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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
2章 迫る怪物と挑み守るもの ‐‐私情の多い戦場‐‐
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防壁の内側、3

 時間から切り離された古ぼけた店内は狭くて奥に長い作りになっている。

 席も数えるほどしかないカウンター席で、店主は店に溶け込むような古めかしい服装と風貌の老人。

 店内は老人が食器を洗う音と振り子時計の刻む一定のリズムがゆっくりと響いていた。


 だがそれもついさっきまで。

 今はその細長い店の一番奥でカフェオレを飲んでいた雀斑癖毛のトヨは、着信を取ってトキハルから少し離れたところにいる。

 少したって話を終えたトヨが耳を赤くして帰ってきた。


「すみませんトハル、通話終わりました。お待たせしてすみません」


 携帯端末をポケットにしまいながらトヨがトキハルの横の席に戻って来た。


「シジマか?」

「え、あ、はい。そうです良く分かりましたね」


「親し気に話してなかったからな」

「ああ、そうですね」


 小さな音ですら反響するほとんど音の無いこの空間で、声を殺して話していても若干端末からの声も聞き取れてはいた。


「えっとライカちゃん報告は、戦闘終了帰還したいが、借りている部屋の鍵をトハルと私が持っているので、部屋に戻れないから合流したいとのことでした」

「そうか」


「えっと、それでは基地に戻りますか?」

「ここに呼ばないのか?」


「二人とも戦闘で疲れてると思うでしょうし、ライカちゃんはこういったお店苦手ですから」

「そうだな。ムギハラもシジマも騒がしい店のほうが好きだな」


 ライカはこういった静かな店よりも、人が多く騒がしい店の方が好きなのだろうと考え、アナログの時計の音が響く店内を見渡しトヨが苦笑いする。


「……そうか、では俺が会計を済ませておくから、お前はその残りを飲んでいろ」

「あ、ごめんなさい。すぐ飲んでしまいますから」


 そういうとトキハルは席を立ち会計を済ませ、彼女が残ったカフェオレを飲むのを待って店を後にした。



 店を出た二人は大扉の前へと戻る。

 街中は季節外れの猛暑に上着を脱いでわきに抱える薄着の人が多かった。

 そんな中真っ黒いスーツの二人、さすがにポーカーフェイスで耐えられる温度ではなかったので上着を脱ぎ腕に抱えて帰路につく。

 トヨは青いバラの刺繍の入ったベストを着ているので上着を脱いでもまだ暑そうだったが、シャツが透けるのでそれを脱がせるわけにはいかない。


「暑いですね今日、もう紅葉だって始まっているのに。ライカちゃん汗っかきだから大変そう」

「そうだな」


 緑から暖色に色づいた街路樹を見上げトヨがぼんやりという。

 上着を脱いだだけでは厚さをしのぎ切れず、トヨはネクタイを外しシャツを胸元まで開けて胸元に風を通す。


「トヨ」


 そもそも暑い中を歩く黒い二人はその前から目立っていた。

 しかしトキハルの近寄りがたい空気でじろじろと見るような人間はいなかったが、トヨの胸元の肌色面積が増えたことで彼女の大きな胸が強調されより周囲の視線を集める。


「なんですか?」

「服装を正せ」


 トヨは自分の胸元を見て困り顔のまま笑う。


「えっと、トハルと一緒だから大丈夫だと思ったのですか……ダメですか?」

「ああ、ダメだ」


「……ごめんなさい」


 ぎこちない笑顔で謝るとトヨは急いでシャツのボタンを閉めなおした。


 ただでさえトヨの長身と大きな胸は注目を集めていて、それを強調した今の姿のトヨは変な注目やトラブルを招きかねないと気を使ったつもりだった。

 彼女が額に汗をかきあまりにも暑そうだったのでトキハルは近くの店に立ち寄り、隣の店で陳列されているアクセサリーを見ていたトヨに冷感スプレーを気休め程度になればと買い渡す。


