怪物たちの都 3
暗闇の中、聞こえてくる大量の水の流れる音。
「またあの音か」
目を覚ましたキイが席を立ち装備の確認をしているとフルタカが運転席側から顔を出す。
「アサヒ、外はよ風が出ているみたいだぜ。生体兵器よけの霧がよ……」
「そうか、行きは戦闘なしで行ければいいと思ったが無理か。生体兵器が現れたら篝火の乗っている2号車を守れ」
「そりゃそうだよな。狙いは俺らだとしてもよ、何かで巻き込んで破壊されちまったら意味ないもんな」
「運転手、速度を落としてくれ。他の隊との連絡はこちらでする」
そういってアサヒは連絡を取ろうと携帯端末を取り出し、他の隊との連絡を取り合おうとする彼の手元をキイが覗き込む。
「おや、無線のアンテナ壊れたんじゃないのかい?」
アサヒは他の隊との通話のためキイから離れていき代わりにフルタカが答えた。
「精鋭の携帯端末はアンテナがなくても通話できるだろうがよ、200m。キイはまだ寝ぼけているのか?」
「ちょっとどわすれしただけじゃないか、起きたよちゃんと。飲んでないから目覚めはいいよぉ」
「ちゃんと起きたならよ、モニター見て生体兵器を探すぞ。はっきりとは見えないが動く影が見えるだろ」
「わかってるさ」
生体兵器の接近に気が付いた戦車が砲塔を回し主砲を放つ。
走りながらで当たったかどうかの確認が難しいが、その光の弾が通り過ぎざまに映す影を見てフルタカが叫ぶ。
「中型のデカいのがよ、こっち狙ってるぜ!」
反撃とばかりに暗闇からの生体兵器の突撃。
こげ茶色の体、頭と胸の背に棘のようなスパイクのような角が生えていて勢いとその質量で戦車の装甲をへこませる。
「モニターじゃ死角が多くて全体が見えない、どうするんだい」
「まだ降りて戦うほどじゃない、もう少し敵戦力を見計らってからでいいだろうよ」
他の精鋭と連絡を取っていたアサヒが戻ってきてエクエリを手にドアのほうへと向かう。
同じくして重装甲車が止まり揺れる車内で黄とフルタカがよろける。
外からはいまだに聞こえる生体兵器が鳴らす滝のような音。
「行くぞ二人とも、暗いが外で戦闘だ携帯端末とヘットセットを繋げろ。3号車に生体兵器が衝突しエンジンが大破、動けなくなった。救助に行く、いいな」
「任務優先で置き去るんじゃなかったのかよ」
フルタカが肩にスリングをかけ大型のエクエリを担ぎながら訪ねる。
「壊れたのはエンジンだけで、乗っている精鋭、一般兵は怪我もなく無事だ。素早く乗り換えさせるまでの間、車両を守れ。早くしないと積んでいる燃料に火が付く」
「了解」「了解」
すでにアサヒの隣にいたキイは腕を伸ばしフルタカの手を取ると、キイは少し屈み上目遣いで彼を見た。
そして大きく息を吸う。
「あざとくあざとくっと。それじゃ、いつもの行きますかね」
フルタカと目を合わせたまま彼女は甘えた声で言う。
「私のために頑張って、フルタカ! みんなで勝って生きて帰ろうね」
キイの一言で耳まで赤くするフルタカ。
「魅了の瞳、効き目がやばいよな。やば、鼻血でそ」
「卒倒しないでよ、これから戦闘なんだからさ」
上がった体温を冷ますためキイから手を放し両手でパタパタを自分の顔を仰ぐ。
同じように顔を赤らめたキイが恥ずかしさを紛らわせるため鼻の頭を掻きながら説明する。
「こんなのただの催眠術だからね。魅了し従わせ洗脳させる、命令次第じゃかけられた人の性格や人格までゆがめられる、人生そのものまで変えてしまうしなものさ……私が二人に使ったように」
次第に彼女のトーンが下がっていき俯くが顔を一度叩き顔を上げた。
「恐怖や緊張を別の感情で上書き…だったか?」
「そうだよ。前提として言葉の意味が理解できることと異性であること、私に対する好意が必要だけどね」
「それじゃぁ次はアサヒね。恥ずいなぁ……。はい、手出して―、恥ずかしいから早く終わらせよ。もう他の隊は戦ってるんでしょ」
フルタカと同じようにアサヒの手を握りキイは目を合わせた。
キイの魅了が終わりトラックから飛び出る青薔薇隊。
月灯りのみが頼りの外で2台の装甲車から精鋭たちが出てきて戦闘を始めている。
「どこ行く、あっちもこっちも生体兵器がいるよ。どれから倒していくんだい?」
白い息を吐きキイが話しかけるもフルタカやアサヒにその声は届かない。
「ねぇ、二人とも?」
生体兵器の鳴らす滝のような音。
ビルを反響し音の源のわからない騒音はすべての音をかき消していた。
キイが戸惑っているとアサヒがハンドサインで目標を指す。
彼も何かを言っているようだが聞き取ることはできず、サインに頷きキイが続く。
新たに飛んでくる中型の生体兵器。
戦車に体当たりをし弾かれるように地面に落ちる。
起き上がる前にフルタカが足を吹き飛ばし、アサヒとキイが胸と腹の関節部を狙い撃ちこむ。
致命傷を与え体の重さで勝手に肉が二つに避けるとフルタカがとどめに一撃打ち込み別の敵を探す。
戦車にぶつかり勢いのなくなった中型を二匹三匹と倒すがきりがなく、建物の奥から次から次へと現れ戦車に突撃してくる。
攻撃を始めてから生体兵器の狙いが一撃で自分たちを殺せる威力のエクエリを装備した戦車の砲塔部分へと変わり装甲車への被害はなくなった。
突撃される戦車も中型の勢いある体当たりを傷つきながらも耐えている。
その間に強化外骨格を装備した一般兵たちは動く重装甲車に乗り移り、一般兵たちの載せ替えが終わると何の指示もなく精鋭たちは装甲車へと戻っていく。
青薔薇隊も生体兵器の討伐を切り上げ重装甲車へと引き返した。
「発進させてくれ」
ドアを閉めアサヒが運転席側へと行きに指示を出し車列は再び走り出す。
「耳が、変な感じする。血とか出てないよね」
キイが耳を押さえながらつぶやく。
バッテリーを取り換えフルタカが座席に座る。
「やっぱ辛れえよ。数が多い、戦ってもきりがないってのはよ」
アサヒも耳を気にしながら二人の音へと戻ってくる。
「ああ、この中にいてこれだけの音が聞こえるのだから外はその何倍も音が大きいことを想定しているべきだった。ヘットセットをつけても声が届かない」