祭りの準備に、一つの影 2
白い制服に金の刺繍、額に大きく横一文字の傷のある褐色肌の男性。
彼はドームの正面入り口にあるオブジェの上に寝転がり空を仰いでいた。
――生体兵器もユユキさんもいないとなると、ここは本当にすることがない。基地の地下で射撃演習でもするか? 生体兵器が出てくれればいい時間つぶしになるんだけど。ああでも……まぁ、生体兵器ならいなくもねえか。
彼は立ち上がるとおぼじぇからおりて背後のドームのほうをちらりと見やり、彼は防壁へと向かって歩きだす。
ここの職員は研究所にこもりっきりで昼食等の休憩時間以外はほぼ無人の建物の外。
「さてと、基地にでも行くかな」
精鋭、黄薔薇隊の隊長、フシミ・マホロ。
彼は少し歩いたところで忘れ物を思い出し踵を返しオブジェのほうへと戻ると、立てかけていた白く蔦の巻かれたデザインの模様の描かれた彼の身長よりも長い鉄塊、超大型のエクエリを担いだ。
そして彼は視線の先に彼女をとらえる。
「お? おお! ユユキさんじゃないか、おかえり。どこ探してもいないし俺結構心配したんだけどいったいどこに行っていたんだ? 俺がいなくて寂しかったろ?」
彼は水面をブーツを抱えて歩いてくる二人の姿を見てエクエリを担いだまま大手を振って近づいていく。
マホロの接近に気が付き嫌な顔をする二人。
水しぶきを上げてはしゃいでいたチヤとその飛沫がかからないように距離を取っていたユユキ、二人とも水面に映らないようにスカートを押さえ早歩きで裸足のまま道路へ上がる。
「ウザッ。ここに帰ってきても、あなたの顔だけは式典まで見たくなかったのに、待ち伏せされているなんて。あなたたち二人は私の精神状態をかなり悪い方向に下げているの」
「兄貴、私もいるんだけど、私には何もなし? と、水面に映るから後ろ向いてよ、見る気」
二人ともブーツを履くことのないままゴミ一つ落ちていない綺麗な地面を素足で歩く。
チヤは水をまとった足で慌てて後ろを向いたマホロの腰を蹴る。
「おっと、ごめん。そんな気はなかったんだユユキさん、うっかり見てしまったけど。ともあれ見せたくないなら二人とも道路を歩いて来ればよかったのに、どうしてそんなところを? というか、二人とも防壁からここまで歩いてきたのか?」
まっすぐドームを目指すユユキの後をついてフシミ兄妹はエクエリを担いでついていく。
前衛的な建物の立ち並ぶ町には街路樹はなく道端に草一本生えてはいない。
見える緑は建物の中にある観葉植物のみ。
「水が冷たいからここちがよかった」
「正確には水はぬるいけどね、気持ちよかった」
「ブーツは蒸れて暑い、もうじき夏だというのに通気性の悪いブーツを履くだなんて、制服だけじゃなくて靴の改善も必要ね」
「でも、ブーツの通気性上げたら足に水が入ってくるんじゃ? 足がぐちょぐちょになるのは重くなるし蒸れるより困る」
「私はこのまま自分の仕事に戻る、あなたたちは防壁に行くんでしょ? もうついてこなくていいよ、シェルターの中に生体兵器なんて現れないの護衛なんかいらない」
「そんなこと言わないでよ、食堂で甘いもんでも食べようよ」
後をついてきていたマホロが追い付いてきて3人並んで歩こうとするがユユキは歩く速度をあげ二人を置いていく。
速足で逃げるユユキにマホロとチヤは速度を合わせ話を続ける。
「そうそうユユキさんの留守中、また二つ贈り物が届いてましたよ」
「そう、だいぶそろってきた。式典も近いしすべて順調ね」
「しっかし、よく集まったな。話を聞いた感じだと、絶対うまくいかないものだと思ってた。運んでいる最中に絶対何かしらのトラブルに巻き込まれるだろ」
「だからあちこちに要請しておいたんじゃない。資金は王都からお姉さまが出してくれるし協力者は多かった。話は終わり、じゃあね」
ドームの入り口まで来るとユユキは二人に別れを告げ一人で建物内へと入っていく。
関係者以外は入れないドームの入り口で後をついてくる兄妹を振り払い、ガラス戸の自動ドアを通り抜け建物に入ると高い天井と眩しい照明のエントランスが迎える。
上の階から流れる滝のような噴水まで兼ね備えられた広い空間に人の姿はない。
ユユキが自分の研究室へと向かっているとドームの中央まで続く廊下の奥からこちらへ向かってくる足音が反響する。
足音の方向に歩いているとユユキのもとへ青い制服の女性が歩いてきて、ユユキとともに歩き出す。
「ただいまナユタ。私がいないこの二日の間に起ったことは」
「……管理を行っていた作業員後二名、……その、死にました」
「またなの? どうして、管制官は? 監視はしていなかったの?」
「モニター前で居眠りを……。結果、別の部屋への移動用に檻が開いたままの状態で作業員が……」
ユユキもカガリ同様注射器を携帯していて誰に対しても使うこともあり、自分のその針が自分へと向くのではないかと怯えその声は震えている。
「居眠り? また? どうして、もう次はないって言っていたわよね、この間は泣いて土下座して謝ってしつこかったから最後にチャンスを与えたけど、彼もう王都に送り返して。彼に任せるとまた死人が出る」
「それが私たちの話を聞かず、一般兵がドームに入れないことをいいことに好きなようにやりたい放題。力づくで追い出そうにも武闘派の人は研究員に居ませんし、私たちが無理に引きずり出そうとすると怒鳴り暴れフォークなどを振り回す始末。そのせいでけが人も出ていますし、私たちでは手が付けられないような状態です。私たちはできることをやったんです、やったんです」
自分に非があるわけではないのに言い訳をするように彼女は早口で言葉を紡ぐ。
「技術や能力で人を集めると人間性が欠ける。どうしてこう私の人生はうまくいかないのか、ねぇ、ナユタ携帯端末今持ってる?」
「はい、いつも持ち歩いています。ここに」
「外にいる、マホロを呼び戻して。さっきそこに居たからまだ近くにいるはず」
「ですが、研究員でもベニ様の許可の無い者を入れるだなんて……問題になりませんか? ただでさえシェルター内にいれていますし」
「黄薔薇隊は私の護衛にお姉さまがよこしてくれたもの、私の許可で出入りさせていいはず。チヤにはカード―キ-渡してあるからいつでも入れる。マホロは面倒だから渡していないだけ、だからナユタ、お願い」
「わかりました、では入り口まで迎えに行ってきます」
一礼してナユタと呼ばれた女性は携帯端末を耳に当てユユキの来た道を戻って入り口へと走っていく。