集まりすれ違う 3
イガラシとミチルはつかず離れず生体兵器の気を引いていた。
オオトカゲはそれほど機敏な動きはできず、また五感も鋭くないようで建物などで身を隠せばそれほど苦労せずに逃げ切れる。
しかし背中の鱗はともかく腹部にもエクエリのダメージはさほど入らず、いまだ体液は流れてはいない。
「もっと、近づかないと……目玉とかの急所には当たりませんよ」
「そんな震えた声で言われましても。あなたはもう一度あのトカゲの前に接近したいですかお嬢さん?」
「いやです」
「そうでしょう」
年甲斐もなくいたずらっぽくイガラシが尋ねると顔を真っ青にしてミチルは即答で答える。
「それに倒す必要はないんですよ。逃げ回り先回り生体兵器を突っついて、私たちは気を引いていているだけでいいんです。ああ、昔を思い出す、あの時もこうやって気を引くのに専念した」
「だけどそれじゃあ、いつまでたっても倒せないのでは」
「今言ったでしょう倒す必要はない。スイレン家のご子息様をキッカさんに任せて逃がす時間を稼げればいいんです」
逃げて隠れて諦めたらまた出て行って攻撃を加えていると鬱陶しがり、尻尾を振り回し塀や木を破壊し崩して生体兵器なりにイガラシたちを追い払おうとしていた。
「もう数分あれの気を引いたら私たちもここから離れましょうか。精鋭から引退してもう何年もたっています、それに精鋭は隊で行動して生体兵器を戦うもの。一人で生体兵器の相手は自殺行為ですし、私も歳です、昔のようには動けない」
「あの生体兵器を放って置くんですか?」
「あなたは勇敢なんですね、態度と言動が真逆ですが……。そうですよ倒さずに放置して逃げます。知っているでしょう、生体兵器を倒すのには数が必要です」
その後もチクチクと嫌がらせ程度の攻撃をくらわせ、そろそろ逃げようとイガラシたちが生体兵器に背を向けたときだった。
どこからかパリンッと何かが割れた音がした。
静かな廃墟に響く音に生体兵器が反応する。
「今の何の音でしょう?」
「さあ……、何かが割れる音、でしょうかね」
その後数秒してからもう一度何かが割れる音が聞こえた。
「自然に聞こえる音じゃないようですね、誰かが意図的に音を鳴らしている?」
「何のために? こんな事したら……」
物陰から生体兵器のいる道路をうかがってみると、生体兵器の尻尾が音の聞こえてきた方向の建物の陰に消えていくところだった。
「これ以上の追撃は、学習され対策を練られるかもしれません。一度引きましょう」
力が抜けるようにへたり込むとほっとした表情で、ミチルは誰かが襲われるから助けないとといっていた。
エクエリをしまいそんな彼女をたたせて肩を組んで支えるとイガラシはその場から離れる。
周囲を一般兵に囲まれたキッカたちは屋敷の二階にある陶器を集めて装甲車へと向かって投げつけていた。
見つけた陶器をすべて投げ切るとキッカはルリのそばによる。
「なぁ、キッカ。こんなことしてどうなるんだ?」
「キカ、一般兵上がってきたけど」
「これでだめならどうしようもないです」
複数の足音が階段を上がる音が聞こえ、すぐにキッカたちは一般兵たちに見つかる。
ゴム弾銃の銃口が三人にむけられると窓から見える向かいの建物が大きな土煙を上げて崩れた。
そしてその砂ぼこりの中から大きなトカゲ型の生体兵器が顔を出す。
「来た! ルリ様、カイセイ様一気に逃げますよ!」
下では慌てふためきバラバラに逃げていく一般兵を見て、まだ安全だがいつかこっちに来るのではと取り乱す二階にいる一般兵たち。
キッカはそのすきを見てルリを抱えて一般兵たちの横をすり抜ける。
何人か彼女を捕まえようとしたが生体兵器が道路にとまっている装甲車のあたりまで来て、構えたゴム弾銃を下ろしどうやって生体兵器から逃げ切るかの話に変わった。
「今、壺とか投げてたのって、あれを呼んでたのかキッカ?」
「ええ、まぁ。私たちの命を狙ってきたんです、それなりに罰を受けると思ってもらわないと。でもミチルが倒していたらどうしようもなかったけど……生体兵器がここに来たってことは、やっぱりミチルは……」
階段を駆け下り外へ出る。
屋敷の外で逃げ回っている一般兵は誰もかれもがゴム弾銃しか持っていない、ここにいる一般兵は全員エクエリは車の中に置いてきてしまったのだろう。
装甲車には誰も乗っておらず大勢いるのに誰一人エクエリを撃っていない。
「誰もエクエリ持ってないな」
「生体兵器じゃなくて人を狙ってきたんでしょう、だから生体兵器と鉢合わせるだなんて夢にも思っていなかった」
「おいおい、シェルターから出たらエクエリは絶対に手放すなよ」
「修復中の廃シェルターの中で、防壁も直ってましたし安心してたんではないでしょうかね」
「また生体兵器から逃げないといけなくなったな」
「これだけ人がいますし、すぐ逃げ切れると思います。また走りますよカイセイ様」
ルリの手を握りなおすとキッカはまた走り出した。
「ああ、わかった。走ってばっかでおじさんにはかなり辛いな」
「私もつらいです」
カイセイとセイショウがキッカの後を追う。
後ろで聞こえる悲鳴を鼻で笑うとキッカたちはまた廃墟の町を走り始めた。
そういえばキッカが持ていたエクエリの存在を忘れてた。