無名の戦場、3
「やった、久々に一撃で仕留めた!」
息を潜めイグサが嬉しそうにそう言うと、大型のエクエリを窓枠からおろし壁の裏に隠れる。
飛び出した数秒でコリュウが撃ったのは十発前後だが彼女が撃ったのは一発、カウントは彼女の撃ったものだけのよう。
「まだ死んだかどうかわからないだろ」
「でも倒れたし倒したようなもんでしょ」
それと生体兵器が死んだかどうかは確認するまでわからない、死の淵であっても時間が立てば傷が再生する生命力の高い生体兵器の厄介なところで気を抜けない。
生体兵器の反撃を受けず倒したことにコリュウは一度壁の陰に隠れて深呼吸をする。
その隣でイグサが小さくガッツポーズを決めていた。
「コリュウ、イグサ周囲を警戒! 悪い、こっちのやつ仕留め損ねた」
二人が玄関の方に振り向くと、ツバメは苦い顔をして外を見ている。
コリュウとイグサは窓からそっと外を除く。
ツバメの担当した生体兵器は、廃屋から距離を置き低い唸り声をあげてこちらを睨みつけていた。
よく見ると生体兵器の首元と右前脚から黒々とした血が流れているので、ツバメが撃った弾は生体兵器に当たりはしたのだろうが、どうやら殺すほどの致命傷には至らなかったようだ。
生体兵器は唸り声をあげてゆっくり下がりこちらと距離を取っていく。
「コリュウ、わたしたちの担当した方の生体兵器も炸裂式雷撃弾で一時的に動きが止まっているだけみたい……こっちもまだ生きてる! メンドクサイ!」
不満そうな声からだんだん焦りに変わるイグサの声に振り返り、コリュウは自分たちが仕留めたと思った生体兵器を見る。
生体兵器は血を吐き目を大きく見開きながら同じように唸り声をあげたが、それだけで奴は起き上がることはなかった。
「イグサはこっちに来て、私の援護。動きが止まって楽に仕留められるのはコリュウに任せる、でも油断はするなよ!」
「了解!」
「はい!」
大きな生体兵器はその場に倒れたままで、時々ビクンと体を大きく震わすだけ。
――どうやら体の自由は奪われているようだな、雷撃弾が効いたか。飛び掛かっては来れないよな?
大型のエクエリから放たれる弾種の一つ。
特殊弾、『炸裂式雷撃弾』は3メートル以下の小型の生体兵器なら脳や神経を焼くほどの大電流を流すのだが、今回の生体兵器は死んでいない。
とはいえ仕留められるのは2メートルほどの小型の生体兵器での場合で、中型サイズに分類されている4メートルほどの大きさだったからかもしれないが。
「コリュウ、そこに倒れているのを始末したらすぐに私と合流しろ。私とイグサは倒せなかった奴をしとめるぞ! イグサ、頭は最後でいい無理に狙うなよ、まず動きを止める」
「わかりました」
ツバメは簡単に言うが生体兵器の脅威的な俊敏性は不意打ちでもない限り、どこを狙っても不自然なくらいの挙動で交わされる場合が多い。
今回はその不意打ちが決まり、ツバメが担当した仕留め損ねた方もエクエリを数発あてているのでケガをした分、弱って生体兵器の動きは鈍くなるだろうがそれでもすぐには倒せない。
あくまで奴らは生物ではあるが兵器なのだから。
「じゃあ、隊長の方を任せた」
「そっちは任せたよ、ちゃんと仕留めてね、コリュウ」
「おう、任せとけ」
ツバメが廃屋から離れ生体兵器と向かいあう。
コリュウに襲い掛からないようにツバメは自ら囮となって、エクエリを撃ちながら廃屋から飛び出し生体兵器の気を引いている。
ダメージを負わせたのがツバメというのもあるのだろう、ためらいなく生体兵器は彼女を追いかけていく。
それに合わせてイグサもツバメに加勢するため、大型のエクエリを肩に担ぎ廃屋内を移動する。
廃屋の奥へと消えていくイグサの移動を見届けるとコリュウは窓を乗り越え生体兵器に近づいていく。
ここまでくると暗くてよく分からなかった生体兵器の姿がよくわかる。
頭から尾の先まで4メートルほどの茶色と黒の迷彩のようなまだら模様を持った大きな体、頭には人の腕など簡単に嚙み切れそうな鋭利な歯が並んでいる。
--うぅ、まだ生きてる。死んでない生体兵器にこんな近づきたくねぇなぁ……。
地面に倒れてはいるが予期せぬ反撃を受けないように背中側へ、牙の生えそろった頭と鎌状の爪を警戒しながら近づいた。
目の前を歩くコリュウを生体兵器は目で追ってくる。
何度かうなり声をあげたが反撃はなかった、コリュウはエクエリを構え至近距離から頭に撃ち込む。
頭を撃たれ生体兵器の目玉が弾ける。
生き物が焼ける臭いがし生体兵器は身のすくむ大きな咆哮をあげた。
しかし頭から血を流すも絶命はせず、しびれて動けないはずの体を動かそうとしている。
「頭蓋骨硬いな」
小賢しく頭を振ることで潰れた目から脳への攻撃を躱す諦めの悪い生体兵器。
コリュウの持っている小柄のエクエリでは若干威力が足りないようで、舌打ちをし狙う位置を首に変え数発撃ち込んだ。
肉を焼き切り首の骨を破壊したつもりだがそれでも数秒間、潰れた目元と鼻の筋肉をしきりに動かしていたが、やがてこと切れた。
引き越しで蹴飛ばして反応がないのを確認するとコリュウはその場にへたり込む。
「ふぅ……。っと、いけね、まだ終わってなかったんだった」
すぐに立ち上がり念を入れ動かなくなった生体兵器にもう何発か撃ち込んで、生体兵器が完全に息絶えたことを確認するとコリュウは走って二人の方へと走る。
ツバメが仕留め損ねたもう一匹の応戦へと向かう。
近くにいないと聞こえないような小さな銃声を頼りに廃屋の壁沿いに進む。
エクエリの銃声は火薬を使っていないので非常に小さく消音性に優れている。
大きな音は他の生体兵器を集めるが空気を焼く程度の音なら集まってくることはない。
廃屋の壁すれすれで走っているのは下手に隠れるところのない場所を走ると生体兵器が標的を変えて襲ってきた場合に対処できなくなる。
ここなら何かあれば窓や壁に開いた穴から屋内へ逃げ込める位置。
ただ、壁ごと破壊して襲ってこられると元も子もないのだが。
コリュウは注意を払いながら廃屋の角を曲がると、ツバメが機敏かつ高速で走り回る生体兵器と戦っていた。