戦場跡地、6
イグサが転がるように逃げ出す。
ツバメも早く二が出したいがもう少しここにいる必要があった。
「隊長早く、何やってるんですか!」
「ツバメ、腰抜けちゃったの?」
ツバメはポケットに手を入れ仁王立ちでのグールとのにらみ合い、着地してから奴はまた様子を見ている。
逃げ出したい、あのジャンプをもろに食らったら即死だろう。
あの足で踏まれたら即死だろう。
あの顎でかまれたら即死だろう。
頭の中で自分の死に方を想像する、表情の無い昆虫型は気味が悪い。
--おかしいな……さっき手を洗うついでに水を飲んだんだけど、もうのどが渇くカラカラだ、寒くもないのにブルブルと体が震える感覚など一般兵時代だったころ以来だ、少し懐かしさすら感じる。
そう考えツバメは軽く笑う。
基本的に生体兵器と戦うときは、死角に入るよう牙や爪にやられないよう側面に回って戦う、正面から生体兵器を見るのは遠くにいるときぐらいだ、ツバメは頬を伝う熱を感じながらもグールを睨みつける。
しかも相手は表情の無い昆虫型。
ダメージを与えたところで痛がったりなどしない不気味すぎる種類。
「隊長!」
「いいこっちに来るな、そのまま待機!」
奴が動かないならこちらから動く、じゃないと私泣きそう、ツバメは自分の頬を叩いて気合を入れなおし行動を開始するが、体が相当なストレスを感じているのだろう、目眩に吐き気もする。
ツバメは装甲車の上によじ登った、泥で滑るがそれほどでもない。
六メートルほどの崖にある装甲車の残骸、さらに高いところから彼女はグールを見下ろす。
周囲を一望でき見晴らしはいいはずなのに私はグールから目が離せない、息が詰まる、胸が締め付けられる、耳鳴りがする、足が地面に縫い付けられたようだ、上がらない曲げられない。ツバメは金縛りにでもあったような錯覚を起こしみるみる青ざめていく。
「こ、この装甲車に取り付けられているサーチライトより大きな目でしっかり私を見ろ、グール。わたっ……私がお前を殺す、精鋭朝顔隊隊長、アオゾラ・ツバメだ!」
声は震えていたが叫んだら心も足も軽くなりスッとした、これからなんかあったらとりあえず叫ぼうと勝手に自己完結しているツバメはグールの反応を見る。
そして彼女が動き出したようにグールも歩き出す。
しかし一歩、また一歩とあいつの場合は自分の死に向かって。
黄土色の体に深紅色のラインが二本、虎柄の縞模様の入った丸太のような太い脚、黄色い毛玉。
頭をあげ虹色に光を反射する目はこちらを見ている。
「隊長こっちに早く飛んでくださいっ!」
「はやくっ!」
コリュウがツバメの足元の装甲車の方まで車を下げてくれた、これで彼女はいつでも飛び移れる。
イグサが天窓のハッチを開けておいでおいでしている。
崖まであと5メートル、そろそろ頃合いだろう、もう目と鼻の先だ。
ツバメはポケットから手を出し天窓に向かって飛び降りた。
うまい具合に天窓をすり抜けイグサに受け止められ、広くない車内に倒れ込む。
「全力疾走!」
とツバメが叫んだころには、すでにコリュウが軽装甲車は急発進していた。
「何であんなことを!」
「無茶は、無茶はやめてください!」
身を案じ半泣きのイグサが首を絞める勢いで抱き着いてくるが、ちょっと今は邪魔とツバメは力ずくで引きはがす。
この速度だとあまり時間がない。
「この為」
説明している時間もなくツバメがポケットから手を出したとき一緒に取り出したもの携帯端末、それをあらかじめ操作しておいて、今が最後の操作。
端末の液晶に赤いスイッチの絵柄が出ているのでツバメはそれを強く推す。
直後、軽装甲車のはるか後方装甲車の裏で火柱が上がる。
