特定危険種、9
あれからイグサの持っていた笛の音が聞こえない、あの耳にダメージが入る音が聞こえたのはこの建物からということ以外わからなかった。
廊下に足跡などはなくどこかの部屋に隠れているのだろう、一つ一つの部屋をしらみつぶしに開けていく。
「イグサー!」
その声は吹き抜けの廊下で何重にも反響する。
しかし、彼女からの返答はない。
コリュウは一階の手あたり次第に扉を開け、部屋をあらかた調べたら二階へ上がる。
笛の音は確かにこの建物から聞こえたはず、しらみつぶしにすべての部屋を開けていけばどこかにいるだろう。
その時だった、二度目の笛の音。
聞こえてくるのは上でも下でもなくこの階だ。
「イグサ!」
コリュウは走り何枚目の扉か、開けた扉の向こうにようやくイグサを見つけた。
そこは外側から見た時ni乗用車が二階に突き刺さっている部屋だった、先ほどツバメとこの場所を知らず知らず眺めていたと思うとコリュウは自分に腹が立つ。
イグサは壁にもたれかかるように座っており、こちらに小さく手を振っている。
「やほー、コリュー。コリューのこえ、ここまで聞こえてたよ。たすけにきてくれて、ありがと」
痛みをこらえ頬をひきつらせながら無理に笑って見せるイグサ。
なぜか知らないがコリュウをシェルターにいたころの昔の呼び名で呼んでくる。
「イグサ……ボロボロじゃないか、大丈夫か? どこか痛むか? 立てるか?」
無数の小さな傷と制服に染みている血の量から見るからに大丈夫には見えなかったが、コリュウは彼女にかける他に言葉が思いつかなかった。
「いがいとへーき、キズはおおいけど、ふかくはないみたいだよ。お水……ちょうだい」
「ああ、まってろ」
コリュウは鞄から水筒を取り出し壁にもたれかかっている彼女に渡す。
しかし自力で水筒を押さえることができないようで彼が水筒をゆっくりと傾けた。
「毒は、噛まれてはいないか?」
「ぷはっ、平気だよ体当たりを受けただけ……」
水を飲むとコリュウの体を借りて立ち上がろうとするイグサ、だが腕に力が入らず腕を彼の肩に伸ばすだけとなった。
「よっと、あれ? 足に力入らなくて立てないや。いててて、ごめんちょっと痛む、コリュー、手貸して、ちょっとたたせて」
コリュウは彼女の肩に手を回し立たせる、すごく辛そうな表情をしていたが歯を食いしばり立ち上がった。
「歩けるか?」
「少しなら……長くは無理そうかな休み休みなら、そういえばツバメは?」
コリュウを支えにやっとの思いで立っているイグサ。
「今イーターと戦ってる」
「え!」
弱弱しくも驚きの声を上げるイグサ。
「そうだ隊長に報告しないと」
すると、タイミングよくコリュウの携帯端末が振動する。
『もしー。お、つながった、コリュウ。イグサと合流できたか?』
「はい、無事合流出来ました」
「ツバメ、わたしは生きてるよー」
無線の向こうから聞こえてくる安堵の声。
『よかった。それと通信アンテナがまだ壊れていないようでよかった、じゃないとお前たちに連絡できないからな』
「隊長の方はどうですか? もう、イーター倒しちゃいましたか?」
息は荒く時々大きなノイズが聞こえてくる。
『無茶言うねー、いくら私が強くたって無理がある。連絡したのはそろそろ援護がほしいからかなー』
「まだ、この建物付近で戦ってますか?」
まだ戦闘に余裕があるようでツバメは落ち着いている、特定危険種の強さを確かめるための様子見といった感じなのだろう。
『いや、坂を下りきったところで逃げたり隠れたり押している最中……ちょっと、きつい』
「え! ツバメ、だいじょうぶなの!?」
