勝利とは言い難く 6
痛めた手につかんだ銀色の筒を見ながらキッカは走る。
この筒がなんだかわからないが、体内に入れて使うことからおそらくは毒薬か爆薬。
使い方はすごく簡単で後はどうやって生体兵器の口から体内に入れるかだったがキッカには心当たりがあった。
血の混じったペイント弾、重装甲車に撃ちつけられたものがまだ乾いていなければそれを服にこすりつけ臭いをしみ込ませた物にこの筒を入れて食べさせる。
痛みで思考が停止していたがあの激痛を伴う薬で体の傷が癒えたことで、痛みが和らいで頭の回転も少し良くなったようだ。
そうなれば探すのはべったりついたルリたちの乗った重装甲車かペイント弾のそのもの。
登る黒煙を頼りに走っていくと大きなトカゲ型の生体兵器を発見した。
身を隠し様子をうかがう。
生体兵器はイガラシを追って門のほうへと進んでいくところで彼女には気が付くことはなかった。
その近くに重装甲車の姿は確認できず、無事にこの場から離れられたのを確認するとキッカは再び駆け出す。
重装甲車がいなくなったのでペイント弾そのものを探しに。
イガラシのひきつけた生体兵器と向かう先が同じ門側なので、イガラシの援護をしようか迷ったが手にした筒で早く倒そうと見つからないように残骸を陰にやや大回りに走る。
戦っている場所からすこし離れた門の前には車両だけが残されていて、付近にこの車両を乗ってきた一般兵の姿は見えない。
残された車両の中を探すが戦わないのにエクエリはしっかりと持ち出され、生物兵器との戦闘に使わないゴム弾銃などは雑に転がされていた。
「ここにいただけの人数がいれば、あのトカゲはあっという間に倒せたかもしれないのに……」
生体兵器を利用しようとしていた陣営に行っても仕方ないことだが、キッカは舌打ちをした後ペイント弾を探した。
しかしどの車両にもゴム弾と銃の本体はあるのだが、肝心のペイント弾はない、元より数は期待していなかったがここまで見つからないものかと何車両かの中をのぞいてもう一度舌打ちをした。
「……どこにもない、なんで? いざ追ってきたときの時間稼ぎに持って行ったの?」
この車両もダメかと降りたところで爆発音が聞こえた。
投げつけられた装甲車をまともに受け変形した相手側の重装甲車の燃料に引火したようで門の手前で大きな黒煙が上がっている。
手にした筒をもう一度眺めると、もう少しペイント弾を探しこれを使って生体兵器に食べさせるか、イガラシの手伝いをして何とかして彼に致命傷を当ててもらうか悩んだ。
どちらが最善か迷っていると背後から声がかかる。
「おわ、まだ誰かいると思ったらキッカさんじゃん。なにしてるの」
振り返るとゴム弾銃を持ったレイラが驚いた顔でたっていた。
「レイラ、なんでそんなものもってここに? 助けてもらってここから逃げたんじゃあ?」
「え、ああ……私、あの言っちゃうとスパイだったんで」
「スパイ、裏切り者ですか……ん? なんでそれを私に」
「いや、だって雇い主である私のご主人様は、今燃えてるあの装甲車に乗っていたんで」
「他の一般兵は?」
「みんなあの門の隙間から逃げ出しちゃいました。私も逃げようかと思ったんですけど、歩いて帰るより何か乗り物に乗って帰った方が絶対利口だと思ってあの怪物がここから離れるタイミングを持っていたんですけど、あの怪物こっち来ちゃってにっちもさっちも」
「それで、そのゴム弾銃で生体兵器と戦おうと?」
「いやいやいや無理無理、これはルリ様の乗った車両を撃てって言われたペイント弾が入ってます」
「ペイント弾! あの何かの血の混じったやつ!」
「はい、何かの血の混じったやつ? どうしたんですかそんな嬉しそうな顔して、これでキッカさんたちを狙おうとしてたんですよ?」
「それ貰える、今必要なの」
「別に使う機会もないんでいいですけど……こんなものどうするんですか?」
キッカは上着を脱いで地面に投げるとレイラからその弾を受け取る。
不思議そうな目でレイラが見ているとそれを上着に思いきり叩きつけた。
ペイント弾は服に当たって跳ね返る。
「割れない」
「……ええ、そうでしょうね。何がしたいのかわかりませんけどその程度で割れたらどうしようもないでしょう」
キッカは急いで転がっていったペイント弾を拾い上げるとレイラに返す。
「ちょっとこれを撃って頂戴! 急いでるの」
「わかりました、これ何してるんですか? フクラ家の使用人のあの人、どう知り合ったのか知らないけど、おじいさんなのにすごい戦ってるけど何者? 怪我した体で囮にでもなるつもり?」
早くとせかされゴム弾銃に装填しなおすと地面に脱ぎ捨てられた上着に撃つ。
べったりと赤い液体が付着した。
「ありがと、じゃあ私行ってくるから。レイラもさっさと逃げなよ」
それを拾い上げると丸めてキッカはレイラを置いて駆け出した。
「いや、逃げだせないから困ってるんだけど。私、どうしたらいい?」
レイラの困った声に振り替えることはなくキッカは黒煙の登る門の前に走っていった。