そして戦場へ向かう、3 終
コリュウと入れ違いに部屋に入って来た指揮官は、その手に白い大きな紙袋を持っており、それをツバメに差し出した。
紙袋の中身はツバメが食堂から持ち出したのと同じ大きさの白い箱。
おそらく中身はタルトだろう。
「その子にあげてくれ、自室の冷蔵庫に作り置きしていたタルトの試作品の一つだ」
少しうれしそうに紙袋を持ち上げて見せる、そこに凛とした指揮官としての姿はなく多少の照れをかくしながら差し入れを持ってきた友人のようだった。
ツバメは指揮官に差し出された紙袋に手を伸ばしそれを受け取る。
「わかった、わたしておく、けどなんでわざわざ指揮官自らこれを渡しに来た? 誰かに任せればいいだろ」
警戒から、つい強い口調になってしますツバメ。
「皆疲れているからな、それ後片付けもある余計な雑用は頼めないさ。じゃあ、私は見回りがあるからもう行くよ」
「お、おう」
優しく笑うのと、夕方あったときの、お前呼ばわりがなくなりツバメはどう接するか迷った。
「あなたは何で指揮官なんかやってるんですか?」
紙袋を渡したので帰ろうとした指揮官を引き留め少し気になったので一つだけ質問をする。
しばらく黙り込むと、指揮官はゆっくりと話し始めた。
「なんとなくだよ。2年位前かな、一般兵一隊をまとめる隊長としてここにきた。この基地は私が来た当初一か月で12回、指揮官が入れ替わっていた。生体兵器ってのは一番偉いのが誰かわかるのかな、とりあえずえらいやつから死んでいった」
「……ものによるかな、戦場で離れた所にいて武装もしていないやつは奴は真っ先に狙われるよ。特定危険種じゃなくても考えることぐらいできる、あいつらだって馬鹿じゃない」
返事を期待していなかったであろう指揮官は壁にもたれかかり、優しい目でツバメを見る。
「この基地の指揮官の選ばれ方は、繰り上がり式でその時基地にいる中で一番位が高い順に指揮官が決まる。それでわたしになったのさ」
元々は前線基地に送られてきた一般兵を引きいる一班長、上の人間が相次いで死んでいき一気に役職が班長から隊長に、それから幾分かあってこの前線基地の全責任を任された指揮官にと上がっていった。
「でも、この基地の中で生体兵器の相手をしていればそうそう死ぬようなことはないでしょ。それなのになんで十二人もの指揮官が?」
普通に前線基地を守っていれば特定危険種に相次いで襲撃されない限り重役が死ぬことはない、何か理由があるはずだ。
「ここは無理に土地を広げようとしたんだ。他の指揮官たちは新拠点を作るともらえる多額の賞金に目が眩みすぎた、そしてこの周囲あちこちの生体兵器にケンカを売って回った。まずはこの辺りの生体兵器の巣を破壊しないことには新拠点もなにもあったもんじゃないからね」
ほとんどの生体兵器は前線基地の向こう側にいて、いくつもの前線基地で線引きされた内側には特定危険種は滅多に出ない。
前線基地が特定危険種を食い止める防波堤の役割をしていて、各地にこう言った前線基地がないと多くの生体兵器にシェルターが襲われてしまう。
シェルターから離れたところに基地を作ればその分シェルターの付近にいる生体兵器は少なくなる、生体兵器がすくなければ一般兵でも倒すことができ安全地帯が増えればより多くの資材などを回収できる、そのため前線基地を増やすということはシェルターの安全性を高めると同時に前線でより多くの特定危険種と戦かうことになる。
「一年ほど前にイーターほどの強さはなかったけど特定危険種クラスの生体兵器に襲われてね。過去一番多いときは、同時に4匹の特定危険種にこの基地は襲われた、その時はその時いた精鋭と一緒に戦って駆除したけど。その時もこんな感じだったよ」
指揮官は自分の軍服に着いた勲章を一つ一つ触っていく、特定危険種あるいはそれらしきものを討伐した際に送られる勲章。
特定危険種といってもみんながみんなイーターのような化け物級の強さではなく、その種類は様々で、数匹の生体兵器の群れのリーダーや飛行型など一般兵一隊での討伐困難だが怪我人と死者を出しながら倒せる種類もいる。
彼女の胸についている勲章はそれらを兵を指揮して倒してきた証。
一般兵にとって一つ一つが戦場で地獄を見た記録。
指揮官が開きっぱなしのドアから外を見る、ツバメもそれにつられた。
風に乗って焦げ臭い漂ってくるが、見える限りは黒煙はどこにも上がっていない。
