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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
2章 迫る怪物と挑み守るもの ‐‐私情の多い戦場‐‐
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防壁の内側、1

 生体兵器の脅威に怯えながら多くの人が暮らす、キノウラシェルター。


 シェルターを分類するとき大きく分けて、食料生産、物資生産、技術発展の機能の分担された三種類のうちの、このシェルターは物資生産に位置する人口の多い中規模なシェルター。

 物の入れ替わりが激しく小さな工場が多い、設備が整っているので公害病などの報告例はないが重労働ゆえの事故や不満は多い。

 と携帯端末にダウンロードした情報には書かれている。


 そのシェルターには四か所、人の暮らすシェルターと生体兵器の生息する外壁の外へとつながる大扉がある。

 基本大扉の前は一般兵や精鋭が利用する基地となっており、倉庫、会議場、兵舎、整備場、駐車場などが集められていた。


 その密集した建物の一つの屋上に一人の女性がいた。

 遠目からでも目立つ、長身で肩までかかった癖毛、厚い強化繊維の生地の上からでも周囲の視線を集める女性的な体のラインがはっきりとしている女性。

 精鋭の強化繊維でできた制服を着ているものの腰に戦闘用の備品が入った鞄をつけていないことから、彼女は戦闘の起きているシェルターの外に行く気はないようで屋上の一角でぼんやり防壁を見ている。


「外壁の砲撃が止んだ……ライカちゃんとトガネが戦ってますね……」


 彼女は手すりに寄りかかり、体重を手すりに預けると一番近くにあるシェルターの中と外をつながる大扉の方を見ていた。

 大扉の厚さは1メートル以上高さは15メートルほどで何層にも様々な金属が重ねられたそれは、大型の生体兵器の攻撃でもびくともしないようにできている。


 ふと彼女は視線を下におろした。

 彼女が見ているのは今まさに大扉を抜け外壁の外に向かおうとしている一般兵たちが見える。


 ここの大扉を守る一般兵だけじゃ手におえず、非番や他の大扉を守る一般兵が緊急で呼び出されたのだろう。

 黒に近い灰色の兵員輸送車に武装した兵士が二十人に乗れるとして、それが四台止まっている。

 そこに整列した兵士たちが勢いよく乗り込んでいく、彼女はそれをぼんやりとみていた。


「二人が心配か?」


 癖毛の女性は背後の気配に気が付き、手すりから離れて振り返ると雀斑顔の彼女に向かって歩いていた男性を見る。

 彼女が振り返るとは彼はその場で止まった。


 長身雀斑癖毛の女性、ユキミネ・トヨ。

 蒼薔薇隊の副隊長をしていて、声をかけられびくりと大きな反応すると振り返り、彼女は声をかけた主の顔を真っすぐ見ると少しばかり眠そうな顔で笑みを作る。


「会議は終わったんですか、トハル?」


 蒼薔薇隊隊長、サジョウ・トキハルがあきれた様子で答えた。


「ああ、先ほどな」


 屋上は風が強く風に吹かれてトヨの癖っ毛が揺れる。

 トキハルはこのシェルターに現在滞在しているほかの精鋭の隊長を集め、彼らの宿泊先を防壁の近くの各所、生体兵器の襲撃の際迅速に精鋭たちが応援に行けるように振り分けるための話、前線基地へと向かう隊、キノウラシェルターの守りが手薄にならないように守っている精鋭が一か所に偏らず順番にシェルターを出ていく話などをこの建物の会議室を借りておこなっていた。


 そんな中目の前の彼女、トヨからの連絡があり話が終わり屋上へと向かい、連絡通り屋上にいたため声をかける。


 副隊長のトヨはこのシェルターに来る際に戦った戦闘記録をまとめる報告書作成を任せて徹夜をさせた後だったため、借りている部屋で待機し睡眠をとっていると思ったが、彼女はわざわざ辛い体でふらふらとこの建物の屋上までやって来た。

