黒衣の女性 3
陽光隊の二人は基地を出て駐車場へと向かうと戦闘車両の前で、強化繊維の制服の上から強化外骨格に身を包んだ精鋭竜胆隊が待っていた。
「なんだ、すごいな特撮ヒーローみたいだ」
あからさまに今まで見てきた精鋭と一線を画す、フィクションドラマの正義のヒーローのようなアーマーをつけた全身武装にテンマが言葉を漏らす。
「竜胆隊よ、薔薇の精鋭と同じくらいの実力を持つ精鋭。隊員の入れ替えの少ない戦闘熟練者の集まり」
「強いってことはこないだの魔都討伐の戦闘に参加したのか?」
「いいえ、してないわ。その時は彼らはここに残っていたわ。あと魔都攻略ね、場所の名前だから」
「どうして参加しなかった、彼らは強いんじゃないのか? 人伝だが精鋭たちの総力戦だったって聞いたぜ」
「黄薔薇隊がそっちへ行っていてここのシェルター防衛もあったけど、竜胆隊は他の精鋭と合同で作戦に参加することを嫌うらしいから」
迷彩マントを羽織り頭にはフルフェイスのマスクをかぶっていて、駐車場にやってきた二人を見てそのマスクを外す。
竜胆隊の隊長はマスクの下にあった複数の縫合痕のある歳と戦いを刻んだ険しい顔を見せた。
「竜胆隊隊長、ハナバタケ・オキ。向かう先は霊峰樹海でいいんだな?」
リンネは竜胆隊の前で立ち止まる。
「はい、今日からしばらくお願いします竜胆隊」
虚ろな目を見ても動じない竜胆隊のオキにリンネが頭を軽く下げると後ろでテンマも軽く会釈した。
竜胆隊のオキ以外のほかの隊員も集まってきていて、皆ハナバタケと同じように強化外骨格に身を包みフルフェイスマスクで素顔を見ることはできない。
竜胆隊は隊長隊員共に体つきの違いに誤差程度の差しかなく、違いがあるとしたらそれはそれぞれのマスクに違う色と数字が書かれていくことくらいしかない。
「樹海に向かうのはお前たち二人か? 陽光隊は高齢の隊長がいたはずだが」
「ご老体に無茶させられませんし、王都からの呼び出し以外はおそらく来ないでしょう。私たちだけではだめなのですか?」
「いや、それは好都合だ。居ても邪魔になるからな。守る対象は少ない方がいい」
「言ってませんでしたね。もしもの時、守ってもらうのは私とサンプルだけです」
王都に生きる人間として身分によって命の重さに軽さを知っているテンマは大したショックは受けず英雄譚に出てくる精鋭の服を着ても自分の価値などそんなものかとテンマは肩をすくめるだけで黙って話を聞いている。
「先に確認しておきたい、植物型の生体兵器のサンプルを取りたいとあったが」
「葉、花、茎や幹、種子、根などを集めます。生息する数にもよりますが、8種ほどと昔の記録にはありますね、最低でも40個前後、植物型の欠片を手に入れます」
指折りにサンプルとして持ち帰るものを確認しリンネは竜胆隊に伝えた。
リンネとオキが話している間、テンマは片方は生気のない目を下幽霊みたいな女ともう片方は傷だらけで険しい顔の鬼のような男だなと考えていて。
「わかった。これからの移動についてだが一ついいか」
「なんですか?」
「同行する一般兵は次のシェルターでここへ返す、俺は仲間以外は信用していない。生体兵器との戦闘で邪魔になられると困るからな」
「戦闘関係のことはさっぱりなのですべてお任せします。私たちはサンプルさえ持ち帰ればいいので」
「少し遠回りになるがいくつかシェルターを経由して樹海に向かう」
「それがいいというのであれば私はなにも文句は言いません。ですが理由を聞いても?」
「俺たちだけでなら問題はないが、今回は非戦闘員であるあんたの護衛をしないといけない。樹海に着くまで戦闘を避けるため生体兵器が居ない道、夜の警戒がいらない安全な宿、森や廃墟で道を見失うより整備した道を通った方が効率的だ。地図にはある橋が落ちているということもない、途中までよく知っている王都への物資輸送の道と同じルートだ」
「わかりましたそれでお願いします」
二人は制服と同じ黒に金の幾何学模様の入った装甲バスへと向かっていきリンネは先に乗り込む。
日の光を受け金色の模様はギラリと光り、その悪趣味さにテンマはひきつった顔をしたがすぐに彼女を追いかけ車両に乗り込んだ。
広い車内のはずの装甲バスの中には多くの荷物が積み込まれ通路が塞がれ奥の方に行くことはできなくなっている。
「おいおい、何だよ……このトランクの山?」
テンマがつぶやくと運転席へと向かったリンネから声が返ってきた。
「旅の食糧や生活用品のほかに、割れ物を扱う際の耐衝撃使用のトランクよ。サンプルを取るから薬品と大きな瓶が入ってる。向こうに付いたらこれを一つ一つ運んでもらうから」
人一人横を向いて通れるわずかな隙間を通って、テンマは移動中に荷物が崩れないか固定具を確かめながら狭い車内を歩いていると足元にトランクとは別のものを見つける。
「……このジェリカンは? こっちもいくつあるんだよ」
「保存液よ。一応植物持ち帰る最中に枯れてもらっては困るもの瓶に使う分だけ。出発時間が近い私がしてもいいけど運転、テンマに任せられる? 新入りでしょ」
「了解俺が運転するよ、荷物持ちから運転まで雑用が俺の仕事なんだろ。仕事するよ」
「ありがとう」
わずかにリンネの顔の筋肉が和らいだ。
その表情は虚ろな目と合わさってより幽鬼さが上がり。
「それにしてもあの精鋭の隊長、あの顔で名前がハナバタケはないだろ。危うく笑いそうになったよ」
「所詮は名前だもの、名は体を表すってのもそうそうない。あなただって天を駆ける馬というより、地を這う虫といったイメージがあるけど」
「ひでえいわれ用だな、虫だって精いっぱい生きてんだよ」
「それじゃ運転をお願いハイムシ」
「名前変わっちまってるし」
準備が整うと陽光隊の乗った装甲バスと竜胆隊の乗った装甲車の上に戦車の砲塔をのっけた戦闘車両は一般兵を引き連れてシュゴウシェルター離れた。