知らない間に外はずいぶんと暗くなっていて、外での作業は壊された基地の照明だけでは足りず、動かせる車のヘットライトやサーチライトで基地内を照らしている。
「私のしていることは、特定危険種が潜んでいることを理由に、この基地の強化をしていたんだ……それもみんな無駄になったけどね。朝顔隊、鬼胡桃隊、山茶花隊、竜胆隊、四つの精鋭を集め、この辺りの特定危険種を倒して行こうとしたところでみんなやられてしまった。作戦は成功でもなければ失敗でもない状態、ここまで派手に壊されると基地の修復だけで戦力の増強は難しいかな。まったく疲れるよ」
やれやれと溜息を吐くと指揮官は高い天井を見上げる。
「いやだったら指揮官辞めちゃえばいいじゃん」
どれだけ続けているのか知らないが、無理してあの人格を作っているのなら精神的な疲れは相当なものだろう、無理をするくらいならやらなければいいのに。
「そうしたらまたお金に目がくらんだ別の指揮官のせいで怪我人や死人が増える、私が辞めたら基地を守ればいいだけなのに基地から出て、安全地帯を無理に広げようとする指揮官がやってくる。私がこの基地で働いている間はそういうことはなるべくしたくないんだ」
「じゃあ、なんで戦場跡地のグールを討伐しようと? 戦って思った感想だけどあれは好戦的な種類ではなかったんじゃない?」
戦場跡地で出会った大型の蜘蛛、グール。
生体兵器の根城となっていたあの場所にはグールとグールベビーしかいなかった、おそらくは奴らが他の生体兵器を捕食していたのだろう。
「戦場跡地はシェルター側から基地の強化する資材を送るから代わりにそこの金属を持って帰ってこいと言われ仕方なく、シェルターの指示は私の意志と関係ないから。それに基地の増強はしておきたかった、だから精鋭をこの基地に多く集めてもらった安全に勝つために。しかしグールベビーは誤算だった、あれさえなかったらこちらの被害はほとんどなかったはずなのに……」
一般兵の隊長も基地の指揮官にもなったことのない私には前線基地云々はわからない話だ、でも彼女は彼女なりに自分の兵隊のことを考えていたのはわかった、イーターや増援の報告をしなかった件は許しはしないけど。
「……話が長くなった。じゃあな、朝顔隊の隊長」
スッと立ち上がると今度は立ち止まらず扉も向こうに消えていった、そしてしばらく階段を下りる音を聞いていた。
「五月蠅いなぁ……なに、誰と話してたの?」
ツバメの足を枕にしていたイグサが目を開けてこちらを見ている。
眉を吊り上げ若干機嫌が悪い、そんな彼女に紙袋を見せた。
「イグサ、タルト食べる?」
「食べる!」
イグサは意外とすんなり起きた、しかも不機嫌ではなくご機嫌だ、食べ物につられすぎじゃないのか? とツバメは思ったが意外と体が痛むらしく元気さを反比例してゆっくりと壁を伝って起き上がるイグサ。
そんな彼女にツバメはタルトをあげる代わりに条件を付けた。
「コリュウの代わりに夕食の用意をしてくれないかな」
「コリュー、どこ行ったの? トイレ?」
傷が痛むのでゆっくりと辺りを見回すイグサ、タルトに夢中で言われるまで彼がいなかったことに気が付かなかったらしい。
「箸持って来忘れたの、取りに行ってる」
「ふーん」
興味の失った返事をすると、よたよたと机に向かってコリュウの代わりに夕食の準備を続けた。
もうほとんど出来上がっていたらしく、ツバメが自力で立ち上がる前に机の上に三人分の食事が用意できていた。
「終わったよー、コリュー帰ってこないけど。さぁ、タルト頂戴」
夕食の準備が終わりイグサはツバメの持っている紙袋に手を伸ばす。
「仕方ないなぁ、でも切り分けるものがないよ? 私のナイフ捨てちゃったし」
他に何か切れそうなものはないか探したが残念ながらこの部屋にはなかった。
「えー、じゃぁ全部食べるよ」
我慢できずそのままかぶりつこうとするイグサ。
「だめ、私も食べるから」
折角一度立ち上がったのだがツバメはイグサの看護されながらまた床に座りなおす。
そして紙袋から白い箱を取り出すとそのふたを開ける。
同じ材料で作ったのか、出撃前と丸っきり同じタルトだった。
色とりどりのフルーツの乗ったタルト、それをお互いに一口ずつかじり公平に食べていく。
「しかし、たると美味しいね」
「そうだね、これが指揮官の手作りと思うとちょっとあれだけど」
複雑な表情をするツバメをよそにイグサは次の一口を待つ。
