強固なる防壁 3
隠すように応急的に布のかけられた棚、部屋の隅に集められたガラス片といくつかの割れたコップ。
「ごめんね。もうすこしで出来上がるから座って待ってて」
申し訳なさそうにもう一度謝るとミナモは布のかけてある棚から茶碗を出しご飯をよそりテーブルに並べていく。
すでに作り終えた料理の並ぶ長テーブルにはミナモを幼くしたような背丈も顔もよく似た小さな女の子が二人。
双子は箸をもっておとなしく座っていた。
「お、お姉がお客連れてきた」
「お料理張りきってたもんね」
シマの登場に騒ぎ出す双子。
余計なことを言ったほうにデコピンをしシマを席に案内する。
「シズクとツユは元気そうだな、変わりないか?」
「すっごく元気!」
「ものすごく元気!」
「そうか、ちゃんとミナモの言うこと聞いて困らせてないな」
三人の会話を聞きながらミナモは台所へと向かい作りかけていた野菜を炒めをだす。
「そんなことない、シズクお利口だもん」
「そうだよ、ツユもちゃんといい子してるもん」
「よしよし、だったらまた休みの日に遊んでやっからな」
「「やったー」」
シマはシズクとツユから離れ、台所で料理を作っているミナモのそばへと向かう。
「座っていていいよ? もうできるから、イナゴの佃煮でもつまんでて」
「作ってもらってるのに偉そうに座ってるのもな。で、なに作ってるんだ?」
「今日のご飯はアボカドの天ぷらとゴーヤと春キャベツのサラダと豚肉とキャベツ炒め、デザートは貰い物のシュークリームと種まで色づいたおっきな苺を用意してあります」
「キャベツ多めだな」
「安くて量のあるやつだったから。ちゃんと身のしっかり詰まったずっしりと重いものを選んだし」
「春キャベツとキャベツって見た目以外で何か違うのか」
「春のほうは甘くておいしいけど水分が多いから焼いたらふにゃふにゃになるから焼くのには適さない生食向け。普通のは万能、硬くて火を通しても触感は残るし栄養もある」
「だったら普通のでいいじゃんか。なんでそんなに何種類も」
「さぁ、できたよ。ご飯食べよ。キャベツならたくさん余ってるからそれだけおかわりできるよ」
エプロンを脱ぎミナモもが席に着くのを待ち、4人は手を合わせいただきますをするとそれぞれのキャベツを取り皿に盛り始めた。
「お父さん返ってこないね」
「お仕事忙しいんだよ」
双子の会話に喉を詰まらせるシマ。
食事が口に合わなかったのかと不安げにミナモが首を傾げた。
「どうよボクの作った料理は」
「キャベツがうまい」
その感想に不満を持ちミナモは食事の手を止めると恨めしそうにジトリと睨む。
「素材じゃなくて、ボクの料理の味はどうなのさ」
「自分で食べてるんだから味ぐらいわかるだろ」
「なんかボク自信なくすな……」
「うまいよ、すごくうまい。家庭的な味で俺んちの料理なんかよりうまいよ、これから防壁の防衛任務だってのに仮眠もとらないで手間暇かけてわざわざ作ってくれてありがとな」
わざとらしく肩を落としちらちらと様子をうかがうミナモは、その言葉を聞いて頬を染め嬉しそうににやける。
「実際、シマと別れてからボクは仮眠はとったし、ご飯も安売りで買ったキャベツの在庫処分なんだけどね。ありがと褒めてくれて、嘘でもすっごくうれしいよ」
「それでもうまいよ。嘘じゃない」
シマの続けざまの言葉にさらに赤くなり彼女は頬が緩んだまま黙って食事に戻る。
食後双子はテーブルに紙とペンを用意して絵を描いている。
シマは食べ終えた食器を台所へと運び、腕まくりをし機嫌よく鼻歌交じりに食器を洗っているミナモへと渡す。
「ご馳走様、食器はこれで最後だ」
「うん、ありがと。またボクが作るから食べに来てよ。シマはよく食べるから作り甲斐があるよ、さすが男子」
「そういうミナモもデザートかなり食ってたろ、俺の分まで。でもまぁ、ならまた来るよ。そん時はなんか土産があった方がいいよな、ただ食べに来るよりは。双子も喜ぶだろうし」
「別にいいよ。それよりさ、あの、すごく後出しで、頼みづらいんだけど、シズクたちをさ、今日預かってくれない?」
蛇口をひねり皿を洗う手を止めシマの機嫌をうかがいながら反応を待つ。
首をかしげながらシマは答えた。
「ん? どういうことだ」
「あのね、ボクが今日夜これから防壁の防衛任務でいなくなるんだけど。お父さんが返ってくるんだよね。きっと酔ってる、……この家のありさまを見るとわかると思うんだけど暴れるんだよね。私がいるときは二人をなだめてられるけど、ね」
「今まではどうしていたんだ」
「今までは知り合いの精鋭の子に預かってもらってた、それでなんとかなってたんだけど。でも今日に限ってボクの隊と防衛任務の日がかぶっちゃって、今日頼めるのがシマしかいないの。お願い」
シマに深く頭を下げるミナモ。
慌てて彼女の頭を上げさせる。
「いいっていいって、そういうことなら仕方がないって」
「すごくずるいことをした自覚はあるよ、ごめんね。どうする、ほかに何かしてほしいことない? ボクにできることなら何でもするから!」
「料理ごちそうになっただけで十分、大丈夫だってば」
「ほんとごめんね、ありがとう。……で、もしよかったらこれからも頼んでいいかな? あ、でもシマがだめならいいんだよ。家の都合とかもあるだろうし」
「助け合うって言ったろ。ミナモが困ってるなら俺がたすける、気にすんなよ」
「ありがとね。うれしくて手が濡れてなかったら抱き着きたいほどだよ」
硬い生地の学ランを脱ぎ質の違う強化繊維のワイシャツ姿のミナモの豊な胸元を見て、シマはもう少しタイミングがずれていればと彼としては珍しく煩悩にまみれ残念に思った。
皿を洗い終えるとミナモは精鋭の制服、強化繊維の学ランを着て大きなリュックと大型のエクエリを持って玄関に置く。
同時に双子にお泊りセットをまとめたリュックを持ってこさせ、シマたちと同じタイミングで彼女も家を出る。
「家まで送るよ、暗いし。二人連れてバスだと大変でしょ」
「悪いな頼む、警備兵の開いてる車両はみんな貸し出されたままで」
「お泊りだー」
「やったー」
家の裏に止めてあった軽装甲車両に乗り込み住宅街を目指す。