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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
2章 迫る怪物と挑み守るもの ‐‐私情の多い戦場‐‐
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野に咲く花、2

 

 診療所、衛生的にきれいに片づけられた部屋にいくつかのベットがある。

しかし今この部屋にいるのはトヨと怪我をしたトガネだけで、彼のいるベットのそばにはトヨが買ってきた果物が置いてある。


 軽い治療を受けたトガネがベットで横になっていた。


「ライカちゃんは?」


 トヨに安静と言われ、体を起こすことさえ許されないトガネは首だけを動かし彼女を見る。


「今、別室で治療を受けています」

「お!」


 冗談で覗きに行こうと起き上がるそぶりを見せるトガネをすぐさまトヨが止める。


「私は治療が終わるまで、ここでトガネを見張っていますので」

「おぅ……」


 わかっていた反応なのでおとなしく土色の天井を見上げるトガネ。


「お腹の怪我が深くも無く大したことなくて本当によかったです、悪い菌とか入って悪化とかもしなかったみたいですし」


 トヨにそういわれトガネは包帯の巻かれたお腹をさする。

 動かなければ痛みはない、動いても絶えられる程度の痛みが走る。


「心配かけたな。俺っちの胸の中で泣いてもいいんだぜ」

「怪我が早く治るように何か作りますね」


「スルーかー」

「夕飯、なにか食べたいものありますか?」


「んーじゃぁね。オムライスかな、トマトケチャップで俺っちにメッセージを書いて、もちろんメイド服で」

「わかりました、オムライスですね。作ったら持ってきますから、おとなしくしていてくださいね」


「いや、俺っちも今日中に食べに戻るから」

「はい、トハルにもそう伝えておきます……え、大丈夫なんですか? 動くと傷口開きませんか?」


「トヨちゃん終わったよ」


 扉の向こうからライカの声が聞こえた。


「では、帰って夕飯の支度しちゃいますね。トガネしっかり休んでいてください。それじゃあ、私はトハルの元に戻りますね」


 部屋から出ていくトヨ、扉の向こうで手足が包帯まみれのライカが立っていた。

 そして二人はそもままトガネの病室を後にする。


 窓から見える外は再びの本降りの雨。

 乗ってきたジープが診療所を離れ基地へと向かっていく、それをトガネはベットの上で見送っていた。

 トガネは静かになった部屋に残された、再び天井を見上げる。



 その頃は一般兵だったトガネは、毎日同じことの繰り返しの生産系シェルターから出ようと姉のアンズと一緒に精鋭を目指していた。

 淡々と任務をこなし王都から精鋭の昇格試験を受けないかと言われトガネとアンズはそれを受けた、しかし試験は最悪の結果をもたらした。

 先に戦ったトガネの試験は無事に終わったものの、入れ替わりにアンズの試験が始まってすぐその異変に気が付いた。


 討伐対象となる生体兵器の動きがおかしかったのだ、試験官としていた精鋭も加勢し精鋭3隊で応戦したが生体兵器は討伐ではなく撃退、そして昇格試験途中に精鋭の候補生に死者が出てしまった。



 その日からトガネは精鋭の中でも特殊な、特定危険種を専門に排除する薔薇の名前を持つ隊に入るため戦ってきた。

 敵討ちではない、すでにトガネが精鋭になったときにはその生体兵器は消息を絶っていた。

 彼は悲劇が起きないように戦場に出ている。


 精鋭となったトガネが蒼薔薇隊に引き入れられたとき同じシェルターの後輩、シジマ・ライカを推薦したのはトガネ。

 彼女は入隊当初、能力だけではすでに外部、資材回収班やシェルター間護衛任務に就かせても問題ないと言われていて、トガネのいたシェルターで最速精鋭昇格を噂されていた存在だった。

