特定危険種、5
わたしは見ていた、あれが正面から突っ込んできたのを。
咄嗟に自分のエクエリを盾にしたが、その後は一瞬のことで分からなかった。
たぶんわたしはそのまま攻撃をもろに受けたらしい。
イグサは硬い地面の上で自分がどうなったのかを整理していた。
攻撃を受けたせいか体中の感覚がマヒし、すり傷だらけの腕や足の痛みが全くないその代わり頭を強く打ったのか多少の目眩と若干の吐き気がする。
あまり言うことを聞かない体を動かしゆっくりと体を起こすと、そこにコリュウもツバメのいなかった。
「……ここ、どこ。コリュー……ツバメ……」
体の痛みに耐え絞り出した声は誰からの返事も帰ってこない。
ゆっくりと耳に手を当てたがヘットセットは外れていた、目に見える範囲に落ちてはない。
思うように動かない手で胸ポケットを探す、携帯端末もどこかで落としたらしい。連絡ができない。
そういえば、地下にいると思ったがあたりがやたら眩しい、いつ移動したのかイグサは外にいた。
まだ基地のあちこちから黒い煙が上がっている。
転がっていた折れた木材を杖に立ち上がりぼんやりとあたりを見回す、何度も周囲を見るが全然イグサの頭に情報が入ってこない。
とりあえず服に着いた埃を払い落す。
自分のすぐ後ろには資材運搬用のトラックが横倒しになっている。
この杖の木材もこれの積み荷だろう。攻撃を受けた気に壊れたのかトラックのドアがはずれ足元に落ちている。
意識がはっきりせず、現状に自分の理解が追い付かない目の前の景色は現実かそれともどこかのタイミングで寝てしまって夢でも見ているのだろうか、とりあえず今目の前で大きな百足が何かを吐き出そうとしている、これは現実なのだろうか。
ああ、そういえばこいつに吹っ飛ばされたんだっけ……会いたくなかったなぁ、イーターとは……。
鮮血を浴びたような真っ赤な頭にエクエリを受けた無数の傷跡、戦いの傷か大顎の片方も折れている、くすんだ黒い光沢のある体、そこから生える無数の黄色い脚、二本の長い触覚を忙しく動かしている。
生体兵器を目の前にしても大した感情が襲ってこない、やはり夢なのだろうかとイグサは眠そうな目を見開き周囲の情報を集めた。
現在の居場所はあの丘の裏にある搬入口が見える駐車場。
コリュウと丘を登った時に戦車が止まっていた場所だ、この丘の向こうに宿舎や食堂がある。
わたしのいる丘のこっち側はやたら人が倒れている。
誰一人生きているようには見えないがそのほとんどが一般兵。
「何してたっけわたし……」
いろいろ考えた結果、頭が混線した。
戦う準備して……会議でて……タルト食べて……戦場跡地にいって……何してたっけわたし……?
何かを吐き出そうとしているイーターから目を離さず、ゆっくりと後ずさりすると外れたドアに躓き転んで横倒しになったトラックに頭をぶつけた、自分で考えてイーターから離れているのではなく無意識に頭でなく体が逃げろと言っていたからだ。
「ぁ……ぅぅ……」
杖にしていた木材を捨て、頭を押さえながら這ってトラックの裏側に回り込んだ。
イーターはまだ私がいなくなったことに気が付いていない。
あるいはこの程度の距離では逃げたと認識されていないのだろうか。
「……そうだ、戦ってたんだあいつと」
さっき頭をぶつけての衝撃か、意識が覚醒していく。
そしてあることに気が付いた。
「私のエクエリどこ?」
途端に今置かれている現状をすべて理解する。
エクエリがなければ生体兵器と戦えない、今のイグサは一般兵にも劣る生体兵器にとっての餌でしかない。
探さないと。
いまいるトラックの裏にはない、さっき自分が倒れていたあたりに落ちていただろうか。
ついさっきのことが思い出せない。
今見つかればわたしは何もできずに殺される、まだ数回しか大きなシェルターに行ったことがない、ここでこんなところで死ねない。
わたしの精鋭になった理由がこんな形で終わりたくない。
イグサは死ねない理由を作り抗う覚悟を決めた。
今、探すのがイグサのエクエリでなければ、地面に一般兵が使っていたであろうエクエリが落ちている。
一番近いのがここから全速力で走って、だいたい20歩前後。
あそこまで結構な距離がある、取りに行こうと走り出したとしたらトラックを飛び出て数歩で捕まるだろう。
現状イグサはここから動けない。
今できることはなるべく早く助けが来るのをただ待つしかない。
恐る恐るトラックの向こう側にいるイータ-を確認する、どこにいるか確認しておいた方がいい。
運転席側で都合よく落ちていた(割れていたが見えないほどではなかった)サイドミラーを拾いそれをそっと向こう側に伸ばす。
いない?
