている人間は人に似た人型の何かよ、人だと思っちゃいけないわ」
「自分で言うのか」
「優しさよ」
「そこでか」
携帯食料をのんびりかじりながら二人が話している間に、竜胆隊が車両から降り建物の安全を確認しに行く。
蔓で覆われ光が入ってこず暗く川が近くて湿っぽい建物内。
窓を開けリンネは大きく息を吸う。
「ほんと空気がおいしい。緑が目に痛いくらい鮮やかなのはマイナスだけど、植物に囲まれるっていいわね。なにか部屋に飾ろうかしら」
「毒草じゃないのか?」
「なんでよ、私だって花とか好きよ。小さくていっぱい集まっているやつとか。どこかで花瓶買って部屋に飾ろうかしら」
「あんた飾るというより飾られる側だろ、死人みたいに青い顔してよ」
「酷いわね、ワーストの癖に。見た目をいじるとか最低よ、恥を知りなさい、底辺」
「鏡を見ろ鏡を」
「さて、無駄話はこれくらいにしてちゃんとした話をしましょう」
「俺が死にに行かされる話か?」
「茶化さないで。もしこの霊峰樹海から無事抜け出し改造植物のサンプル集めが終われば、あなたの妹を見つけてあげてもいいわ」
「本当か? どうしたんだよ突然」
「本当よ、報酬がなければやる気も起きないもの。これで少しは採取に協力的になってくれるでしょ?」
「まぁ、がんばるよ……で、今から手袋して外に出て行けばいいのか?」
「別にいいわ、さっきのは冗談よ忘れて、別のところでとっても変わらないんだもの危険を冒してまで取るメリットはない。また明日働いてもらうから今日は休んでいなさい」
「行けと言ったり行くなと言ったり俺をどうしたいんだよ」「困らせたいわ」
車両の後を追って寄ってきた複数の生体兵器たちが潰しあいを始めたため、建物の中から動けずバスの中で半日過ごし夜を迎える。
竜胆隊は外で警戒を続ける中、陽光隊は空瓶の入ったトランクの山から荷物を引っ張り出し寝るための準備を始めていた。
「さて明日は何が起きるかしらね」
「知らねぇよ、これ以上悪くなることはないだろ」
「かもね。ちょっと外に出れば死ぬこんな場所他にないものね」
「シェルターの外はだいたいそうだよ、俺が言ってるのは生体兵器の住処に入らなきゃいけない状態になったことだよ」
「ほんとなんで私たちが霊峰樹海に来ることが分かったんだろ、シェルターで見つかったとしても追ってくるのが早すぎる」
「相当恨まれてるんじゃないか? ……あとあんた着替える前に何か言ってくれ、吃驚する」
バスローブに着替えたリンネがテンマのもとへとやってきて、寝袋を持ち上げ床に敷きなおす。
「隠れて着替えたし、見せて恥ずかしい体はしていないわ」
「そういうことじゃない。というかローブ着ると死に装束っぽく見えるな、絶対暗いところで見たくない」
リンネは寝袋に入ると体を曲げて丸くなる。
「変わったね寝方だな、赤ん坊というか寝袋にいることも相まって芋虫みたいだ。いつもその寝方なのか」
「黙って寝なさい。夜這って来たら薬漬けにしてからどこかにいる妹のもとに送ってあげるから」
「正直目のせいで幽霊にしか見えないお前に欲情はしねぇよ。俺は運転席で寝るから枕元に立つなよ、おやすみ」
「おやすみ」
明かりを消してテンマも運転席を倒して横になった。