集まりすれ違う 9
ミチルはイガラシと無線機をいじっていた。
どこも傍受などされると思っていないのか通信が筒抜けだったため、裏をかこうとしている追跡者からさらにその裏をかいて町の中を逃げていた。
もっとも、国のなくなった今、敵国からの無線傍受などないし、宇宙開発も途絶えそれほどの長距離での無線を飛ばすことのできない。
部隊を編成しアンテナ車がシェルターの外に出て中継して初めてシェルター間の通信と前線基地への指示ができる。
そのため戦場では常に連絡手段となるアンテナ車を中心に戦闘は行われている。
「どうやら、我々を狙っているのは後ろをついてきている一般兵以外にもいるようですね」
「ええ、あのトカゲを鈴を鳴らして呼んでいる別のグループの一般兵でいるんですね」
「内容を聞いた限りではトラブルが起きたようですがね」
「自業自得です、生体兵器は倒すべき相手。利用しようだなんてとんでもない」
大きなアンテナや送信機などの電波や音波などは生体兵器を引き寄せる。
それを逆手に取り生体兵器を檻に入れA地点から解き放ち、アンテナ車のあるB地点へと誘導しその間にいる邪魔者を排除させているらしい。
魔都が生体兵器ではなく人間が住んでいた大都市だった時、町のシンボルとして何百メートルもある大電波塔が立っていて、それが数多の生体兵器を引き寄せ一夜にして壊滅した話は一般兵なら無線やアンテナ車の取り扱い時に基礎として教わる。
例外として精鋭の持つ端末や一部の無線機は近距離用の通信手段としてアンテナ車なしでも使えるが、携帯端末以外の無線機は本当に近距離用で主に小声での会話や周囲が騒がしく特定の人の声を拾う以外は無線機など使わず大声で話した方が早い場合が多い。
「やはり門は開けっ放しのようですね、それに気が付いて閉めようとしている」
「じゃあここから出られなくなるの!?」
無線機から耳を放しイガラシは地図を指さした。
「いいやもう門は見えているので閉まる前には出られるはずです」
「シェルターに帰ったらちゃんとした一般兵を集めて、生体兵器を倒しにここに戻らないと」
「気になるのですが、あなたはなぜそこまで生体兵器を気にするので?」
「ここ、私の家があったんです。お父さんが一般兵であの戦闘で……防壁の外で……」
「敵討ちですか? それで一般兵になったのだとしたら……おすすめはしませんよ。待っているのは戦闘の日々、気が付くころには私のような老人になっているのかもしれません」
「……大丈夫です。昨日今日で私が相手にしようとしているのはとても恐ろしいものだというのがわかりましたから」
「仕事探しに困るようなことがあればフクラ家へ来てください、きっと良い仕事を探してくれるでしょう」
「ありがとうございます」
オビシロシェルターを襲ったのは40匹を超える生体兵器の群れ。
まだ、シェルター同士が連合となる前の話。
お互いに連携が取れず前線基地もまばらでどこかでは発見したという報告が上がったが、このオビシロシェルターにはその情報は届かずその生体兵器を見逃し悲劇となった。
生体兵器は分厚い鱗で身を守り一般兵を蹴散らし尖った爪で防壁をよじ登った、シェルターの中に入ると手当たり次第に襲い食らい、精鋭や機甲部隊が近くに迫ると身を隠しを繰り返しついには中央区画への侵入まで許してしまった。
あの時もベースは異なるがトカゲ型の生体兵器だった。
彼女がこだわるのは形は違うが姿の似ているトカゲということもあるのだろう。
『門が、門が見えてきました。やっと出られますよここから、後ろ連れたままだけど』
運転手の嬉しそうな声が内線のスピーカーから聞こえてくる。
これで生体兵器からは逃げ切れるがそのあとはどうするか、シェルターに近づけは指揮車両として使われるこの重装甲車から通信を送り防壁の向こうに基地へと助けを呼ぶことはできる。