 呆れがながらもトキハルは彼女を呼ぶ。


「戻るぞ」

「はい」


 彼女がトキハルの横までくると大扉を背にして建物に戻るため歩き出す。

 それとほぼ同時に背後の大扉が音を立ててせりあがっていく。

 少し遠くに離れているにも関わらず金属がずり動く重低音が二人の耳にいやというほど聞こえる。


「防壁に着いた砲台からの砲撃が止んでしばらくたちますし、そろそろ終わった頃でしょうか?」

「何の話だ?」


 トキハルは今まで防音の壁に囲われた部屋で話をしていたため外の様子を知らない。

 生体兵器の接近警報もレベル分けされており緊急を要しない場合、防壁にいる当直の防衛隊だけで対処するため警報音も住宅街に迷惑が掛からない程度に小さい。

 それでも対処が間に合わないとなると警戒レベルを一段階上げ、シェルター全体の防衛隊またはシェルターにいる精鋭を呼び出す。


 現在少し騒がしいことと大扉が動いていることと外壁の砲台が動いていること、建物の下に一般兵が集まっていたことから生体兵器の襲撃があったのは屋上に来た時点で察する。

 トヨは生体兵器を放ってはおかない、そのためいてもたってもおられず寝床から起きてきたのだろうとトキハルは判断した。


「えっと、先ほど生体兵器の襲撃がありました。たぶん前線基地をすり抜けてきた野良かと、それでライカちゃんとトガネが加勢に、私も出ようかと思ったのですが二人に止められて」


 トヨも制服を着ていることから防壁の向こうに行こうとはしていたようで、それは部下二人に止められたのろう。

 生体兵器を殺すことのできるエクエリの弾は誤射などされたら千足は簡単に吹き飛ぶ、トヨのエクエリならばなおさら。

 トキハルは鼻で笑うと屋上の屋外から鉄の扉を開けて屋内に入った。


 屋内は外より幾分か涼しく誰もいないその廊下に二人の足音が響く。


「今出ていったのは、加勢に行く部隊か」

「たぶんそうかと」


 返事を聞きトキハルはトヨの方を見る。


「なら彼らの準備は無駄になったな」

「はい、でも後片付けの手伝いにはなるかと」


 負傷者の回収、生体兵器の死骸が他の生体兵器を呼び寄せないようにするための処理。

 生体兵器の仲間がその辺にいないかを確かめる警備の強化、など彼らの仕事はたくさんある。


 通路の窓から見える大扉に目を向けると、ちょうど完全に開いたところで先ほどの兵員輸送車がその下をくぐっていた。


「えっと、トハル、会議はどうでした?」


 トヨは心配そうに話しかける。

 トキハルは先ほどの出来事を思い出し顔をしかめた。


「いつも通りだ、最初は静かにしているが、じっとしていられないやつが多すぎる。前線基地の割り振り最後は誰がどこに行くか、くじで今後の予定を決める始末だ、やってられない」


 舌打ちをしながら話すトキハルに見トヨは笑いながら答える。


「やっぱり、いつものことですね」

「部下の命を預かる隊長でありながらまともな人間が少なすぎる」


 生まれ故郷のシェルターを守る精鋭は別だが、ほとんどの精鋭の隊長は自分の隊のことだけを考えている場合が多い。

 そのため、シェルターに来たことを休暇として防壁の防衛任務に顔を出さないことも多々ある。


 精鋭は、一般兵何十人がかりで仕留める生体兵器と数人で渡り歩く実力者の集まり、しかしその分、人格などに問題を持っている隊員や隊長は少なくない。


 基本的に前線基地や奇襲率の多いシェルターを転々としながら、特定危険種と呼ばれる特殊個体の駆除、生体兵器が集まる群れや巣穴の処分、一般兵のサポートなどができていれば問題はないのだが、一同に集まって話し合いになると、よくて討論、悪くて殴り合いのぶつかり合いになることもある。


 精鋭の給与は一定の生体兵器との戦闘数、シェルター間用心移送、前線基地での作戦参加などが固定給としてプラスで特定危険種の討伐数のため本来シェルターの防衛任務は参加しなくていいためだ。

 しかし、精鋭が一隊でもいることで戦闘はその分早くけりが付き被害者も減る、悲しい思いをする人を減らすためにも暇を持て余している精鋭を戦闘に参加してほしいと思っていた。