先ほどまで首? を振って何かを吐き出そうとしていたイータの姿が消えていた。
急いでトラックの反対側、荷台側の後部まで移動してそちらからも恐る恐る覗いてみる。
しかしこちらから見える視界のどこにもいなかった。
それもそのはずだった、イーターは現在横倒しになったトラックの上、イグサを上から身下すような感じで触覚を動かしながら観察していたのだから。
それに気が付いたのは手にしていたトラックのサイドミラーが自分を映したとき、その後ろに真っ赤な塊があったから。
「っっ!」
逃げ出そうとしてトラックから離れようとしたが、リターン、急いでトラックに戻り張り付く。
落ちているエクエリを取りに行こうとも思ったが、このままぐるぐる逃げ続けようと考えた。
しかし……。
右にはイーターの頭、左にはイーターの体と無数の足。
「アハハハ……ぐるぐる逃げようとしたら、イーターの背中にでも乗んないとダメじゃん……」
自分の思考に突っ込みを入れ、イーターの動きを警戒する。
イーターは触覚を動かしこちらを観察している。
どうもイーターもグールも昆虫型は攻撃をしない限りは、あまり好戦的に攻撃はしかけてこないようだ。
ただ好戦的でないだけで攻撃はしてくる、そもそも基地破壊してる時点で好戦的じゃん、何言ってんだわたしは。まだ頭がこんがっているイグサは自分の怪我を気にしながらイーターを見る。
イーターに動きがあった、トラックから離れていく。
それに合わせてまたトラックの陰に移動する、しゃがんだまま移動しさっき転んだ外れたトラックのドアを拾い上げた。
シシシシシ……
イーターからそんな音が発せられるとこちらに向き直る、そして動きが止まった。
落ちていたドアを拾おうとトラックの中央にいなかったことが幸運、イーターまものすごい速度で突進してきた。
そして、トラックの荷台の真ん中から真っ赤な頭が生えてきた。
衝撃でイグサはドアを持ったまま地面を回転する。
隠れるものを失った。
初めから隠れたところでバレていたが。
「やっ……」
二つに割れたトラックに戻ろうとしたがそれより先にイーターが突っ込んできた。
バチンと音がし、イグサはまた飛ばされる。
ドアと盾にしおかげか体が真っ二つにならなくて済んだ。
ぶつかって来た衝撃でドアから手を放してしまい、すぐにどこかに行ってしまった。
体当たりの衝撃から吹き飛ばされ宙を舞っているようにも思っていたが、速度が速くなかなか減速しない。
それに加えてさっきから腹部にかかる衝撃も消えない。
何かがどこかに引っかかったようだ。
数分後、突撃攻撃の際イーターの大顎に引っかかった腰につけたカバンが、長年使ってきた耐久強度に限界を迎えて、そのベルトがちぎれるまで、いくつもの攻撃を受け傷だらけの生体兵器の頭の上で振り回され続けた。
建物などに突撃しなかっただけ幸運としておこう……。