 しかし、自信家で口が悪く暴言を吐く彼女は、周囲にうまく溶け込めずすぐに孤立してしまっていた。


 なら彼女の暴言が正当であればよいと、トガネは暴言を吐かれて当然の振る舞いをするようになる。

 トガネがいなくなった後また一人になると思い、当時の隊長にライカを進めた。



 トガネがぼんやりと天井を見上げ、しばらくして部屋の扉がノックされる。


「入るよ、先輩起きてる?」


 暴力的に横スライドのドアを開けライカが入ってきた。


「こんなすぐには寝れないよ、もしかして寝てる間にほっぺにチューとかしようとしてた?」

「キモイよ、馬鹿じゃないの?」


「というか、あれれ、何でライカちゃんここに居るの? トヨちゃんと帰ったのかと思った。なになに、ついにナース服着て俺っちの看病してくれるの?」


 ライカはトガネの寝ているベットに腰かけると、トガネの治療中にトヨが買って置いて行った見舞いの果物に手を伸ばす。


「バーカ、んなわけないじゃん。私の傷の手当とトガネ先輩の携帯端末壊れたから、私が連絡係としてここにいるの」

「壊れちゃったのね、俺っちの端末」


「まーね、私をかばって倒れた時だと思うよ。飛んできた瓦礫でもあたったのかも」


 ライカは果物の中から林檎を一つとると、ポーンと真上に放り投げしばらく遊んだ後、息をかけ制服の下のパーカーの袖で拭くと齧り始めた。


「俺っちのために林檎剥いてくれないんだ、俺っち怪我人だよ」

「トガネ先輩ウザイ。ピーラーでも使って自分で剥いてよ」


「ひどくね」


 ライカは林檎をもう一つとり、それをトガネにした投げで軽く投げつける。


「ほら、トガネ先輩の分」

「痛い、酷い、どうせなら手作りのプレゼントを投げてほしい」


 咄嗟に反応できず林檎はトガネの腹に落ちた。


「料理したことのない私の料理でいいんだったら、なんか簡単そうなもの作り方調べるけど? 目分量味見なしで」

「そういうのいらない」


 しばらく間が生まれ、ライカの林檎を食べる咀嚼音が部屋に響く。


「んで、ライカちゃんの方の怪我はどう?」

「おかげで手足の内出血が何か所かで済んでる。ありがと」


 そういってライカは、袖をめくってパーカーを捲ると包帯の巻かれた腕を見せ笑って見せた。

 普段トキハルと同じくらいツンとしている彼女としては珍しくトヨ以外の会話ではあまり笑わない。


 それもトガネ自身に向けられるなどめったになく、あまりの珍しさに写真を取ろうと咄嗟に胸ポケットに手を伸ばしたが彼の携帯端末は壊れていてすごく悔しそうな顔をした。


「んー、それでトガネ先輩、足大丈夫? お腹はなんともないらしいけど、検査の結果で骨ヒビが入ってるって聞いたけど」

「ちょっと痛むだけヒビも入ってないよ。絶対安静でいさせようとトヨちゃんがちょっと大げさに言っただけ、平気だよ腫れてるだけですぐ直るってさ。今も歩こうと思えば自力で歩けるし、もう痛みもほとんどない」


「別にどうでもいいけど早く治ってくれないと、私ずっと先輩のそばにいないといけなくなるんだけど」

「何そのパッピーイベント!」


 トガネが嬉しそうにすると、逆にライカは不機嫌になる。


「その足思いっきり握っていい? 大丈夫、優しくするから」

「あ、それは勘弁、ちょっ、ちょちょい、そんな強引な」


「安静にしてろって言われたんでしょ、動くなし」


 トヨのようなぎこちない笑顔で心配をかけないよう気を使っていたライカが、いつものツンとした顔に戻った。

 トガネはそれを確認すると気を緩め投げつけられた林檎を拾ってかじる。


「そういや、これなんでトガネ先輩は二つも持ってんの?」


 彼女は食べかけの林檎を膝に置き、ベットの横にある机に置かれたくすんだ銀のエクエリと鏡面ワインレットのエクエリを持つ。


「ん、知りたい?」

「トウジが気にしてたよ、私は別に……まぁ、ちょっとずるいかなって思ったこともあるけど」


「別に隠すことでもないけど、知らなかったんだライカちゃん」

「うざいなぁ、もったいぶらずに早く言ってよ」


 そういって彼女は少し機嫌を悪くする、意味ありげにトガネを睨んだままエクエリを持っていない方の手で新たに林檎を掴んで真上に投げている。

 トガネはそれを投げつけられる前に話し始めた。


「アレ、かたっぽトヨっちの何だよね。赤い方のやつ」

「トヨちゃんの? でもあの大きいやつ持ってるじゃん」


 精鋭に限らずエクエリは一人一つが基本だ、例外は幾つかある、これもその例外の一つ。


「あの大型のエクエリは試作品、いつどこで故障するかもしれないから予備に持っておいてと言われて持たされたらしいけどさ。大型のエクエリ、あれ自体重いから、使わないエクエリをもっているのは、動きが鈍くなるからいらないって、俺っちが持ってんの。トッキーも重たくなるからいらないっていうし」


「ふーん。え、じゃあ、このギラギラ、トヨちゃんの趣味?」


 林檎を膝の上に置きトガネのワインレットのエクエリを鏡代わりに自分を映すライカ。


「いや、俺っちが勝手に塗装してもらった」

「……あっそ、よくトヨちゃん怒らなかったね」


「あーうん、ちょっと泣いてた。ちゃんと謝ったけど、たまにそのエクエリを無言で見つめてるときあるから、たぶん許してくれてないっぽい」

「だろうね」

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