討伐、勝利、そして 6 終
中央区の建物の一部に朝日が当たり窓ガラスに反射し、きらきら光るその街並みをミナモはいとおしそうに眺めた。
別のシェルターから移住してきた彼女としては数年住んだだけの町だったが、何度となく命を懸けて守った町。
「ボクがいないからって、寂しがらないでよ?」
「こっちのセリフだ、泣き出しそうな顔しやがって」
そんな二人のもとへ、オレンジ色の制服の精鋭が二人のもとへとやってくる。
金髪の長髪をヘアバンドで上げた女の子。
今このシェルターで唯一称賛されている精鋭を見てミナモが手を振る。
「おはようございますナモさん。私たちが、ナモさんたちを送るっすよ。護衛は任せてください」
「今一番有名な精鋭鬼百合隊に守っていただけるの? うれしいな」
ミナモに茶化すように言われて困った顔をするキュウ。
結果そうなっただけ、見ているところで小さく成果を上げただけ、生体兵器の反応にいち早くシェルターを見捨てて逃げようとしたキュウとしてはもてはやされ他と比較されるたび、その心に罪悪感と背徳感がのしかかる。
「……やめてください。褒められるようなことなんてなにもしてないんすから」
「護衛がキューちゃんなら安心できるね。生体兵器が出てもボクが戦う必要もないかもね。キューちゃんなら生体兵器と一度も戦わずに進める道を選べるでしょ」
「ノエが負傷している分戦力が落ちてるからできれば協力してほしいんすけどね。私のあれも、確実ってわけじゃないんで」
「そういえばノエ君は? 戦いに来ないとしても見送りには来てくれないのかな?」
ミナモがあたりを探したが彼の姿はない、聞いている話ではここにいない彼は戦えないにしても町を出歩けはするということ、姿が見えないので少し寂しそうに言う。
そんな姿を見てキュウは嬉しそうに答えた。
「ノエは病院っす。今日、延期になっていた腕の手術があるんで、本当なら私の手術に立ち会いたいんすけど。こっちの方が優先っすから」
「大人になったねキューちゃん。いつもノエ君にべったりで、昔だったらボクの見送りなんて他の隊に任せれいなくなってたんじゃない? いつもなら何よりも先にノエ君だよね?」
「ダメっすよ……私たちあの日逃げたんすから。逃げて偶然が重なって、たまたま民間人を守ることになっただけで。特定危険種とも戦っていないのに、協力してシェルターを守ったってことで討伐報酬もいただいて」
「結果的にキュウちゃんの力で逃げた人たちが無傷だったんだからいいじゃない。キューに対して私はなんとも思ってないよ」
「そういってもらえると。……それじゃ、またあとで来るっす。どうやら全員揃ったから出発っすね、門開けてもらってくるっすよ」
「うん、よろしくね」
手を振ってキュウは離れていく、彼女が離れていくとミナモはシマとの会話を続けた。
「それで、なんだっけシマ?」
「寂しいって話だったろ。お前がいなくなると寂しいって話」
「ああ、そだったね、キューちゃん来て話しとめちゃって。シマと会えなくなるのはボクも寂しい、できれば一緒に来てほしいくらい」
「いや、あれ、話が?」
強引に話を変えたかったのかミナモはシマと目を合わさず、すそを握って赤い顔を隠すように下を向き足元を見ている。
「お別れなんかしたくないよ、また会いに来るんだけどさ。シマはボクのことさ、好きだよね?」
「ああ、勘違いなくお前が思っている通り」
話の流れを変えたことを察しシマも話題を合わせた。
迷いのない答えにミナモがきょとんとする。
「本当!」
少し遅れて真っ赤な顔を上げ動揺したままミナモが叫ぶと、静かな防壁前でこだまして周囲の一般兵やキュウたちが振り返る。
「俺はミナモが好きだ、お前が家族のためにどれだけ頑張ってきたことを知っている。それだけに今回のことが許せない、あれだけみんなを守るために戦ってきたお前がこんな扱いを受けてシェルターを出ていくだなんて、昨日帰ってからいろいろと話を聞いた。どれもやっぱり一般兵の活躍を取り上げ、シェルターのために戦ってくれる兵士の募集、防壁の防御の強化。ただのなんの取り柄がなくたってその強い心があれば一雑兵な一般兵でも家族を守れるって触れ込みの、言いたいことは何となくわかる。でも、評価されるべきミナモが評価されないのが許せない」
「もう別にいいよ、そんなこと」
「よくないだろ! 引っ越すにしたってここに戻ってくればまた悪く言われる」
「シマが知ってるから、ボクにはどうでもいい」
一度静まり返ったところで防壁の門が重たい音を上げて開き始め、それに合わせて一般兵たちも装甲車に乗り込み始めエンジンのかかる音が響く。
シマがミナモを抱きしめようと一歩踏み出すと彼女が飛びつき、お互い強く抱きしめあう。
「時間か。お別れ、ボクが戻ってくるんだからほかの人を好きになってたりしないでよ」
「言ったろ、お前が好きだって、待つよ。何なら俺がお前を迎えに行く、今度会う時は防壁の外だ」
日が昇り、二人をまばゆい光が照らす。
「そんな、いいよ。危ないから、今回の戦いでも大勢犠牲になったんだし生体兵器と戦う危なさは知ってるでしょ。ボクのためにもやめて」
「でもよ、こんなシェルター来たくはないだろ。俺がほかのシェルターで働けるようになれば、そしたら」
「じゃあさ。もしよかったらボクが迎えに来るから……その時に答えを聞かせてほしい。ボクと一緒に暮らすことを嫌じゃなかったら……」
「答えは決まってる。シェルター移転の希望を出して待ってるから早く来いよ」
一度離れたミナモが顔を近づけシマの額にこすり付けた。
「いま、キスされると思ったでしょ、まだ駄目だよ付き合って日が立ってないんだもの。つぎ、次に会う時までお預け」
離れ別れを惜しむお互いの顔を見る。
「またね」
「ああ、また」
お互いの顔を目に焼き付けるように見続け、やがてミナモは踵を返し装甲車に乗り込む。
彼女が乗り込んですぐに車両は発車し防壁の外へと向かっていく。
装甲車の天窓からミナモが上半身を出しシマに向かって手を振り、シマも大きく手を上げ彼女を見送る。
開いた門から強い風が吹きその風に巻かれ桜の花びらが舞い込んで、その一枚がミナモの涙のつたう頬に張り付いた。
次の再開に胸を膨らませ、お互い見えなくなるまで腕を伸ばし手を振り続けた。