明日を見る 2
「身の上話って言われてもな」
「家族のことでいいわ。5人家族。でもだいぶ前に祖父、一般兵だった両親は他界、今はあなただけ」
「……何でそれを知ってる?」
「隊員の情報は隊長副隊長なら携帯端末で読めるもの。たとえ下層以下でもあっても学歴や職歴、犯罪歴何でも情報はあるわ。下層に上がって一般兵になった時履歴書書いたでしょう?」
「それ、俺から何か話すことあるか?」
「読むのと聞くのではだいぶ違う」
「俺が自分の口で言う意味は?」
「私が楽しめる」
「あんた絶対いい死に方しないぞ」
「だから精いっぱい死を避けて生きてる。さぁ、話を聞かせて。とはいっても興味があるのはあなたの今までの人生と妹についてだけど」
階段を降り傘をたたんで宿舎に入る。
「あ、妹? あいつに何か用か?」
「用はないけど、調べてみたら面白いところで働いているのね」
「別にどうってことないだろ、下層やワーストの子供を保護してる孤児院だ」
「そうね、表向きは働けるように勉強や社会的マナーを教える施設。ツタウルシカガリが運営する孤児院の一つ」
「……なんだよ、なんかまずいのか?」
「連絡が取れているなら何の問題もない」
「取れない場合は?」
「カガリは自称魔王を名乗るいかれた人。今も手駒を増やしてあちこちで何かしてるわね」
「やばいやつなのか?」
「王都の人間がまともだとでも? テンマだって王都育ちでしょ、高層の人間が笑顔で手を差し伸べてきて痛い目を見たことはない?」
「くそっ、連絡がなくなって半年。てっきり忙しいんだと思ってたが違うのか」
「彼女に気に入られたら、洗脳され少なくとも家族すら裏切る兵隊には変わっているでしょうね。お気の毒様」
「助けられる方法は?」
「残念ながら、よほど自分の意志が強くない限りは抜け出せないし他者の声を受け付けない。洗脳とはそういうものよ。私もカガリの真似事をしようとして調べたからよくわかるわ」
「……おいおい、俺もおもちゃにされるのか」
「大丈夫、カガリのような他人の骨抜きにする能力じゃないし他者の悲鳴を聞くのが苦痛でできなかったから。まぁ、洗脳の方法は痛みと快楽だけじゃないのだけども。どれも面倒でもうあきらめたわ」
借りている部屋の前にたどり着くが中には入らず扉の前で、リンネは立ち尽くしテンマは壁に寄りかかり話を続けた。
「簡単だったらやってたのか?」
「ええ、自分の言うことを何でも聞いてくれる献身的な人形だなんて素敵じゃない」
「俺が手足のように動いてるじゃないか、何か違うのかよ」
「そうだけど、それだといつ裏切るかわかったものじゃないじゃない。テンマ、あなたの大事なものは家族である妹でしょ?」
「まあな」
「それを血のつながりもない私にしたいというわけ。実際にカガリは下層やシェルターの外から孤児を集め血のつながらない家族を作っている、自分が利用するためにね。正直あの派閥はどうにかしないと近々王都が乗っ取られるかもしれない」
「王都が乗っ取られても俺ら下の人間には関係ないだろ」
「そうそう、不穏な動きといえば追放者達のうごきも活発になってきてる」
「追放者? ……あんた一人でどんどん話しを進めてるな、話し相手の俺を置いていくなよ」
「追放者は災害種に襲われシェルターから逃げ延びたものの、移住権を買えなかったり保護の対象にならなかった人たちの一部が武装化して一般兵や我々の邪魔をする人たちのこと。どこでそろえているのかわからないけど迷彩柄の手ぬぐいを腕に巻いた連中よ。もともと数が少なかったけど精鋭が増え特定危険種や災害種が減ったことで外を比較的安全に移動できるようになったでしょ、その影響であちこちの難民が合流して数が増えた」
「知らねぇよ」
「まぁ、王都以外のシェルターで暮らしてないとわからないか。まぁ、生体兵器が倒されたことでエクエリや装甲車で武装していない人でも移動しやすくなったの、それで各地の廃シェルター同士でのつながりが生まれた。ここまでわかる?」
「一応な」
「その結果シェルターの外で過ごすことに不満を持っていた者たちが合流して大きな組織になった」
「それでそいつらは何をするんだ?」
「今話すから結果を急がないでよ。彼らは悪人ではなく自分からシェルターを出ていったわけでもないから、防壁の内側で安全な暮らしをしたいわけ」
「まぁ、それが普通だよな」
「でも普通にそれは許されない。シェルターは人口を調整しないと食料、住居、治安に問題が起きるから助けたくても助けられない人は大勢いる。それでも才能ある有能な人間、経験豊富な技術者たち、彼らはそれだけの働きをしているから中層や高層の人間に多い。未来ある子供を引き取り孤児院で育てるのだって、すべてがすべてのちのち一般兵として戦わせるために育てているわけじゃない」
「王都以外のシェルターはそんなふうになってるのか」
「王都は下層、ワーストというだけで仕事に制限があるからね。話は戻るけど、集まった追放者たちは、シェルターに住めないのは王都の指示だとか下層の人間だから暮らせないと思っている人たちがいる。生体兵器が少なくなったここ最近彼らが王都の人間を襲撃して身代金を要求したり、輸送車を襲って物資を奪っていて生体兵器並みに達が悪くなっている」
「そのあたりちゃんと説明すればいいじゃないか」
「逃げてシェルターに来た時に説明は懇切丁寧に何度も受けているはず。どうなのか知らないけど下層の人間だからかこういう考えになったんだと思う」
「他のシェルターはちゃんと王都と違って学校に行けているのか?」
「そうよ、王都が異常なだけで他のシェルターは学校、孤児院どちらもしっかり勉強を教えている。そこでしっかり勉強しなかったものたちが下層として過ごしその結果逆恨みで我々に害をなそうとしている」
「ところでよ」
「なに?」
「この話、俺みたいなやつが聞いていいのか?」
「別に構わないでしょう、今は精鋭だから。ここから出たら王都のそれもカガリの個人情報を知ったあなたがどうされるかなんて知らないわ」
「……つまり俺はここから逃げられなくなるんじゃないか?」
「よくわかったわね。さてあなたに話させるつもりだったのにずいぶんと私がしゃべったわね。それじゃ、今度こそあなたが話して頂戴」