前線基地、2
しばらくして兵舎のベットで軽く睡眠をとったコリュウが目を覚ますと、寝室の窓から見える空がすでにオレンジ色に染まっていた。
「うわっ、もう日が落ちてるじゃん。やべぇ、寝すぎた。おい、イグサ起きろ、隊長と合流しないと……」
コリュウはツバメにこの部屋のことを伝えておらず彼女が怒っていないか心配になり、彼はあわててベットから飛び起きると向かい側で寝ていたイグサを呼んだ。
しかし返事はなくよほど熟睡しているのかと思っておこしに向かったが、ベットに彼女はいなかった。
「って、いない!」
イグサの寝ていたベットは泥で汚れた布団とシーツだけがあり、彼女を探してコリュウはすぐに部屋をでる。
彼女はリビングにもおらず、机に置かれた3人分の荷物もそのまま。
「……イグサいねぇし、俺置いてけぼりかよ」
どこに行ったか分からないイグサのことは後にして、とりあえずツバメと合流しようとコリュウは自分の鞄からシェルターや前線基地などでしかほとんど使えない若干不便な携帯端末を取り出しショートメールを送る。
内容は〈宿泊先は、B棟、二階、突き当り〉とだけ簡潔にし、これだけで伝わるだろうと願ってコリュウは送信を確認すると端末をしまった。
それが終わると、コリュウはいなくなったイグサを探し玄関に向かう。
携帯端末を使って居場所を聞こうかと思ってポケットにしまった携帯端末をもう一度取り出そうと思ったがたが、途中で洗面所の方から水の音が聞こえた。
コリュウはこの部屋に入ったときは荷物を置くことだけを考え、玄関のすぐ横仕切りの壁の向こうに細長い洗面所があることを思い出す。
水の音はその突き当りにある風呂場からのようでコリュウは洗面所を覗いた。
音のする方に向かうと足元に無造作に朝顔隊の制服が散らばっていた。
朝顔隊の制服は強化繊維の紺色のブレザーの上着に黒のズボン、女性は紺色に青の入ったスカートでタイツ支給される。
基本的に上着の下は白か黒のYシャツを着ることになっていて、コリュウは白をイグサは黒いシャツを着用。
隊長はなぜかそれを無視してタンクトップのシャツを着ている。
コリュウは散らかった制服を拾い、洗濯籠に入れるとその奥へ進む。
洗面所の突き当り風呂場の曇りガラスに映るシルエットは髪の長さから短髪のイグサのようで、彼女もついさっき起きたらしく隊長に合流する前に汚れた体を洗っていたようだ。
コリュウは彼女も見つかったし彼女が出てくるまでリビングに居ようと戻ろうとしたところで風呂場の横。
バスタオルがかけてある鉄パイプのラックの網に、籠に入った新調された朝顔隊の制服がビニールに包まれておいてあったのを見つけた。
おそらくは寝ている間に支給品が届いたのだろう、それをイグサがここまで持ち込んだ。
新調された制服はラックは風呂場の目と鼻の先で、コリュウのいる洗濯機の先の先にある洗面所の先、そのさらに先にある洗面用具入れの先にあった。
コリュウは床に散らかった制服だけ洗濯機に入れられればそれでよかった。
しかし、彼はこの後食事に行くであろうことを考え、今着ているこの汚い制服を脱いで新しい制服に着替えたいと思った、思ってしまった。
考えなくても予想できた展開が待っているのに。
コリュウはラックの前まで進みビニールに包まれた制服を手に取る。
ビニールの中制服と一緒に入っていた紙にサイズも男女のどちら様かも書かれていた。
女性用はスカートが入っている時点でまず間違えることはない。
中にタイツや短パンを履くとしても戦闘中は生体兵器に集中するが、非戦闘中はたまに目が行ってしまう。
そんな目に毒な女性用制服をよけ、コリュウは男性用の制服を手に取る。
着替えを手に入れたコリュウはすぐに立ち去ろうとした。
しかし。
「ん、ツバメ帰ってるの?」
突然かけられた声にコリュウの心臓が何かに掴まれる、同時に一瞬呼吸が出来なくなった。
硝子戸の向こうでキュッと金属をひねる音が聞こえ水の音が小さくなる。
コリュウは急いで扉が開かないように咄嗟に手を伸ばした。
こちらから引っ張ってしまえば内側にしか開かない扉はどうやっても開かない。
「今出るから、ちょっちまってて」
全くコリュウだと気が付かないイグサ。
「あっ、おい。ちょ、イグサ待って!」
彼は後ろを向いて逃げれば、あるいは最初に声をかけられた時点で声でコリュウだとわからせればよかったのだろうが咄嗟の判断で、もしくは反射的にこうなった。
声を出したがもう遅かった、コリュウの伸ばした手は取っ手に触れはしたが、扉の掴みに手をかけるとこができなかった。
すでに扉が開き始めていたから。
そして雲りガラスの戸は開く。
コリュウと湯気の立つ湯を滴らせている素っ裸のイグサが目を合わせる、彼女は顔にかかった水を払っていて彼に気づくのが数秒遅れた。
「えぁ、コリュウ?」
キョトンとし不思議そうな顔をするイグサ。
「えっああ、ごめん」
急いで目を反らし顔を手にした新しい制服で隠すコリュウ。
現状を理解し恥ずかしさか怒りか顔を赤くし、わなわなと震えながら拳を握り構えるとコリュウの鳩尾に打ち込む。
顔を隠しているのだからイグサが拳を握ったこともわからず、彼の無防備な腹部に容赦のない攻撃が入る。
一撃、一瞬コリュウの意識が飛んだ。かわいらしい悲鳴を上げる女の子はいなかった。
コリュウは腹を思いっきり殴られた衝撃から悶絶して倒れ込むと、イグサは彼を跨いでバスタオルを回収し体に素早く巻くと水を滴らせたまま洗面所から出て行った。
「最低!」
それが今日最後にコリュウが聞いたイグサの言葉だった。
痛みが引いてからコリュウは彼女を追いかけると、イグサは机で自分のエクエリに着いた泥を拭いていて先ほどのいきさつを話しても終始無視をしている。
彼は何と言って弁明すればいいかわからず最終的に寝室でベットに腰かけ俯いていた。
それからしばらくして、ツバメは帰って来る。
「ただいまー。ん、どした? 何かあったかイグサ」
挨拶もすみ作戦まで時間があるとのことで休みがあると意気揚々と帰って来るツバメ。
しかし部屋の空気は重く暗い。
「何でもないです」
そっけないイグサの反応に現状何が起きているかわからず、しばらくその場で疑問符を浮かべているツバメ。
「なんかピリピリしてるな。お腹すいてるのかな、夕飯食いに行くぞー、準備しろー」
しかし二人からの返事はない、黙ったままツバメのもとによってくるイグサとそのイグサから少し距離を取るコリュウ。
「フム……?」
その後ツバメは空気の悪さからコリュウとイグサの二人に何かがあったと大雑把に察し、特に気まずい空気の中で二人にこの日何があったか聞き出そうとはしなかった。