過去の夢を見る 2
第七世代との戦闘で気を失っていたマホロは王都にいたころの夢を見る。
周囲には8人倒れていて、その中央にたつ褐色肌の二人。
いつもと同じ同じ最下層の人間同士での他人から見れば無意味な争い、楽しくもない灰色な日々。
今日の喧嘩の内容はまだ日も浅い新入りを難癖付けて嬲っていた大人たち。
すでに嬲られていた者はどこかへと逃げこの場にいなかったが二人は気にしないでその場から離れていく。
「兄貴腹が減った」
空腹に耐えかねチヤが不満を漏らす。
「俺もだよ、さすがに水だけじゃそろそろ限界か」
「分厚くて食べ応えのある肉が食べたい……」
「やめろよな、余計に腹が減るから」
「兄貴があいつをぶん殴るから」
「あれは、他人の手柄を自分のものにしようとしたから」
「そうだけど、正面から行くことはなかった。おかげで私ら、配給所に顔が出せなくなったじゃない」
「市街地に……行く……か? 前に市街地に行ってたらふく食べてきたやつを何人か見たことあるし。そいつの話を聞いてるから、運が悪くない限りは大丈夫なはずだけど」
「ゴミを漁りに? うぇぇ、でもそうしないと私ら死ぬ……もんね」
この後、貧民街を抜け市街地へと出ていき二人は後悔する。
市街地の帰りを見つかり6人の一般兵に囲まれた、全員防具を着こんでおり素手ならまだ多少の勝算があったが相手は皆しっかりとゴム弾銃を武装していた。
二人の抵抗むなしくゴム弾銃を受け地に倒れるとそこからは延々と暴力を受け続ける。
地面に倒れ暴行を受けているうちにいつの間にか気を失い、目を覚ますとマホロはひどい痛みを感じ頭へと手を伸ばす。
「うぅ、いてぇ……ここは? どこだ?」
触り心地の良く白いシーツのベット、曇りのないガラス窓、汚れ一つない壁、清潔な空間でマホロはどうしてここにいるのかを体を起こし思い出そうとした。
すぐ近くで聞きなれた女性の声が返ってくる。
「病院だってさ兄貴」
片目に包帯を巻いたチヤがマホロのベットに腰掛けていた。
彼女は置かれていたリンゴを丸のままかじりしていて、マホロが目を覚ますとリンゴをかじったまま顔を覗き込む。
「チヤお前その目、大丈夫なのか」
「ん? 大丈夫見えるけど目の近くが大きく切れちゃって、縫ってこうなってるらしい。覚えてる、私ら一般兵に囲まれてさ」
「ああ、やられたんだよな俺ら。それからどうなった?」
「一日半寝てたって、なんか通りかかった高層の住民が助けてくれたって」
「高層……なんだってそんなところなやつが? 俺らなんて助けてもらったってなにも返せるもんなんてないし、俺らどうなるんだ?」
「知らない、私たちなんかほんとに助けて何にもならないのに。どうせもてあそばれるだけ遊ばれて殺されるんでしょ、他のみんなと同じように」
「だとしても病院に入れてくれるだなんてやっぱおかしい。さらうのであればそのまま屋敷まで連れ去ってからお抱えの医師に見させればいいんだ」
「たしかに」
病室の扉がノックされスライドドアが開く。
入ってきたのは両手でタブレットを抱えた目元は前髪で隠されている青い髪の少女。
塵一つついていない上質な布地の服を着ていて、一目でマホロとチヤは彼女が高層の人間だと判断した。
「失礼します」
彼女の後ろには護衛の一般兵が付いていて、チヤとマホロが彼らを見て身をこわばらせ身構える。
すぐにそれに気が付き部屋に入ったユユキは一般兵たちに向き直って小声で話す。
「護衛の人はここで待っていてもらえませんか?」
「しかしこいつらが襲い掛かってきたときに対処ができない」
「大丈夫です」
「だが仕事で……」
「ですから外で待っていてください、お願いします」
「……どうなっても知らないぞ。鍵はかけるな、しっかり声を上げて助けを求めろよ」
ユユキが無造作にポケットから取り出し差し出した貴金属を受け取り一般兵たちは病室から出ていく。
スライドドアが閉まると病室には三人だけとなる。
「えっと、あなたたちのこれからを話します」
咳ばらいをしユユキは二人のいるベットに近寄っていく。
警戒を解かずマホロは彼女に話しかけた。
「どうなるかわからないけど頼むからチヤは、妹は助けてくれ!」
「兄貴!?」
マホロが頭を下げその横でチヤが驚きの声を上げる。
突然の大声にビクつくユユキ。
「だからそれをこれから……」
「盗みを働いたのは悪かった。俺が行こうって言ったんだ、昼間の労働時間なら市街地人がほとんどいないからって。貧民街の取引役にはむかって今の俺らには食べるものも暮らすところもないんだ、チヤだけは見逃してくれ」
「いや……その……」
「俺がチヤの代わりに働く、俺にできないことでもなんとかするから」
話を進められず戸惑うユユキに、チヤがかじっていたリンゴをマホロの口に押し付ける。
「ぱっぷっ、ぶえ。何するんだチヤ!」
「兄貴黙ってて。一回、話を聞こっ」
マホロが黙ったので気を取り直しユユキはタブレットにまとめた説明を読み始めた。