しかしそれで主犯格が捕まえられるかは別問題。
彼らがいる限りまたいつか命が狙われる、シェルターの統治者を狙ったのだすでに金では解決はできない、どんな手を使っても口封じをしてくるだろう。
『町と基地の境界線の壁が見えました、あれを超えれば数分もかからず外に出ますよ』
ほとんどのシェルターの門の前は生体兵器の奇襲の際や他のシェルターや前線基地への物資輸送や搬入がしやすいように基地になっている。
広い空間にぽつりぽつりと4階前後のコンクリートの建物があり防壁に沿って車庫や倉庫が立ち並ぶ。
まっすぐ走れば外に出られる、そう言っていたが装甲車は急に速度を落とし始めた。
「どうしたの? なんで速度落としちゃうの?」
「ルリさんの言う通りです、門は空いていて外に出られるのでしょう」
「ずっと走ってたから壊れちゃったんですか?」
ルリ、ツララ、セイショウが外の様子を見ようと車内をうろつきだす。
「え、まさかガス欠ですか?」
「何かしらのトラブルのようですね、私が運転席に行って聞いてきましょう」
子供たちを座らせ、代表してイガラシが運転席に向かった。
「何事ですか?」
答えを聞くよりも見た方が早かった。
前方には迷彩は違うが今乗っている重装甲車と同じものが止まっていた。
そしてその周囲にはジープやアンテナ車など装甲車両が隙間なく並ぶ。
ご丁寧にジープやただのトラックなどの脆い部分から強硬突破されないように前後に二列で。
門が閉じるまで時間がかかるからその間、代わりのもので道幅いっぱいに装甲車を並べてバリケードを作っていた。
もちろん速度が落ち広い空間に出たチャンスを後ろの装甲車たちが逃すはずもなく、あっという間に左右に回り込まれ囲まれる。
「厄介な状況になったな。怪我したキッカを医者に見せるどころか、俺らがここから出られるかも怪しくなったな」
カイセイが頭をかきながらポツリとつぶやいた。
逃げる道もなく装甲車はついには動くことのない横一列に並べられた装甲車の壁の前で停車する。
「これでここに籠城してどのくらい持つだろうか」
「そうですね……生体兵器対策としての重装甲もあり爆発物等の耐性も少しはありますが、視察やパレード用の対人用の車と比べるとオートロックなどのハッキングに対するセキュリティにいろいろ問題が。これは人ではなく生体兵器を相手に設計されていますから」
武器はツララが持ってきた競技用のライフル型のゴム弾銃。
近距離で撃てばかなりの殺傷能力を持っているが一丁では運転席、助手席、天窓二つ、横転したとき用の車体下にある非常出口二つ、観音開きの後部ドアの7枚あるドアのどこか一つしか守れない。
全ての車両が一代の重装甲車を取り囲んで停車すると動くものはなくなりあたりは静まり返る。
誰の声も聞こえず何の物音も聞こえない。
そんな時間が続いた。
しばらく。
すでに重装甲車が止まって数分が過ぎた。
それでも誰も出てこない。
「なんで誰もここに来ない?」
静まり返った空間でカイセイのその声は大きく聞こえ、その答えは後ろにいるミチルから。
「これ、前と後ろで別の陣営のようです。どっちも無関係な一般兵に見られたらまずいと混乱しているみたいです。どっちも人を殺そうとしているんですけど……お互いそれがばれるとまずいと思い込んで出方を探ってます」
不安気な顔をするツララの頭をやさしくなでながら、ミチルは空いた手で無線機操作し話を続けた。
「やがて利害がほぼ一致していることに気が付くでしょうけどね」
必死に考える大人たちを見てルリとツララはキッカの手を握ることしかできなかった。
考えども答えは出ず、外と同じように装甲車の車内も静まり返る。
その静寂は人の手でないものによって破られた。
大きな土煙、突然何の前触れもなくコンクリートの建物が崩れ囲んでいた装甲車は、運のないものを乗せたまま倒れ崩れた瓦礫に押しつぶされる。