強固なる防壁 5
「夜目は聞かないなぁ、ナモさんはどうっすか」
「ボクもあんまりよく見えない。そういえば防壁の周りに散らばってた廃車いつの間にか減ってるよね」
「防壁の周りに落ちてる使える部品を引っこ抜いた戦車とかのやつっすね。あれは回収して工業系シェルターに送って行ってるらしいっすよ、あの大型トラック渋滞の元凶の一つだから町の主要道路使わずに畑道遠回りしてくれればいいのに」
「防壁に近づいてくる奴にこっそりそれらを影にして近づくのによかったのに。あれ減ると一緒にボクの生存確率下がる気がする」
「資源余ってるなら竜の歯とか作ってくれていいと思うっすよね。前線基地作るよりシェルターの守りをしっかりしてほしいっす」
「竜の歯ねぇ、あれ生体兵器止められないじゃん、多少大型は足止めできるけども」
「隠れる場所は増える場所が欲しいって話でしたっすよね」
灯りも持たずにシェルターを歩く者たちが暗い夜闇の中、防壁の近くを何かが動くのが見える。
「誰か外にいるね、人数と服装的に精鋭だと思うんだけどこの方角他にどこの隊がいるの?」
「いるとすれば……鈴蘭隊っすかね。この方角っていうかあの隊はそもそも非番っすよ、作戦に参加する部隊だから今の時期は普通は十分に休んでいるはず。けどなんかよくわからないけど外を見回ってるっす。一回買い物に行くとか言って戻ってきたんですけどまた外に行ったんすね」
「あ、だったらちょっとあいさつにでも行こうかな。明日ボクの隊に鈴蘭隊から二人補充されるから」
「ふーん、いいんじゃないっすか」
「キューちゃんはこない?」
「私、ちゃんと喋ったことないけどあの隊長さんが苦手なんで」
「わかったならボクだけで行くよ。んじゃ、生体兵器が出たらまた会おうね」
「了解っす、きっと私は囮になるんでしょうけども。まぁノエがいない戦闘は思い出の共有にならないから面倒なんで出てくれないのがいいんすけどね」
キュウと手を振って別れると嫌な音を立てるエレベーターを使わずはるか下まで続く階段を歩いて防壁を降りていく。
音の響く長く緩やかな階段を十数分かけて降りると、防壁の前に立つ基地から出てくる別の精鋭の姿があった。
「おや、こんばんわ。防衛任務の見回りですか?」
「どうも、どうしたんですかこんなところで? ええっと、金木犀隊の人でしたよね、違ってたらごめんなさい」
いつもマフラーを巻いていて見ることのできない灰色の制服の女性。
灰色の長い髪を風なびかせミナモのもとへと歩いてくる。
「大丈夫あってますよ。金木犀隊のハシラマ・ヒメカです、葉欄隊のオウギョク・ミナモさん、ミーティング以来ですね。名前、これからはミナモさんと呼んでも?」
「いいよ、その方が話しやすいボクもヒメカちゃんでいいですよね。それでもって、金木犀隊はボクらと交代でもう防衛任務は終わりましたよね、なぜまだこんなところに、帰らないんですか?」
ヒメカは返答に少し困った顔をしたが少し考えた後返事が返ってくる。
「……いえ、私はただ単に宿泊先に帰りたくないのです。それで少しばかり基地内を散歩していて」
「帰りたくないって同じ隊の人が嫌いなんですか? 喧嘩したとか、気まずい状況とか?」
「いえ、そういうことではなく。私の隊いま二人なんですけど、もう一人が家に人を呼ぶんですよ。精鋭の活動に興味が尽きない人でしてともに戦ったり知り合ったいろんな隊の人を集めては家に招いて話を聞くという」
「ほぉ」
「他のシェルターだったら別々の個室を借りるんですが、このシェルター家一軒丸々貸してくれるじゃないですか。ですからお客が帰るまで私はふらふらと歩きまわって時間をつぶす必要があるんです」
「えっと、極度の人見知りってわけでもないですよね。ボクとは普通に話しているし」
「私、今マフラーしていますけどもその下、顔に少し目立つ傷がありまして、できればなるべく理由を聞かれたくないんですよ。彼が誰かを家に招けば隊長である私があいさつしないのは失礼ですし」
「そいえばいつも口元隠してますね、傷って治らないんですか?」
生体兵器の攻撃には切り傷や抉られ後、酸や毒などがある彼女のマフラーの下にはそういったものがあるんだろうと一瞬ミナモは顔の下に視線を向けるが不快に思われないようにすぐ視線を戻す。
「いえ、傷の消える軟膏もらってますんで消そうとは思っているんですが、まだまだ。それより、こんなところで何を? 仮眠ですか」
「いや、外に鈴蘭隊の人たちがいたのであいさつに。鈴蘭隊から明日ボクの隊に研修を終えた新人が来るんで」
「新人、鈴蘭隊から? それは苦労しそうですね」
「まぁ、使えなかったら新しい補充に期待するだけだし。んじゃ、見失いそうだからもう行くね」
ヒメカと別れを告げるとミナモはライトで照らされた防壁の巨大な扉の前にやってくる。
消して人の力では開けることのできない車両が通れるように作られた大きさの分厚い鉄の板。
小型の生体兵器が入り込んでこないよう人一人が通れるような小さな扉はなく、誰が出るにしてもその大きな扉の下を通らないといけない。
ミナモは扉の前にいる知り合いのヘアバンドをした一般兵に声をかけた。
「やぁ、ケン君。今日は扉の見張りかい?」
「ミナモさんじゃないですか、どうしたんですかこんなところに」
「外に出たくて、開けてもらえるように言ってもらえないかな」
「一人でですか?」
「すぐ戻ってくるよ、鈴蘭隊のところに行くだけ」
「りょ、了解しました。お気をつけて」
エレベーターと違い滑らかに動く門が完全に開くのを待ちミナモはシェルターを出る。