青薔薇隊 4
生きて魔都から出るというキイの力を借り体に負担を駆けながら廃墟の町を走る3人。
地面の崩落の後、砲撃の音は止み空にはクラックホーネットの姿も見えない。
噴煙のような土埃の舞う魔都には小石が転がるだけでも大きく音が反響するほどの静寂が戻っていた。
「砲弾は飛んできているのにミサイルが飛んでこないね。拠点からも都市戦艦からも」
「そういやそうだな、どうなってんだよ」
「俺に聞かれてもな……基地や都市戦艦が襲撃を受けている最中でミサイルを撃つと至近距離で爆発し人や施設に被害が出るからかもしれないし、去年のシュトルム戦では盾になって自らミサイルにあたりに行く生体兵器が居たそうだ。もしかしたらそういうのが居て途中で落とされ魔都まで飛んでこないのかもな」
止まることなく三人は移動を続け、高かった太陽も魔都の廃墟の下へと落ちかけたころアサヒが立ち止まり携帯端末を取り出す。
二人も水分の補給と重たい荷物を抱えて走り続けた体を休める。
「ミサイルが飛んでこないと、私たちの上を飛ぶクラックホーネットの数が減らないじゃないか。今飛んでないけど」
「巣は潰せた。壊滅したかどうかはわからないが、大きく数は減り魔都の脅威度は下がったはず」
方位磁石と携帯端末に写した国だった時の魔都の地図を見比べ、逃げてきた方向から自分たちの居場所を確認していたアサヒが顔を上げた。
「困ったことになった」
「どうしたんだい?」
「逃げてきた方向から今の場所をざっくりと見たが、本来の逃げ道から大きく外れそうだ。崩壊で建物の中を進むのが危険となった今、俺らはしばらく建物沿いに進むしかない。次建物の中を進むのは、崩落の危険がないと判断できた時だろうそれまでは遠回りでも道沿いに進むしかない」
「まぁ、建物の中進んでいて崩落が始まったら右にも左にも逃げられないからそのまま建物ごと落っこちまうもんね」
「そうなると、建物の中を突っ切って最短ルートで進むという逃げ方ができなくなる。崩落の振動で老朽化したこのあたりの建物もいつ倒壊してもおかしくない状態だ」
「そりゃ困った」
「窓側により過ぎて上空から見つかるのが怖いが、なるべく建物の奥に入らないように進みどこかで今日は休もう。明日も走り続けることになるからな。崩落も止まってしばらくたつ、崩落現場から少し離れたこの辺なら大丈夫だろう。……確信はないが」
「ならさっさと休めるところを探そうじゃないか。マラソンなら自信あるけど、あの地割れでかなりの距離を全力疾走したんで流石にへとへとさ。二人は先に寝ていいよ、私の目の力もあって体の負担も大きく疲れているだろう? 見張りは最初は私がするからさ」
「寝ている途中で起こされたくないからだろ?」
「もちろん。三人で順番に休むとなると、見張りを変わらなくていい一番最後が一番ぐっすり眠れるからね」
今なおゆっくりと続く崩落から逃げるためにその後も移動を続け、三人は生体兵器から身を隠しながら休み朝を迎えた。
時折聞こえるクラックホーネットの重たい羽音、割れる地面の音、しかし何事もなく日付は変わり、青薔薇隊は昨日と同じく生体兵器との戦闘を最小限に魔都から出るために走る。
「さてと、今日も脱出のため走って行こうか。行きて帰るためにな。それでアサヒ、どっちに行けばいいんだよ?」
「先に行った精鋭と一般兵たちにも追いつかないとな。どこ行ったか見当もつかないが、魔都の外へと向かっているはずだ。向こうは人数も多いし一般兵がいる、夜見張りをしている間逃げられそうな道を調べたがもしかしたら追いつけるかもしれない」
走り出して間もなく建物の角を曲がるとばったり出くわす生体兵器の群れ。
飛び回るクラックホーネットから隠れ建物の中に身をひそめじっとした生体兵器たちがアサヒたちを見つけ次第一斉に動き出す。
「来るとき居たんだから帰るときも居るよな」
「こりゃ、戦闘は避けられないね」
エクエリを構えやむなく建物から離れ道路に出る。
逃げた三人を追って小型と中型の蜘蛛が隠れていた建物の中から外にあふれ出た。
