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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
1章 滅んだ国と生体兵器 ‐‐すべてを壊した怪物‐‐
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そして戦場へ向かう、1

 日は傾き始め、青かった空がうっすらとオレンジ色に染まり始める。


 深緑色の大型の装甲車は朝顔隊の前で止まった。


 他2台のトラックは止まらずそのまま基地の奥へと進んでいった、おそらく救助や後片付けの準備などをするのだろう。


 目の前で止まっていた装甲車の後部ドアが開き、中からゆったりと基地の惨状を眺め確認しながら女性指揮官が下りてきた。


 作戦会議中は遠くて見えなかったが勲章のたくさんついた軍服、きりっとした鋭い目、短く切った髪を後ろで束ね、髪留めに勲章についているようなリボンが付いている。そして手には黒い軍刀。


「待たせて、すまなかったな」


 ツバメは傷も泥もついていないきれいな肌と服の指揮官を、生体兵器との戦闘中にも見せたことのない獣のような目で睨みつけている。


 コリュウはツバメが指揮官に掴みかからないように脇で見張る。


だが彼の心配をよそに指揮官は会話しやすい距離まで近づいてきた。


「さっきの話だけど、あの二隊がやられたって本当?」


それともただただ援軍をよこさなかったのかと疑うツバメ。


「ああ、山茶花隊と鬼胡桃隊はグールベビーに噛まれて戦闘不能になった。まだ毒性が弱かったのか死にはしないだろうが手足がひどく腫れているらしい、戦闘はおろか歩くことすらままならないだろう。しばらくは日常生活すら困難だろう」


 だろう、らしいとすべてが推測。

 向こうで何が起きていたのかわからない、もしあれだけの一般兵と共に行っていた精鋭が相手ができなかったほどの数に襲われたのだとしたら、向こうは向こうで地獄のような光景だったのかもしれない、詳細を知らないのでツバメはその話を半分以上信じない。


 コリュウはこの状況で一つ心配事がある、指揮官の敵は軍刀、隊長の手にはエクエリをその手に持っているのだ、それが不安で仕方がない。


 あれらを素手で止められる気はしない、コリュウは最悪の結末だけは下らないようにと心の中で願うことしかできなかった。。


「……すまない、お前たちのグール討伐の報告を受けた時すでに、精鋭は壊滅していた。だから私が精鋭の代わりに応答した。それにお前たちから連絡が来る前に、あの時すでに基地がイーターの襲撃にあったことも知っている」


少し声のトーンが落ちたが淡々と報告をするかのように話す指揮官、それを聞いててバメの手に力が入る。


「しかし増援を送ろうに、残された一般兵じゃどうなるかお前たちにもわかるだろう」


指揮官は奥へ進んでいった輸送トラックの方を見る、無事な一般兵たちも指揮官と違い泥にまみれていて動くたびに泥の乾いた部分から土埃がたっていた。


 確かに特定危険種は一般兵が相手をできる相手ではない、だから精鋭が今回の作戦に集められたのはわかる、わかってはいるが。


傷と疲労から三人を見てボーっとしているイグサ、指揮官はツバメを真っすぐ見つめたまま話を続ける。


「だからあの時お前たちを私たち本隊に合流させず、そのまま基地に帰らせた。特定危険種であるイーターを何とかしてもらうために。そしてお前たちは見事イーターを倒してくれた、今までいくつもの基地が、多くの一般兵や非戦闘員が犠牲となった悪夢のような生体兵器を倒した。お前たちには感謝してもしきれない」


 指揮官は敬意を表して見本のようなきれいな敬礼した。


 どこが怒りに触れたかわからないが、隊長がエクエリを持っていない方で拳を握る、それをコリュウは指揮官に向ける前に止めなくてはならない、反射的に止められるだろうか。


 ここでツバメが問題を起こせば、また悪名が広がるのだろう。


 でもそれにコリュウ達まで巻き込まれるのは避けたい、おそらく作戦会議の前のように他の精鋭から煙たがられることになるだろう、そうならないよう彼女を止めるいい手を考えないと。


「お前たちに何か褒美をくれてやりたい。私に協力できることがあったら言ってくれ、できる限り協力しよう」


平然と戦って勝つことが当然のように話す指揮官、彼女は装甲車両に乗ってどこかくつろげる場所まで送ろうと手を差し伸べる。


「だったら……」


今のが我慢の限界らしくツバメが拳を振り上げる。


「隊長!」


「じゃあ、戦勝パーティーしましょう」


 ツバメの動きが止まり、挙げかけた腕を途中で止める。 


 二人の会話に割り込んだのは少し離れたところで様子を見ていたイグサ。

 大型のエクエリを地面に置くと、コリュウとツバメの横に並んだ。


「わたしたちが倒したんです、わたしたちが主役ですよ。ツバメもお腹がすいているからピリピリしてるんです、夕食は飛び切り豪華なのをお願いします」


 イグサが拳を握っている方の腕をつかみツバメに抱き着いて、無理に拳をほどいてその手を握る。


 それに便乗してコリュウは反対側のエクエリをそっと引っ張ってツバメに手を離させた。


「非戦闘員の方々は地下の避難区画にいるので早く迎えに行ってあげてください。あとあと、ええっと、そうそう私たちの泊まっていた兵舎壊れちゃったんですけど、新しい部屋用意ってしてもらえないんですか? 出来ればフカフカなベットがあるといいです。そうそう、わたしの鞄壊れちゃったので新しいのください……えっと、あと私、大きなシェルターに行きたいんですけど、これって誰に頼めばいいんですか?」