 トキハルは携帯端末を取り出し時間を確認するとまたポケットにしまう。


「戦闘終了の連絡ですか?」

「いや、時間の確認だ、予定より大幅に無駄な時間を過ごした話し合いだった」


「まぁ、今に始まったことではないですよね」

「そうだな」


「それで今後の予定は、くじの結果はどうでした?」

「生体兵器の駆除だやることは変わらない」


 トヨが冴えない笑顔でトキハルの顔を覗き込む。


「ハズレくじ引いたんですか?」

「お前の言うハズレがシェルターの防衛だとしたら違うな」


「では、前線基地へ?」

「いや、シェルター近隣の廃墟に特定危険種らしい生体兵器が出たという報告があって、確かめるための生体兵器の討伐だ」


 ヘラヘラとした表情から一転、不安げな表情になるトヨ。

 蒼薔薇隊がキノウラシェルターに来たのには理由がある、とある特定危険種の討伐。


「えっと、それって例の拠点壊しですか?」

「ちがうな。あれは少し前からぱたりと目撃情報がなくなっている。一部では倒したなんて報告も上がっているが、確かな情報は入ってきていない。どこかで息を潜めている場合もあるが、その場合は直接指令が来るだろう。俺たちがここへ来た理由はそれなんだからな」


 命令があれは動くだけというとトヨは元のぎこちない作り笑顔に戻る。


「仮に倒したとなると、私たちがこのシェルターにいる理由も薄くなってきましたね」


 蒼薔薇隊は特定危険種を積極的に倒すために作られた部隊。

 普通のの生体兵器や何か一点に特化した危険種などは精鋭一隊でも対処できる、しかし並みの精鋭でもてこずるような強個体、特定危険種の相手や、大規模な群れで行動している生体兵器などの討伐も引き受けるのが精鋭の中でも実力者ぞろいの薔薇の部隊。


「何であれ、生体兵器は見つけた先から片っ端から駆除する」

「はい、そうですね」


 今、青薔薇隊は定期的な休暇でこのシェルターに立ち寄っているが数日中にはまたシェルターの外、特定危険種との戦闘が絶えない前線基地を転々とすることになるだろう。

 話しながらいくつもの会議室が並ぶ廊下を通り過ぎ、殺風景で機能的な螺旋階段を下っていた。


「えっと、拠点壊しでないとなると、今回はどういった特定危険種なのでしょうか?」


 足を止めずトキハルの顔を見て話しかけるトヨ。


「詳しい資料はお前の携帯端末に送っておいた。後で目を通せ」

「あ、はい。帰ったらすぐ目を通しておきます」


 副隊長としての仕事は主に隊長の仕事の補佐などで、やっていることは隊長とあまり変わりがない。


「戦場に行く用意ができ次第、ここを立つ。会議で顔合わせしたが滞在している精鋭が多いここにいても手柄の奪い合いが起きるだけだ」

「わかりました」


 二人は足音を反響させながら静かな建物内を移動する。

 この建物は会議や報告、出撃前の待機部屋、出撃後の打ち上げを行う部屋として使われるため普段人がいない。

 一階まで降りると大きなガラス戸があり外の景色が見えた。


「えっと、トハルはこのまま宿舎に帰りますか?」


 トヨが顔色をうかがいながら話しかけてくる。

 急ぎの用はすでにトヨに終わらせていたので、話し合いも終わりこの後生体兵器でも現れない限り時間の空いているトキハル達。

 ただ借りている宿舎に帰っても仕方がないのでトヨの行きたい場所に付き合うことにした。


「どこか行くところがあるなら付き合うが? 買い物か?」

「いいえありません。あ、でも、このシェルター調べた時に一度行ってみたいお店があって……」


 そういうと彼女は内ポケットから携帯端末を取り出し、手早く操作してその画面をトキハルに見せた。

 トキハルが目を向けると画面にはどこかの店内の写真が映っている。


「なんだ、付き合うといっただろう」

「すみません」


 幸の薄い明るさを感じない笑顔でトキハルの反応を窺うトヨ。


「それで、どこに行くんだ?」

「えっと、近場です。町の主要通路から少し離れたところに、おいしいけど立地が悪く人気の全くない喫茶店があるらしいのでそこに行こうかと」


 トキハルに気を使い他の精鋭とうっかり鉢合わせることもないような寂れた場所。


「それで、場所は? まあいい、駐車場に向かうぞ」

「はい。えっと、私が運転しますね」


 そういうとトキハルとトヨは建物を出て町へと向かった。

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