荷運び日和 3
こたつの中に入りながらシマは雑誌を一冊取り上げ適当にページをめくっていると、ミナモがヤカンを持ってくる。
「お茶請けは無茶苦茶硬いお煎餅」
「歯が折れない程度のものを頼む」
こたつの中心にある蓋をあけ溝にヤカンを置くとこたつに入り、戸棚から急須と煎餅の入った袋を取り出すとシマのほうへと手渡す。
「お湯沸けるの早くないか?」
「このこたつ真ん中に電気コンロあるからここで沸かすの。テレビでも見る? この時間あんまり面白い番組やってないと思うけど」
かっちりした制服の学ランを脱ぎ、手に届くタンスからパーカーを取り出しワイシャツの上からそでを通す。
「あー、苦しかった。窮屈なんだよね、強化繊維、丈夫なんだけど採寸してから届くのが遅くてそのころにはサイズギリギリなんだよね、というか今着ているこの制服が来る前は誰かのお古をもらってたしもっとサイズが合わなくてきつかった」
「ってことはその上は女物じゃないよな」
「そうなんだよね、この学ラン男用の制服。ボク、女の子なのに」
「何で新しい制服は女物にならなかった?」
「隊長がいい加減な仕事をした」
「ひどいな」
「おかげで胸が窮屈で、ふぅ」
そういってミナモが胸を張って豊かな胸を前に突き出し見せつけるように強調すると、そのままこたつのテーブル上に乗せる。
「それやめろ、ミナモ。行儀が悪い」
「顔真っ赤、あんまし暴れないでヤカン倒れちゃう。でもボクの胸からは目は逸らさないんだね、なんとも恥ずかしい」
「おい、バカ、下ろせ! 何考えてんだ、そういうのは誰もいないときとかにしろよ」
「重いから乗っけておくと楽なの。シマはこういうの喜ばない? 雑誌にゃ男はこういうの好きって書いてあったけど。目線がちらちら言ってるから嫌いではないのだろうけど」
「ミナモお前はいつもそうなのか、俺がいないところでも。無防備で危機意識がなさすぎるだろ」
「いやいや、隊で行動しているときはずっと制服着てるよ。死んじゃった同僚はシマと違って品がない人多くてデリカシーないことばっか言ってたし。シマはそういうところちゃんとしてるから安心できるよね」
「そういうことばっかやってるからだろ。ここらの雑誌も捨てろお前が影響を受けるものは置いておくな」
「別に読んだからってわけでもないけど、記事がたまたま目に入っただけ、一緒か。まったく、シマとは気が許せる仲だもの特別だよ~。というか実際問題重いんだよこれ、持ってみる?」
周囲の雑誌をかき集めると一派所にまとめミナモの届かない場所へと置いておくシマ。
注意されても胸をこたつの上から降ろすことはなくミナモは煎餅をかじりながら湯が沸けるのを待つ。
「ったく、変な雑誌ばかり置いてあるからだ。みんな後で捨てるからな」
「いいよ、私のじゃないし持ち主もういないから」
湯気が出た当たりで電気コンロからヤカンを取り上げ、戸棚から茶葉と湯呑を取り出しこたつに並べる。
「ちょうどいい温度でしょ、熱めのぬるめ、今入れるから」
「茶飲んだら俺は返るから、ミナモはこれから何すんだ」
「んっと、今日の仕事は新人の荷物の受け取り夜中から朝方まで防衛任務で防壁に行くけどそれまでは自由時間。家に帰ろうと思ってる、シマは? 今日仕事何時、もし上がるの早かったっらうちでご飯食べない? 私作るよ」
「まぁ、いいか、家には連絡入れておけばいいし。んじゃまぁ、仕事終わったらそっちに行くわ」
「まってる」
ミナモは急須で茶を入れシマに湯呑を差し出す。
二人はしばらく無言でお茶をすすり煎餅を食べていた。
ふと暖かい湯呑を両手で包みミナモはつぶやく。
「いつもながらありがとね、気にかけてくれて。ボク、下層で学校に行ってなかったからあんまりよくマナーとか普通の人の言う常識とかがよくわからないんだよね、畑仕事ならわかるんだけど」
「普通は親が注意するもんだろ、釣ってもお前の両親はあれか。そもそもミナモは頭は悪くないんだから今からでも勉強すればこんな命がけの仕事をしなくてもいいのに」
「仕方ないよ、借金返すには精鋭になって特定危険種を狩ってた方がよっぽどお金のたまりが早いんだもん。やめられないよ」
「あとどれくらいでミナモの借金は返しきれるんだ」
「う~ん、特定危険種をあと10匹ちょいくらい? シュトルムの襲撃で高層市民向けの調度品専門の運送会社倒産して、支社を含めて千人いた従業員の退職金。品物の損害、シェルターの移住費で貯金が付き高層市民から下層に落ちて、その後のお父さんのお酒とお金の使い方に問題があって、買ってくる高い絵とか服とかよくわからないものでいまだに増え続けてるけど、お父さんを構成施設に入れるお金もない。あとは二人を産んですぐ行方をくらましたお母さんの残していった賭け事の借金。シマの両親がうちに援助くれなかったら家すらなかった。ボクがしっかりしてなかったら、ボクたちバラバラで孤児院に預けられたかも」
湯呑の底に残ったお茶の葉を見ながらミナモが悲しげに笑う。
「俺の父がミナモのところの従業員の一人だったからな、顔は見たことないらしいけど。それに下層市民は助け合っていくて行くもんだとよ、俺んちもシェルターの移住で下層市民だったってのにな。だからそれにならってお前が困ってたら俺が助ける」
「シマんちいまボクんちと違ってちゃんと働いてるから中層市民じゃん。市街地に家まで借りて、ああ、シマんところにも借りたお金返さないと」
「うちのは最後でいいし、その時には精鋭をやめてから返してくれよ。十分に待ってやるから、俺の金じゃないけどさ。じゃあ俺は行くから、また夜に」
「また夜に」
残ったお茶を一気に飲み干しシマは葉欄隊の借り宿を後にする。