数は2,30、飛び掛かるもの、足を延ばして捕らえようとするもの戦い方が違うが囲まれることなく正面から戦えば対象は容易だった。
後ろにゆっくり下がりながら近場の、あるいは攻撃態勢に入ったものを攻撃していく。
暗がりで襲ってきた足の長い蜘蛛もいたが明るく本体さえ見えてしまえば脅威にはならず、その足の長さの割に小さな頭に光の弾を当てる。
「今気が付いたんだけどいい?」
崩落に書き込まれ落ちかけたアサヒの命を救った黒い刀も、この戦闘の途中で折れキイはそれを捨てると小型のエクエリに持ち替えながら訪ねる。
「なんだ、戦闘に関係ある話か?」
待ち伏せたり囲んでくることはなくあくまで正面から飛び掛かってくるだけ。
一般兵や精鋭などと戦闘をしていればもっと多彩な攻撃手段を持っているものだが、魔都に住む生体兵器にあいにくそういった経験はない。
ただ襲い、力が勝ったものが勝つ、数と勢いで戦う生体兵器ばかりでどんなに数が多くてもそれだけでは冷静に対処していけば青薔薇隊の敵ではない。
「暗くて前戦った時は気が付かなかったけど体の下、頭と胸の間の関節部、何かいない?」
「何かって、とりあえず話は全部倒してからだ」
単調な戦闘だったが数が減ってくると様子を見ていた蜘蛛型の生体兵器、足に粘着性の糸を巻き付けた中型がその長い足を振り回したりしてきた。
だがフルタカの大型のエクエリで長い脚は根元から千切られる。
「ほんと魔都の生体兵器はよ、弱いよな。精鋭いなくても作戦実行できたんじゃないかよ?」
「かもしれないが、精鋭がいたほうが成功率はずっと上がる。この作戦は失敗できない作戦、過剰でも戦力を投入して間違いはなかった思っているが」
何匹か百足型の生体兵器が蜘蛛の影を縫って飛び掛かってくるがそれも正面から、あっさり返り討ちにあう。
「むしろ、拠点の防衛に精鋭を多く割り振った方がよかったんじゃないかよ」
「そっちの防衛も決して少なくない数の精鋭がいたはず」
ビルをよじ登り高い個所から飛び掛かってきた生体兵器を躱しアサヒとキイが風穴を開けた。
最後の一匹をフルタカが撃ち抜き、戦闘が終わってからキイは近くに転がっている小型の蜘蛛の死骸を蹴り転がす。
生体兵器のとりつく半透明の白で体がうっすら透けている小さななにか。
「虱っぽいね? なんだいこりゃ、頭の一部ががっつり関節部とくっついてる。なんか甘い匂いもするね」
「寄生……型か? 報告もない、初めて見る種だ。キイ、不用意に近づくな何するかわからん」
「寄生ってなんだい?」
「実際する寄生虫は宿主に潜り込み脳に薬物を流し込んだりして、思考を変動させたり行動を操ったりする生き物だ。とりつき行動を操り取り殺す。本来はこういう感じにくっつくというより、体内に潜り込むんだが」
今は微動だにしないが襲い掛かってこないとも限らないためキイがその半透明の何かを撃ち抜き潰していく。
「私の力に似てるね、思考をゆがめるって」
「ここらにいる生体兵器すべてにくっついているな、今までこんな生体兵器はいなかった。おそらく、さまざまな種類をまとめた特定危険種に見えたがこのくっついいているのがこの蜘蛛らを操っていたと考えるべきだろうな。甘い匂いは味方か敵かを識別するための物だろう。見たことない新種だから本来はサンプルを持ち帰るべきなのだろうが、これ以上荷物は増やしたくない」
携帯端末を取り出し撮影するにとどめアサヒは観察を続ける。
「大きさは大きなので30センチないくらい。これで成体なのかな、だとしたら第三世代未満の生体兵器だよね」
「ああ、だがこれは生体兵器用の生体兵器とみて間違いないだろう。第4世代以降を狙った生体兵器。少なくとも第三世代ではない別物だ」
バッテリを取り換えていたフルタカが口を挟む。
「悪いけどよ、いまはここで話し合ってる場合じゃないだろ? ここにいるとよ、臭いや戦闘音で生体兵器が寄ってくるぞ」
「ああ、そうだな。行こう」
三人がその場を離れると戦闘の音を聞きつけ遠くから低い羽音が聞こえてきていた。