「コリューの分、取っておかないと、怒られちゃう」
「そうだね、全部食べて、初めからなかったって言い張ってもいいけど」
噂をすると、金属の階段を駆け上る音がして数秒後コリュウが帰って来た。
その手には割りばしが握られていて、部屋に入ると足であけっぱなしのドアを閉めた。
「何の話しているんですか?」
「何でもなーい、おかえりー」
「コリュウ、タルトあるぞ」
すでに四分の一位しか残っていなかったが、それをコリュウに差し出す。
「俺が帰ってこなかったら全部食べるところだったんですね。というか歯形が」
「あ、ちょうど今、ツバメが言ってたやつだ」
「食べちゃおっかって提案しただけだから、未遂で終わってる」
その後、夕食を食べると、コリュウをに持ってこさせた寝具で床に川の字で寝た。
外は生体兵器の奇襲に備えて一般兵が見回りをしていた、地下の避難区画にイーターに勝てないと思って逃げ込んだ一般兵もいたのか、見回りはそれなりの人数がそろっていた。
主要な道は瓦礫が取り除かれ綺麗にされ車が走っている、しかしいまだに使用不能になった壊れた建物や大きな瓦礫などは撤去されていない。
イグサとコリュウの二人はぐっすりと眠っていたが、ツバメは足の痛みで深くは寝付けなかった、仕方なく無理にでも寝ようとするのはあきらめ、二人の寝顔を見て痛みを和らげる。
そういえば、イグサから携帯端末にコリュウの写真が送り付けられていた気がする、ツバメは暇つぶしに端末を操作しその画像を探す。
これを見て私はどうすればいいのだろう? とりあえず今暇なので私も一枚、二人の寝顔の写真を撮ってみた。
写真を使うことがあまりないのでよくわからないが、無防備で眠るその姿はとてもかわいく撮れた気がする。
その写真を保存すると端末を畳んで置いておいた制服にしまった。
新品をもらったはずだがすでに泥だらけの穴だらけ、コリュウに関してはイーターと一緒に燃やしてしまって、昔の制服の上着を宿舎に行ったとき寝具と一緒に持ってきていた。
ああ、今日は頑張ったなぁ。
普通の生体兵器は危ないときはあっても死にかけるような場合まではいかなかった、油断をしていたつもりもなかった、ただただ実力不足なのだろう。
もっと私がちゃんとしないと、私はこの二人の命を預かっているのだからもっと隊長らしく振舞わないと。
シェルターの暮らしが窮屈で退屈でよくなかったから私は自由でいたかった、この二人は私とは違う理由で私と一緒にいる、目的は違ってもやることは一緒、精鋭である限り今日みたいな戦闘はこの後も何度となくあるだろう、私がいなくなっても朝顔隊がなくなっても、誰かがこの仕事を続け生体兵器と戦う、じゃないとシェルターに特定危険種が入ってしまうから。感謝されなくても、誰にも知られてなくても、私たちは戦い続ける。
横で寝ているイグサの頭を起こさないように撫でるとツバメは窓から空を見上げる。
今日が終わっても怪我が治れば私たちは生体兵器と戦う、それが仕事だから。
……なんて、夜に一人で考えてるけど朝になったらほとんど忘れてるだろうなぁ、というか恥ずかしいから忘れたい、そんなことを思いながらツバメは二人に遅れてようやく眠りに落ちた。
ここにきて四日目の朝、用意された黒と深緑の迷彩のジープに乗り込む。
ツバメは足を負傷しているので、今日もコリュウが運転だ。
すでに今日の明け方、私たちの後任の精鋭が来て、この基地の警備を任せてある。
指揮官にここを去ることを報告しようと思ったが朝から忙しそうだったので、彼女には別れを伝えなかった。
「んじゃ出発しますよ、イグサ、隊長、外の警戒お願いしますよ」
運転席で朝顔隊唯一の男性、実年齢よりやや老け顔なサカキ・コリュウが、車を走らせ前線基地を移動する。
「任せとけって、撃つだけならできる」
助手席に座っている隊長、ボサボサした後ろ髪をヘアゴムで留めたアオゾラ・ツバメは軽いノリで返事を返した。
怪我をしているのは片足だけで手は普通に使えるため、エクエリを撃つことはできる。
「れっつしぇるたー、お買い物ー!」
短い髪に常に眠そうな半開きの目、ツバメより少し胸の発育のいいアモリ・イグサは後部座席でテンションに任せてはしゃぐと、体中の傷に響き声にならない悲痛な声を上げた。
そして、朝顔隊は一度シェルターに戻り治療を受けるため、いつどこで生体兵器と鉢合わせるかわからない名前の無い戦地へと向かう。