「使え」

「あっ、ありがとうございます」


 トヨは渡された冷感スプレーを両手で受け取るとそれをポケットに入れた。

 服の上から使えないので彼女は今この場ではなにもできないことを後から知り、トキハルは苦虫を噛み潰した苦い表情をする。


「これ、ライカちゃんに似合うと思いますかね?」


 そんなこと思うトキハルの気を紛らわそうと、トヨは銀色の縁に青いガラスがはまっている髪留めを指さした。


「買って行くのか?」

「喜んでくれますかね? ちょっと買ってきます」


 そういうとトヨは店の中に入っていく。

 その後髪飾りの入った紙袋を持って彼女は店から出てきた。


「それにしてもトハルが物を買ってくれるなんて珍しいですね。明日は雨でも降りますかね? なんちゃって」

「あいてっ、え? あ、ごめんなさい」


 ポケットに入った冷感スプレーを嬉しそうに手に取り調子に乗ったトヨの頭を小突くとトキハルは基地へと足を進めた。

 町を離れ基地の前まで来るとフェンスの向こう側に、いくつかの建物が見えそのさらに奥にシェルター外壁の大扉が見える。

 先ほどからトヨが一度も口を開かない、トキハルとしてはそれが静かでいいのだが彼女は俯き黙ってついてくる。


「えっと、ごめんなさい。さっきの冗談ですよ、その……怒ってます?」

「別に」


 基地の出入口の手前でトヨが久々に口を開いた。

 トキハルとしてはただ普通に帰って来ただけだが、彼女は気が気でないようで冗談一つで機嫌が悪くなるほど気が短くないつもりだったのだが、彼女の勝手な勘違いはひどいことになっている。


「ごめんなさい。トハル、ごめっうっ!?」

「怒っていないといったろ、もういい」


 しかし、肝心な話に入ることなくまた謝りだしたのでトヨを隣に歩かせようと立ち止まる。

 急に立ち止まったためトキハルの真後ろを歩いていたトヨは彼の背中に頭をぶつけた。

 トヨがいくら長身とはいえそれは女性としての話で、トキハルからすれば彼女が背の低いことに変わりはない。


 それに加えて猫背で両手を祈るように胸の前で握り、恐々とした様子で謝る彼女はさらに背を曲げ身長を下げていてトキハルの背中に鼻をぶつける。

 トキハルが振り返ると彼女はぶつけた鼻を押さえ恐る恐る機嫌を窺っていた。


 いつもの作り笑顔が消えかけ、半泣き半笑いの歪な表情は不安そのもの。

 トキハルが相手をする必要がないと無視をしていたのが、裏目に出て本当に機嫌を悪くしていると勘違いし許しを請う状態まで行っていた。


「トハル、あの……」

「少し静かにしてくれないか」


 その表情を見てトキハルは大きくため息をつく。


「トハル、その……」

「俺は別に怒ってなどいない、気にしすぎだ」


「えっと、ごめんなさい」


 トヨは次第に血色を取り戻していくと目に溜めた涙をぬぐいそして、彼女はいつもの作り笑顔に戻る。その表情の変化の速さは技量の高いウソ泣きかと思わせるものだった。


「えっと、えっと」


 戸惑いながら、彼女は話を続ける。


「なんだ、まだ何か言いたいのか」

「実際明日から雨です。っていったら……また、怒ります?」


「……もういい、帰るぞ」

「……はい」


 彼女は人との会話が苦手なくせに調子に乗る、疲弊しているのに無理をする彼女は常に笑っている。

 トヨは基本形式的な愛想笑いの様な作り笑顔で声色もほぼ一定、彼女は素の表情をあまり見せないため、何を考えているのかよくわからない。

 今横に並んで帰るトヨの姿はトキハルの目には少しばかり嬉しそうに見えていた。



 そうして帰って来た蒼薔薇隊の借りている部屋の前には、緑髪のライカと金髪のトガネが壁に寄りかかって待機していた。


「おかー、トヨちゃんと隊長、ないすタイミングだね、今ちょうどよく帰って来たとこなんだけど」

「デート中にごめんね、一緒に居るの知らなかったから。トヨっち、荷物重そうだね、俺っちが荷物持つよ」


 紙袋と冷汗スプレーしか持っていないが彼女の手に触れるため適当な理由を作るトガネ。

 トヨは一瞬だけ眉を動かし少し嫌な顔をしたが紙袋を渡す、彼女の表情にトガネは気が付かなかった。


「ええ、あ、今鍵開けるのでお願いします」


 トヨが鍵を開けると皆部屋に入った。

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