白い砂 3
報告にアサヒは携帯端末で全員に指示を出す。
「無駄だと思うが霧の用意を。全員車内に退避。損傷し穴が開いている個所は念入りに塞げ。戦車隊はこれ以上近づくなら攻撃を開始、出来るだけ落とせ」
指示を出しながらアサヒはモニターを見るが、カメラは壊れていて映像を動かすことができない。
その横ですぐにでも飛び出せるよう戦闘の用意をしていたキイが首を傾げアサヒを呼ぶ。
「やっとクラックホーネットが来たんだ。さて、私たちは戦うんじゃないのかい?」
「どうせこちらの攻撃を躱せる間合いから攻撃してくる」
「相手は大型数うちゃ当たるだろうよ。それに他の車両にも精鋭が同乗しているし戦ってみないと……」
「戦うことに向きになりすぎだ、あいつらが昔シェルターを襲ってきたときのことを忘れたのかキイ。防壁を超えたやつらは上空から毒をまき大勢殺した」
アサヒに続いてキイもフルタカもこぶしを握り歯噛みする。
満月の浮かぶ星の綺麗な空に警報とエンジン音、足音、悲鳴、そして黒い空へと延びる黒煙を払う低い羽音。
道から外れ横倒しのスクールバスの中から三人身を寄せ合って見た、横転した車内同級生の逃げていく雨の降る外を。
「……そうだった。でも、基地を襲った帰りなら毒は撒いて使い切った後なのかも。だとしたら今が仕留めるチャンスじゃないかい」
「基地を襲ったとして、現れたのが大型だけというのも気にならないか」
「役目を終えたか、戦闘で負傷し先に巣に帰るのかも。それでも、数は減らせるときに減らさないと」
「いや、今回は見送る。当たるとは思えないが戦車が応戦するだろう」
「クラックホーネットと戦わないって、私らが魔都に入った意味がないんじゃないかい?」
「車両があるうちはそれを最大限活用して何が悪い。キイはずっと勘違いしているが、俺らはクラックホーネットを倒しに来たんじゃない。その準備をするためにここにいる」
走行しながら戦車は砲塔を回し、接近する大型の蜂に狙いをつける。
そして強力な光の弾を空に向けて放つ。
クラックホーネットは攻撃を躱し建物を盾にして車列の前に回り込むと尻の毒針を伸ばし空中で撒く。
毒の残量が少なく数分もなく残りをまきつくし、屋上にとまるとそのまま建物を崩して戦車に落とす。
進路をふさぐほどではないが落石は戦車と重装甲車に降り注ぐ、大きな破片は躱し避けられない落石は厚い装甲に傷がつくだけで車列は止まらない。
霧を噴射させると落石をやめどこかへと飛び去ってしまった。
青薔薇隊が攻撃を受けているころ、同じく魔都へと入った別の薔薇の部隊がクラックホーネットの巣の付近へと来ていた。
全員が徒歩で車両はなく篝火は色とりどりの制服の精鋭たちに守られ、強化外骨格を身に着けている一般兵たちが担いでいる。
「ついた、ついたの? しんどい! 瓦礫ばっかふんで足が痛い、なんでみんなてくてく歩けるの」
「まだ片道だから、これから帰り。なに? もうへばったの? バメは日ごろ車両で移動しまくってるからだよ、戦場を歩きな」
紺色の制服のボサが身の女性が白い制服とエクエリの女性が笑いながらつつく。
その様子を白いスーツに金の刺繍の入った男性が周囲を気にせず廃墟に反響させ楽しそうに笑う。
「いやはや、車両が潰された時はどうなるかと思いましたけど、力づくで行けるだなんて思いませんでした」
「え、ユウゴさんでしょここは車両を降りて戦うしかないって言いだしたの!」
同じ隊の褐色の女性が大型のエクエリを背負いなおしながら、反響など気にせず噛みつくように怒なった。
色とりどりの精鋭はどの隊も体液を浴び足の裾や服の各所に痕が残り白い制服はより目立っていた。
「おや、そんなこと言いましたっけ? ま、いいじゃないですか。結果として建物の中を通って最短でここまで来れたんですから」
「いや、ここ災害種の巣のそば! シェルターの防御能力すら突破するやばい生体兵器の住処なの。クラックホーネットよ、クラックホーネット! 国を壊して、シェルター潰して、何万、何十万と命を奪った物量押しの災害種!」
「だったら、大声を出すのはまずいのでは?」
「大声出させたのユウゴさんでしょ!」
そんな話をしていると低い羽音が聞こえてきた。
その音が聞こえると精鋭たちは壁によりエクエリを構えて口を閉じる。
独特の低い羽音は遠ざかっていき、音の聞こえたほうを追いかけて精鋭たちは動く。
「巣は向こうの様ですね」
「音が止まった、どこかに降りた。近い」
携帯端末にこの場にいた全ての精鋭に向けてメールが届く。
あて先は薔薇の隊の隊長。
「隊長はなんと?」
「進むってこのまま鉢合わせるかもだけど巣の場所が近いだろうかって。ユウゴさん兄貴とところまでいくよ」
周囲に建物はなく白い砂で覆われていた。
白い広場の中央が少し盛り上がっていてそこにオレンジ色の外骨格の一部が見える。
「どうする兄貴? 兄貴のエクエリ、広域燃焼弾で巣の入り口を焼いちゃう?」
「篝火をここに設置して帰ろう。俺らならもっと近くにいけるだろうけど一般兵は無理そうだ、これ以上は近づけない」
精鋭ばかり見ていたがふと周囲を見れば、小さく震え唇を真っ青にした一般兵たちの姿。
生体兵器と戦い常日頃から死の淵に立つ精鋭は戦闘慣れをしていて薄れている恐怖が彼らを押しつぶそうとしていた。