 そういうイグサはあたふたといろいろ考えるので必至、何とか喧嘩にならないように彼女が考えた策。


 彼女の得意とする強引な話のすり替え、ツバメも黙ってそれを聞いている。


「せっかくお前たちが、特定危険種を二匹も倒したんだ。そうだな、祝杯をあげないとな。しかし基地がこんな状態だ、食堂は使えないだろう。一度駐車場を片付けてそれから準備をしないと……」


 指揮官は腕を組んでこの後の予定を考えている、祝杯、基地の後片づけ、生存者の確認、数の減った一般兵での基地の防衛、思いつくだけでこれくらいの仕事がある、実際はもっとあるのかもしれない。


「いいや、どこか壊れていない部屋があれば、その部屋で私の隊だけで勝手にやってるよ。グールもイーターも倒したのは私たちだ、八割以上私たちの成果だろう? 私たちのことは気にしなくていいよ、早くこの基地を復旧させないと、次普通の生体兵器が襲ってきただけでもこの基地は壊滅しちゃうかもよ」


 ツバメは朝顔隊だけで戦勝パーティを開くらしい、イグサは何も言わない彼女の言っているそれでいいのだろう。


 その場合パーティでもなんでもなくいつも通りなのだが、コリュウもそれくらいでもいいと思っていた。

 すべてはツバメの機嫌次第だ、コリュウもイグサもツバメの黙って様子を見る。


「しかし、それでは……皆が」


ツバメの勝手な提案に渋る指揮官。


「別に知らないやつと騒いだって私はちっとも面白くないんだし、武勇伝を語る気なんてないよ。戦いのことが知りたいなら報告書書くから私たちがいなくなってから読みなよ。私のこの後の予定は、この二人と美味しいもん食って今日あったことを軽くおさらいして、後は軽く寝るだけさ。今日中に他の精鋭に連絡つけてここに来てもらうんだね」


 それだけ言うとツバメは兵舎に向かってふらふらと怪我している足をかばいながら歩き出した、宿舎付近はさっき異臭がするから移動してきたのに。


 言い逃げをしたツバメを追わず指揮官はコリュウの方を見る。

 イグサもその場から離れ、地面に置いた自分のエクエリを拾い上げる。


「君たちは、どうする? 私に力になれることがあったら言ってくれ」


ツバメを見送り指揮官はコリュウとイグサの方を見る。


「俺は特にないです」

「わたしもとくに……あ、タルトがほしい、フルーツタルト。余流があったらコックの人に作ってもらってください」


指揮官を困らせる前にコリュウはこの場からイグサを連れて行こうとしたのだが、彼女の言葉に何か思い当たる物があるのか指揮官は口を開いた。


「タルト? なんでまたそんな微妙なところを、確か冷蔵室がが無事なら、そこの奥の方に入れておいたな。白い箱に梱包してあるからわかるだろう」


 戦場跡地に向かう前に食堂で隊長が持ってきたものを思い出す。


 あれは指揮官のものだったらしいツバメは勝手に持ってきたのだ、無断で持ってきた彼女のその行動力が恐ろしい。


「あれ、指揮官さんのタルトだったんですか? 私たち食べちゃいましたけど、大丈夫なんですかね?」

「勝手に食べたのか! ……まぁ、別に構わないさ、味はどうだった? ちゃんとできていたか?」


それを聞いて慌てるイグサ、同じように顔を赤くして慌てる指揮官。


「どういう意味です?」

「あれは、シェルターから材料取り寄せて私が趣味で作ったものだし。それで味はどうだった? あまり自信はなかったのだか」


照れくさそうに話すその姿に先ほどまでの堅苦しさはなく、表情の変化が全くなかった先ほどまでの顔が嘘かの様だった。


「あれ指揮官さんの手作りなんですか! すごくおいしかったです」

「あなた仮にも指揮官でしょ、何やってんですか?」


 コリュウの言葉に今まで目線を反らすことのなかった指揮官が、わずかに目を反らし頬が紅潮させる。


「いや……な、ここでの仕事、兵役が終われば、この仮初の指揮官の任も終わるし、シェルターに戻って普通の生活に戻るんだもの。最低限、料理くらい練習しておかないと、恥ずかしいじゃない」


 鼻の頭を掻いて照れくさそうに話す指揮官、おそらくこの表情が彼女の素なのだろう。

 顔を叩いて気を引き締めると、指揮官は先ほどまでの凛とした戦士の顔に戻した。


「今のは聞かなかったことにしてくれ」

「そうですね、ただの乙女だったんですね」


顔を真っ赤にさせて無言で頷くと指揮官は装甲車に戻っていった。


「……イグサ、隊長を追うぞ」

「うん」


 話しも済んだのでふらつくイグサを支えながらコリュウ達は駆け足でツバメの元へ向かう。

 指揮官と話している最中彼女は一度もこちらを振り返らず、真っすぐ兵舎の方に向かって歩いていた。


「なぁ、朝顔隊」


装甲車に乗り込む前に指揮官は、ツバメを追いかけようとしたコリュウとイグサを呼びとめる。


「はい?」

「まだ何か?」


 振り返ると指揮官は少し困った顔をしていた。


「嫌われているようだが。私は、あの隊長に何かしただろうか?」


 その言葉に力強さはなく探り探りといった様子で尋ねてきた。


「いえ、何もしてませんよ。でも……」


コリュウが話していたのだがイグサが割り込んできた。


「何もしてくれなかっただけだよ」


そういうとイグサはコリュウを置いて先にツバメを追って走り出した。

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