出撃の日 2
のんびりと時間が過ぎていく防壁の休憩室。
少し前に最後の一団が去っていき門が閉まると、すっかり静まり返った基地内。
見送りで一般兵はすべて出ていて静かな休憩室でニュースを見ていたカガリのもとへ、顔色をうかがいながらコーヒーを持った隊員がやってくる。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう。あれだけの数の一般兵が出ていくからそれなりの時間がかかると思っていたけど多少のトラブルもあって最後が出ていくのに二時間もかかったのね。このシェルターのニュースはこの様子だと明日までずっと出陣式の様子を映し続けるでしょうね。ほかには何もやっていないし、何かお話ししましょう。私に何か聞きたいことはある?」
「いまさらですが、カガリ様、こちらには何をしに?」
「ここに来た理由? 試作品のテスト、さすがにものがものですので王都の周りじゃ危なすぎてテストなんかできないでしょう。理論と設計図通りにやってもうまく機能しなかったら意味がないもの。私が何日もかけて王都からここへただ数分足らずの鼓舞する演説だけのために来たとでも? さて、実験は明日にして今日はゆっくり休むとしましょう」
コーヒーを受け取り礼を言うと隊員は恭しく頭を下げ数歩後ろに下がるとカガリがコーヒーを口にするのを不安げに見守る。
「おいしいわ」
「ありがとうございます」
カガリはコーヒーを持ってきた隊員を向き見上げ安堵で表情の和らいだ顔を見て話をする。
「テストであればほかのシェルターでもできたでしょうに、何故わざわざこのようなところに」
「今回の試作機の試運転に失敗したときのためよ、今一番精鋭が多い場所といえばここですからね、何かあった時のためここを選びました。もう少し待てば今回の作戦後、精鋭を私のためにどこかしらいい試験場を見つけて召集することもできたのだけれども、私の後輩たちが最近続々と功績をあげているから、それらの報告を受けてどこか私にも焦りが出てきたのかもしれないわね」
「……功績ですか」
「私に情報を流すウシャクちゃんもアマノガワ家の使用人になれたし、ナナシキ家の暗号化された情報を読み解いたユユキちゃんもようやく第7世代の生体兵器の製造に成功したらしいし、キサキもあちこちのシェルターを転々と移動し最後の飛行型の災害種レットターゲットを追い続けているし、私も王都にこもっていないで行動に移さないと示しがつかない。あなたも座りなさい、見上げる私の首が疲れるでしょう」
精鋭と一般兵が出陣したその日はシェルターを上げて祝った。
治安を悪化させ渋滞のもとであった大勢の人がいなくなったからではない。
一度は生体兵器から身を守るための物資が尽きかけ滅びのふちにあったシェルターが今再び再生しようとしている。
人々の目には希望の光が宿り良くなっていくであろう明日へと向かって夢を見た。
祝いの祭りが終わって一夜。
人のいた場所には大量のごみが散らばっていて、ごみ袋を持ったシマとその横を歩くミナモ。
かがんでごみ拾いをしていたシマが固まった腰を動かすため立ち上がり体をのけぞらす。
「ふぃ~、これは今日一日ずっと続くな。食べたごみぐらい片付けろよまったく」
「大変だねシマ。昨日の騒ぎの跡片付け。ごみの掃除は基地全体かな」
「たぶんな、ここがある程度方が付いたら町の方にも掃除にもいかないと。あっちも大変な騒ぎだったみたいだし。ミナモはこの後用事は」
「ボク? う~ん、シマと一緒に掃除したいけどボクは防壁の防衛任務明けで眠いんだよね……ごめん、帰って眠るよ。頑張って」
「そっか、なら少し待ってろ車借りてくる。さすがに居眠り運転でもされてその辺で事故起こされたらこっちの仕事が増えるからな」
「あんがと」
ごみ袋の口を縛り近くに捨て置くとシマは駐車場へと向かおうとする。
「なら、私たちも、お願いしたいのだが、だめでしょうか?」
「すみません僕らも眠たくてその、オウギョクさんのあとでいいので一緒に届けてもらえればと……」
背後からかけられた声にシマが振り返ると黒い学ラン姿の少年と赤いスカートの少女が立っていた。
その二人も眠そうに半開きの目でこちらを見ているが、女の子の方は今にも倒れそうな感じでうつらうつらとしていて男の子のほうに支えられていた。
「その制服は」
「ん、ああ、ボクの隊の新人。アカバネ君とシアちゃん、シアちゃん整備兵だからボクのエクエリ大型だから戦闘後いちいち整備場に行って他人に渡さなくて済むのがいいよね。で、なんだっけ? ああ、悪いけどこの二人も乗せていってくれる、向かう先はボクの家じゃなくて葉欄隊の宿でいいから、ボクも余ってる個室で寝る」
「わかった。今借りてくるから、ついてこなくていいその辺座って待ってろ」
「たのむよシマ……ボクはここで待ってる」
「助かります、ありがとう」
「すみませんお願いします」
地面に座り込むミナモは下がってくる瞼の重さに耐えかね小さくなっていくシマの背中を見届けることができなかった。