ぐいとコリュウから無線を奪いそうな勢いで無線に顔を近づけるイグサ。
『いや、ピンチだよ、大ピンチ』
「あの……ツバメ。ごめんなさい。わたしのエクエリどこか行っちゃったんですけど」
『イグサのエクエリ? ああ、やっぱり。それならイーターの口に入ってるよ、挟まってるっていうべきか、一応大顎で噛まれる心配なく戦えてる、なんか知らないけど顎の片方折れてるし比較的よけやすい。まぁ、死にそうなことには変わりないけどさ』
「すぐ、行った方がいいですよね。すみませんすぐ行きます坂の下ですね、基地のどっち側ですか?」
居場所を聞く前に無線の向こうが騒がしくなった。
『おっと、こっち気が付いたみたいだ。通話で片手ふさがってるからちょっとやばくなってきた、切るね、コリュウ早く来いよ』
ツバメとの通信が切れた、コリュウは通信端末をしまうと彼女を外に移動させるため部屋の外に出る。
「イグサの無事も確認できたし、俺もすぐに隊長のところに戻る。イグサは隙を見て車のところに戻っていてくれ、距離があるけど歩けるか?」
「うん、わかった、二人とも頑張ってるんだし、わたしも多少の痛みは我慢するよ」
そういうと、彼女はよたよたと力なく歩き出す。
端末の向こうから聞こえてくるツバメの焦り具合から、向こうは切羽詰まった状態なのだろうなるべく早く合流するため、彼女を背負って移動する、硬い制服の上から小さくない胸が背中に当たった。
「だいじょうぶ。じぶんであるけるってば、おろして」
「でも、怪我が……」
傷だらけの顔でイグサは精一杯笑って見せた。
「へーき」
そういうと階段の手前で彼女は俺の背中から降りた、しかし階段を一段一段降りるのにもたつく。
「足辛そうだけど、本当に大丈夫かイグサ?」
「微妙」
しびれを切らし手を差し出すと彼女は素直にその手を取った、そして階段を降りるとき彼女が転んで落ちないように腕を伸ばし支えた。
「ツバメのもとにいってていいよ、わたしはだいじょうぶだから」
「せめて階段を下りるまでは見届けるよ」
一歩降りたところでイグサは座り込んでしまった。
「……。ごめん……つよがった……たすけて……」
「まったく、お前が心配でここまで来たんだからな」
イグサの元へ近寄る。
「ごめんね」
そういうとコリュウは彼女を抱きかかえた、お姫様抱っこだ。
大型のエクエリも荷物もない軽い彼女ならこの方が持ちやすい。
そしてそのまま階段を駆け下りる。
「うわっ、コリュー! これは、これは恥ずかしい!」
力なくパタパタを対抗するがひっくり返りそうになりすぐに危ないとわかって、コリュウにしがみついて身を安定させる。
「誰も見てないから、いいだろ。この方が運びやすいし少し我慢しろ」
「わっわ、……そうだね、でもこれは……」
コリュウは腕に抱えたイグサを建物の外で下ろす、丘は緩やかだしここからはゆっくりでもひとりで行けるだろう。
エクエリもなく体もボロボロな彼女は戦闘には参加できないから車で休んでいてほしい。
「じゃあ、また後でな。これ俺の端末だ渡しておく。ロックはしてないから普通に通話できる、何かあったら隊長に連絡しろ」
「うん、ツバメのことよろしく」
何とか立たせ自力で歩ける程度に回復したイグサ。
「ああすぐ、やっつけてやるからイグサは車で待ってろよ」
「きたいしてる、がんばって」
イグサは痛むであろう手を伸ばしてハイタッチを求めてきた、傷だらけの手に勢いよくするわけにもいかず軽く手を合わせるだけで済ませた。
そしてコリュウはイグサと別れる。
彼女の無事を確認した今彼の感情は大きく変わっていた、目指すは隊長と戦っているイーター、イグサをボロボロにした代償は高い。




