雨 2
ソファーで寝ている双子をどう運ぶかを聞こうとギンセツは邪魔をしないように二人の時間が終わるのを待つ。
「君もああいうのが好きか?」
「なんです?」
ここを離れる用意を澄ませてジトリと妬ましく見つめた視線をギンセツへと向けるメモリ。
「抱き合うと横からむにゅんと効果音の出そうな胸の大きな女性だ」
「何言ってるんですか?」
「私もあれくらい大きいければな」
「別にそんなことないですよ」
「嘘をつくな。君、羨ましそうに見てるじゃないか」
「シアさんだってそうじゃないですか、羨ましそうに。前に一度会ったシアさんのお母さんだって大きさあったじゃないですか。だからシアさんも大きくなると思いますよ」
「あれくらいほしいか?」
「欲しいですね」
口を滑らせたなとメモリは一瞬だけ笑うと強かにギンセツのブーツを蹴飛ばす。
抱擁を終えて下ろしたリュックを拾い背負うとミナモは外へと向かっていく。
ガラス戸を開け外を確認すると室内を振り返る。
「そろそろ移動しよう。シマ、シズクのこと持てる?」
「ああ、大丈夫だまかせろ」
ソファーに寝ているシズクを抱きかかえる、ツユにも手を伸ばしたがふらつき二人分の重量を支えることができない。
何度か持ち方を変えて二人を持ち上げようとしたが、見かねたミナモがギンセツに指示を出す。
「アカバネ君、ツユのことおねがいできる。シマはふらふらで、火事場の馬鹿力はもう出ないみたい。代わりに装甲車に乗せてあげてほしい」
「了解です」
エクエリから手を放しギンセツがツユを背負う。
そして4人は建物を出る。
火の手が回り多くの建物が黒煙を上げて燃えている、その燃える建物のあちこちで火災警報とスプリンクラーが作動していた。
外に出て迎えを待つと通路を妨げていたバスをどけて戦車と装甲車が向かってくる。
「また、この子たちをお願いします。先ほどのことのようにならないように今度は一緒に行動します」
ミナモはまっすぐ戦車に乗った指揮官の戦車長のもとへと向かう。
先の程の戦闘で車両部隊は大きなダメージを受け、数はここに来たときの半数以下まで減っていしまっている。
「おいミナモ、これ。お前の制服」
「いい、そのままシマが着てて、ボクは大丈夫。何かあればシズクにかぶせて守ってあげて」
背中にかけられたミナモの学ランをシマは抱えたシズクを持ち替え掴んで突っ返すが彼女はそれを受け取らない。
「でも」
「ボクは精鋭だから、シマも怪我したけどシズクもツユもすくなく怪我してる、二人を生体兵器から守り切って。そっちをお願い」
「おおう、そん時はツユは俺が盾になればいいんだな。でもいいのか生体兵器と戦闘になったら、そしたらお前が怪我するんじゃないのか?」
「どのみち、強化繊維で防御できるのは飛ばしてくる瓦礫か小型の生体兵器くらいだし。ボクの戦う相手、残っている大型の相手には大した意味はないよ」
「それでもないよりかはましだろ、瓦礫だって小さな破片ですら俺みたいになるし。痛いし血もたくさんでる」
「その程度ならこのシャツでも、痣とかのあとは残るけど刺さらず防げる、その程度気休めだよ、頭をやられれば死ぬ」
メモリに車両のドアを開けてもらい、双子を抱きかかえているシマとギンセツは装甲車に乗り込む。
乗り込んだ装甲車にはシマと同じように建物や車両の破片をあるいはより重症な負傷者が横たわっている。
皆先ほどまで重殻を相手に建物の上から攻撃した者たち。
メモリの持つ特別な治療薬がなく止血と傷口を縫う応急処置で終わっており包帯の巻かれた者の痛みで呻く声が聞こえる。
座席に座っている動ける負傷者が場所を譲ってくれて、そこに眠っているシズクとツユを座らせた。
「この子を、あとおねがいします」
「ああ、何度も守ってきたんだ、この二人は死なせないよ」
ギンセツはツユを下ろすとシマに一礼しすぐに出ていく。
ミナモは戦車の砲塔の上に上がり、シェルター内の地図を広げる戦車長と逃げる道を選んでいる。
戦車から少し離れてところにいたメモリが装甲車から出てきたギンセツに向かって歩いてきた。
「不発の地雷を拾った。先ほどの戦闘で重殻が踏まなかったものだろう」
メモリは鞄に入れてきた大きな円形の固まりをギンセツに見せる。
「あぶなくないですか、ピンも抜けてますし」
「説明で大丈夫とか言っていたが、まぁ変に衝撃を与えないほうがいいな、一応ピンを拾っておいたが戻していいのかよくわからん」
「オウギョクさんに聞きましょう」
「はぁ。移動のため車両に乗るって言っていたが。装甲車ではなくてこの戦車の上に上るのか、まったくもって車体に背が届かないんだが」
「僕が押し上げますよ、シアさん先に上ってください」
「見れるし触れるし君にはいいことづくめだな」
「仕方のないことじゃないですか、というか昔は散々見せつけてきたくせに。さぁ、いきますよ」
「よろしくたのむ」
メモリを押し上げ戦車の上に乗せる手伝いをし、重い大型のエクエリを受け渡してギンセツもまた戦車の上に上がった。
拠点防衛用の戦車は車体と砲塔の大きさがほぼ同じのため二人はミナモのいる砲塔の上まで上がる。
「生体兵器を探すのは返ってきたほかの隊に任せて私たちは今度こそ避難しているところまで逃げ切る。ボクの武器はほとんど使い切った。これ以上の戦闘は危険なので」
「わかった。そうしよう、さすがに負傷者を出しすぎた」
ミナモは戦車長と方針を決めると炎にまかれる前に戦闘を無傷で生き残った一般兵たちも車両に乗せて移動を開始。
再び戦車が渋滞を強引に押しのけ道を作りそのあとを装甲車が続く。
戦車の数が減ったため車を押しつぶして作らてる道は車両がぎりぎりと折れる程度。
燃えていく街を見てギンセツがメモリに話しかけた。
「すごい火事になりましたね、どこもかしこも火だらけで、ここら一帯は全部燃えてしまうんでしょうか?」
「建物が密集している区域だからな。だがよく見てみろ、燃えているのは店舗、部屋のくくりだ、一つ階を挟んだほかの部屋や隣接する建物に燃え移ってはいない。今燃えている部分が燃え尽きればじきに火も消える。熱で建物の強度が下がるだろうから後日立て直しが必要になることもあるだろうが、町全体に火事は広がらないだろう」
車両の前に上から石の固まりが落ちてきて全車停止させて一同は顔を上げる。
3階建ての建物の上から爬虫類型の生体兵器が顔を出した。
その口にはニンジャの死骸が咥えられ、それをこちらの様子をうかがいながら丸のみにしている。
「煙か音か最後の一匹が向こうから来たみたい。ボクら派手に戦ってたからね」
「来たみたいって……確かこれ災害種ですよこれ。アシッドレイン、見つけ次第襲ってこず、ずっと黙って観察してますよ」
「さっきの重殻で、通路の正面から現れるものだと思っていた。当然どんな地形でも移動できるなら回り道などせずに建物の上に上ってくるよな。さて、どうやって同じ高さに落とす?」