「それでは……二人にはこのシェルターから出てもらってほかのシェルターで暮らしてもらいます。そこでも暮らしも問題を起こさなければ保証します、家も手配してもらっています。どこのシェルターに行くか選べはしませんが、王都でのことはあなたたちが喋らない限りは誰も知らない秘密になります。新しい環境に適用するのには時間がかかると思いますが、幸せに生きてください」
「どうして!」
「私も兄貴もあなたと会うのは初めてなのに?」
疑問と不信、二人が反応するがユユキは一呼吸おいてから話を続ける。
「次のシェルター間商人護衛部隊の車両に間借りさせてもらって出ていってもらいます。出発は来週、迎えはこの病室に来るので抜け出さないように。荷物とか必要なものは持ってきておいてください」
「なんでそこまでしてくれる?」
「そんなことしてもあなたに得なんてないじゃない?」
疑問の目を向ける二人にユユキは困り顔。
「疑わなくても深い理由はありません、助けたのにまた死にかけるなんて嫌ですから。だから生きてもらいたいんです、余計なお世話かもしれないけど私には死にかけていたあなたたちを見逃せなせなかった」
チヤがベットから立ち上がり髪で隠れたユユキの顔を覗き込む。
「うそでしょ? 困ってる人いちいち助けてたら高層の住人でも破産するでしょ」
「別にだれかれ構わず助けているわけでは……」
接近するチヤに少しだけ身を引き頭を防御する体制をとるが、彼女はユユキの青い髪をかき上げただけ。
チヤとマホロはその顔を見て首を傾げ黙り込む。
「ん、なんだろ、前にどこかであった、よね? ねぇ兄貴?」
「確かにその顔、その目、どっかで見たことある気がする。でも高層の人なんて会う機会ないし……他人の空似?」
髪の色も来ている服も以前とは大きく変わっていて気が付く方が困難だったがユユキは少し落胆した様子を見せ、話が終わると病室から出ていった。
それから1週間後、王都を出て別のシェルターへと向かう移動中の輸送車の車内でマホロは近くにいた護衛の一般兵に話しかける。
「すみません」
「どうした、トイレとか勘弁してくれよ?」
王都のそばは生体兵器を徹底的に排除しているため戦闘の心配はしばらくなく、マホロの問いかけにエクエリを小脇に抱え読書をしていた一般兵が返事を返す。
「また……王都に戻ってきたい時って、どうやったら戻れますか?」
「戻る? 聞くところ、君らは確か貧民街の子だろ、このシェルターにいていいことなんてなかっただろう? どうしてそんなことを聞く?」
「また会いたい人がいて、お礼が言いたいんです」
「そうか、なるほどわかった。……う~ん、王都に呼ばれるとしたら、方法はいくつかある」
「それはなんですか!?」
「待て待て今はなすから。方法としては他のシェルターに視察に来た王都の関係者の目に留まることだ、他の物より一際勉学や才能に秀でて人類の文明発展のために集めている研究者や技術者としてスカウトされること。並みの成績だといいとこの仕事に就くのがやっとだ。小さいことからの英才教育とか受けていない限り難しいだろうな」
「他には」
「または物好きなやつだったら顔や容姿で家族から大金で買い連れ帰り使用人にしたりする。噂話だがそういうのは飽きられたり仕事の物覚えが悪かったら捨てられて貧民街送りになるらしいが、その辺は君のほうが詳しいだろ」
「うん……無理やり連れてこられて着の身着のままで捨てられていた人は多くいました」
「それ以上話を続けるな、俺は興味がない。後は精鋭だな、生体兵器と戦う俺らと違って積極的に生体兵器を狩る連中だ。精鋭は滅多に王都には来ないが一応は家が用意されていると聞いたことがある。俺が知っているのはこの程度位か、他にもあるかもしれないが俺は知らないな」
「ありがとうございました」
「せっかく王都から出られたんだから新天地で暮らしていけば幸せになれるものの……。まぁ、何であれがんばれよ」
「何を読んでいるんですか?」
「精鋭の英雄譚だ、目的地まで時間がある文字が読めるなら読むか?」
「いえ、向こうについたらお金をためて自分で買います」
「そうか、早く読めるようになるといいな」
一般兵と別れマホロは車両後部で小さくなっていく王都を見ていたチヤのもとへと向かう。
マホロの接近に視線を景色に向け話だけ聞いていたチヤが振り返り、彼女の肩をマホロはがっしりと掴む。
「チヤ、俺ら精鋭になるぞ。王都に戻るんだ!」
「いいの兄貴、精鋭って生体兵器と戦う人でしょ? これから私ら普通な暮らしができるんだよ。暑さにも寒さにも飢えに苦しむことも痛みに苦しむこともなく、普通で一般的な暮らしができるんだよ」
強い意志を持ったマホロの目を見てチヤは問いかける。
「他つけてもらった命の恩人にお礼を言いたいんだ、名前も知らないあの人に。そのためには王都に行かないといけない」
「あの子にまた会うためにだね。手伝うよ兄貴」
生体兵器と戦うと決めた二人は小さくなっていく王都の防壁を見続けた。