「なッ!」
「きゃ!」
計10個の爆薬の一斉の爆発、その衝撃でいくつかの不発弾が誘爆した。
残り5個は仕留められなかった時の保険。
--これで死んだか? 最悪口の中にでも放り込んでやる。
衝撃でハンドルを取られた車が泥の相乗効果もあり大きくスリップしながら止まる。
「ぬぁ……!」
「ひぃ……!」
「くっ……!」
想像以上の大火力、ツバメは停止した車の天窓から外の様子を窺った。
それと先ほどまでツバメの立っていた装甲車が回転し部品をまき散らしながら飛んでいく。
三人はしばらくその場から動かなかった、ショックが大きすぎて思考が停止していた。
「無事かイグサ、隊長」
コリュウのそんなセリフで我に帰る。
「いちおう」
「ぁ……うん、まぁ怪我はないよ。ごめんイグサ、蹴り飛ばしちゃって」
「あ、そっか蹴られた、ん? 爆発したよ?」
混乱するイグサを残し外に出る準備を始めた。
「コリュウちょっとイグサを見ててやってくれ」
そういうとツバメは軽装甲車を降りる。
「今度はどこに行くんですか」
「死んだか確かめてくる、イグサのエクエリ借りるよ」
「いってらっしゃい、いててて。頭ぶつけたっぽい、たんこぶ出来た」
もう手足の震えは止まった、私は真っすぐ先ほどの場所へと戻る、生きていてもかなりの重症だろうあの距離で逃げきることはできないとツバメは大型のエクエリを持って崖に戻って来る。
ちいさな崖だった場所は、周囲に大きな亀裂を走らせ中央に大穴が開いている。
地面は非常に熱くなっていてブーツを履いていても途中から前に進めない。
付近の残骸を利用し、廃車によじ上ると爆心地をより詳細にみるため、双眼鏡を使う。
あたり一面、真っ黒に染まった爆心地そこにグールはいなかった。
「いない……?」
再び目眩と吐き気が戻ってくるツバメ。
--爆薬を仕掛けたことに気づき逃げた? だとしたらあの巨体、どこかに逃げた姿が見えてもいいはずだ。粉みじんに砕け散った? だとしたらあれだけ大きかったんだ、何かしらの破片が多少あるはずだ。どこへ? あれだけ大きいのだから……。
「隊長、グールはどうなりました?」
「やっつけた?」
イグサがツバメの小型のエクエリを、構え周囲を確認しながら足場の下から話しかけてくる。
周囲を警戒しながらコリュウもその後から追ってきた。
「いない……」
そう二人に伝えた瞬間。
「あ、上上! うえうえうえ!」
コリュウもイグサも空を指さす。
二人に言われツバメも上を見上げると空に撃ちあがった装甲車が今やっと地上に落ちてくる。
そしてどこか遠くに落ちてすぐ見えなくなってしまった。
そのあとから巨大な火の玉が落ちてくる。
空中でいくつか分裂し小さな火の玉になって落ちてきた。
火の玉が近くの地面に落ちると衝撃は大きな振動となり、私はバランスを崩し廃棄車両から転落する、イグサとコリュウ二人に受け止められる。
「あの爆発でバラバラにならなかった?」
「生きてます動いてますよ、まだ!」
火の弾は5本の足で立ち上がる。
全身黒焦げかと思ったが、下腹部から体の7割が焼けていたが腹の上の方やいくつかの目玉は元の色を保っていた。
「爆発直前に飛んだっぽいね。そのまま天国まで飛んで行ってくれればよかったのに」
「ふらいあうぇいしてくれればよかったのに」
満身創痍の生体兵器。
「でもまぁ、これで終わりだ」
イグサから借りた大型のエクエリを構える。
弾種を通常弾に変えると行動を封じるため足を吹き飛ばしていった。
立っているのが精一杯の生体兵器。
いとも簡単に足を捥がれ、動けなくなったところに容赦なく撃ち込みグールはその命を閉じた。




