過去の夢を見る 4 終
仲間の一人が唐突に攻撃をやめたので何事かと声のした方を振り返り、一人目と同じくカガリを見て他の一般兵も魅了された。
暴力が止んでも立ち上がることのできないカーストの二人を見てカガリは指をさす。
「すみません、少しその子たちに用事があって」
「こいつらに? ……まぁいいか、気を付けてください。こいつらそこの貧民街の人間で一番乱暴なやつらだ。下手に近寄るとそのきれいな肌に傷がつくぜ」
一般兵たちは数歩離れてカガリに道を開けた。
倒れているカーストの二人は怪我をしているらしく地面に少なくない量の血が流れている。
市民が襲われそうになった時に見ているだけなどできない一般兵たちは、倒れている二人に向かってゴム弾銃を向けた。
カーストの前まで歩いていきカガリはしゃがみ込むそして後ろをついてきたユユキのほうに振り返る。
「それで、この後はどうするのユユキ」
「あの、二人を……」
「欲しいの? いいわ、拾ってあげる」
カガリの表現とは違うがそれをうまく説明できず複雑な表情でユユキはとりあえず頷く。
それだけ聞くとカガリは立ち上がり一般兵のほうを向いた。
「すみません、あの車まで運ぶのを手伝ってもらえますか?」
「あの車、高層の方でしたか!」
カガリが指さす高級車を見て一般兵たちが慌てて頭を下げる。
どこのシェルターでも高層の住人の機嫌を損ねていいことは何もない。
何も聞かず彼女の指示に迅速に従い倒れているカーストの二人の腕を持ちその場にいた一般兵の4人がかりで高級車へと運んだ。
「どう乗せますか、こいつら血だらけで乗せると汚れますが」
「別にいいわ、座席に寝かせて」
「座席にですか? あなたの指示です、俺らは悪くないから賠償とか勘弁してくださいよ」
「ええ、乗せてください」
カガリの指示でカーストの二人は座席に寝かされ流れる血で刺繍が赤くにじむ。
寝かされる二人の顔をユユキは覗きこんだ。
短髪黒髪の褐色肌の二人、何年も前の話で成長しているがその顔には見覚えがあった。
二人を乗せるとカガリは一般兵にお礼を言って別れ車を走らせる。
「この子たちはユユキの知り合い?」
「一度、あっただけですけど。その時は助けてもらって、見間違いでなくてよかったです」
「なるほど、昔に助けてもらった借りを返したと」
「はい」
「こうしてユユキが高層の住人になった日に偶然出会えたなんて、まるで運命ね」
「こんな形で会いたくはなかったです。こんな痛々しい傷だらけで」
ユユキと話しながらカガリは怪我の具合を見ていく、一人は額を切りもう一人は目元から血を流していた。
「派手にやられてるわね、孤児院にはまた後日にしましょう、運転手さん行き先を病院へお願いします」
「かしこまりました」
来た道を引き返し高級車は高層の区画へと向かっていく。
「あら、髪が短いから二人とも男の子かと思ったけど、こっちの子は女の子ね。まぁ貧民街で女の子であることを堂々とさらしている子でもない限り、隠すものよね。ユユキも初めて見たとき髪も短く顔も汚れていて男の子に見えたし」
ぼろきれの脱がし傷だらけの体を調べていたカガリが巻かれたさらしをほどきその体を撫でた。
「ところでユユキ、この二人助けてどうするの? また貧民街へと返す? 情けで雇う?」
「できれば二人の人生を変えたい、です。どうすればいいのか教えてください」
カガリはユユキを抱き寄せ質問する。
その口元は笑い出しそうなのをこらえるようにゆがみどことなく嬉しそうに。
「前に一度会っただけなのにそこまでするの?」
「ダメですか?」
「いいわ。お金と権力で学校に行かせてあげるし、本人たちのやる気次第だけど中層以上の職にもつけるようにして見せるわ。約束する。伝手もあるし何か面倒に巻き込まれるようならほかのシェルターで暮らせるようにも手配してあげる。それでいいのね」
「ありがとうございます。カガリ様のお役に立てるように頑張ります、私にできるのはそれだけですから」
夢はそこで終わりユユキは激痛の中に戻ってくる。
長く苦しい痛みを耐え抜くため、手の中の物を一際強く握りしめた。
ユユキへの罰に休憩を挟みカガリは地上へと戻る。
高層区画の住宅街にあるカガリの自宅、地下室から階段を上がってくるとゆったりと廊下を歩く。
研究や外出で日ごろ返ってくることのない部屋は使用人たちによりきれいに掃除され塵一つ落ちていない。
『イサリビ・ユユキへの罰の件はどう? 順調?』
カチャカチャと手に持った金属片を鳴らせてシャワーを浴びに脱衣所へと向かうとスピーカーから聞こえてくるベニの声。
「ええ、まぁ。最初のほうは頑張っていましたよ」
『部屋に帰ってきたってことは、イサリビさんは気を失ったのかしら?』
「よく耐えたほうだと思いますよ、箱半分減りましたから。まだ一箱目ですけど」
『その言い方からすると何箱かあるのね。……先は長いわね、ところでさっきから聞こえるこの音は何?』
カガリは手にしていた金属片を洗面台へと置いた。
「黄薔薇隊のバッチのレプリカです。ユユキに持たせていたのだけど強く握りすぎて手に刺さってたから一度回収してきたの」
『シェルター間の通行証? なんでそんなものあなたが持ってるのよ?』
「ここに呼ばれた時、ユユキは完全に責任を取るつもりだったからその覚悟を崩しに。ベニ様もありがとうございます、危うくユユキが殺されるところでした」
『まぁ、謝りに行ったところ。誰も彼もが死んでわびさせろと声と特徴とボリュームの違いはあれど同じセリフばっかりだったし。できれば後で動画撮影して送って頂戴、あの薬の投与の様子を小一時間見せ続ければ一周回って同情をかえるかもだし』
「わかりましたけど。あれ一応は体を健康にするための薬ですよ?」
『用法容量を守らないならそれは毒よ。そもそもあれ副作用が強すぎて市販できるようなものじゃないでしょ。せっかく生かしたんだから殺さないでよ?』
「大丈夫、あの子は強いから。それじゃそろそろ私も体洗いたいので失礼しますね」