家に帰る 4
生体兵器が追ってきていないとわかると一度休憩を取り、キッカたちは先に廃シェルターへと向かったルリたちを追いかけるため森を進んだ。
「私の名前はキッカ、スイレン家の跡取りのルリ様の護衛。あなた名前は」
「私はクラキ・ミチル。一般兵であなたたちの臨時の捜索隊、普段は32部隊所属もうすぐ前線基地へと向かう予定だった。で、私たちはあなたを探していたのに、あなたたちはなんで私たちを見て逃げたの!」
「こっちにもいろいろ事情があるの、あとで話すから」
「あなたたちを回収できていれば、生体兵器が来る前に撤退で来ていた!」
「いやいや、クラキさん。あなたが笛を吹いたから音に反応してあれが寄ってきたんでしょ」
「うっ……でもあなたたちを連れてすぐに逃げれば助かる人もいた! リーダーもみんなも私の仲間だったのに!」
「あのトカゲが追ってくるでしょうが、大きな声を出さない。死んだとは限らないし」
「私たちが死んだってお前たちは紙切れ一枚で済ますでしょ」
「何をそんなに私たちのことを嫌っているんですか」
「別に、安全な暮らしをしているあんたたちが羨ましいと思っただけ」
二人は時々後ろを振り返りながら緩やかな山の斜面を登っている。
ミチルは斜面をサクサクの進むが、キッカは近くに生えていた木に手を賭けながらゆっくり辛そうに足を引きずるように歩を進めていた。
「えっと、キッカさん……でしたっけ、大丈夫ですか? 茶色が勝ってますけどよく見ると髪の毛が白いですし若く見えますけど実は結構なお歳だったり?」
「……私は再来月までまだ未成年。ってそうじゃなくて、私たちは今日一日歩き通しなんです。礼儀作法と品の良さを日常的に作っている私たちと、一日無駄に体力づくりしているあなたたちとは仕事が違うのです」
「そういえば、そのスイレン家のご子息様は? さっき一緒にいたでしょう」
「崖の上で待っていてくれるはずです、あなたの回収で私たちが合流するの」
ミチルに肩を貸してもらいキッカは斜面を登り切り、達成感に浸ることなく崖の上について廃シェルターの防壁の壁沿いを歩きながらあたりを見渡した。
ミチルにライトを借りてあたりを探したが、廃シェルターの防壁の前には誰の姿もない。
「あれ、おかしいな……ルリ様は?」
「キッカさんだってあんなくたくたで登ったのだから、私たちが先に登り切ったとか。ほら、どっかで追い抜いたのではって」
「確かに、その可能性は……」
「ないですねぇ……足跡が二つ、こっちからあっちに伸びてるんだから置いていかれたんですかね? くくっ、あなた人望ないんですね、あるのは身長と胸」
二人は防壁の前で一度無言で見つめ合う。
そして……。
「五月蠅い!」
「羨ましい!」
ミチルとキッカはお互い取っ組み合った後、二人で廃シェルターに入れるような場所を探した。
フクラシェルターの中央、フクラ家のお屋敷の一室でイガラシがタブレットを眺めて眉間の皺を指先で押しつぶしていると、屋敷内を裸足で走る音が聞こえてきた。
「いったいなんて報告をすればいいものか、なんでこんなことのなっているのか」
そして勢いよくツララが入ってきた。
湯気の立つ白い肌にタオル一枚体に巻いて。
「ルリさんの新しい情報が入ったのですね、イガラシ」
「ええ、お話ししますので。落ち着いてください、お体のお湯を拭いて先に服を着てくださいませ、体が冷えて風邪をひいてしまいますし、はしたないですよお嬢様」
「待ってください、すぐ着替えてきますから!」
「かしこまりました、用意しておきます」
後から大きなバスタオルを持ったメイドたちが走ってきて、それにくるんで彼女を連れ去った。
ツララがいなくなるとイガラシはタブレットを操作して使用人の一人を呼び出す。
「やれやれ、また旦那様に怒られることでしょうね」
数分としないうちに呼び出されたマチはひどく不安げな表情でイガラシの元へとやってくる。
オロオロと落ち着きがなく顔を真っ青にしていた。
「呼び……ましたか?」
「そんなところで何をしているのですか? 扉の枠に捕まっていないで中へ入ってきたらどうですか、せっかくの冷房の冷気が外へ逃げてしまうでしょう」
「……こんな時間に……お話って何ですか? まさかこの間のことで、私クビになったり……ですか? 違うんです、いや、あの」
「落ち着きなさい」
「そんな、だって私、トラックはあれどあんなの運転したことなくて。しかも崖のそばまで、怖かったんです、ですから! 軽口はごめんなさい、軽く流してくださると思って……ですからそれだけは、今度機会があればはちゃんとしますから。クビにならないように旦那様に一緒に謝るの手伝ってください。でないとまたあの場所に、あの地獄に!」
「落ち着きなさい、そういう話ではございません。途中で道から外れ森に突っ込んだことでも嬢様の頭にこぶを作ったことを責めているわけではありません」
「じゃぁ、いったい何ですかぁ。私ここで働けないと一般兵にならないと働くところがぁぁぁ!!」
「はぁ……ツララ様が来ますから、それまでに鼻をかんで涙を拭きなさい。やれやれ、まったく」
「だって、だってぇぇぇぇ!!」
「また装甲車の運転を任せるだけです。いろいろ調べたところ、あなた以外にあの装甲車を運転できる人がいないのがわかりましたからね。元一般兵で戦闘中8回の失踪、戦力として弾かれ部署替えで資材回収藩の大型トラックの運転手をやっていた」
「ほんとぉに? 怖かったんです! ひっく、あれが襲ってくるのが、イガラシさんにはわからないでしょう。ひくっ、撃った弾を、すべて弾を避けて、まっすぐこっちにむかって来る、あの怪物を!!」
「運転手、やっていただけますか? 話はそれだけです」
「あい」
しばらくしてツララが戻ってくる。
数人の従者に満月のような金色の髪の毛を丁寧に拭いてもらいながら。
ツララの服は寝間着ではなく、動きやすい子供用の一般兵の制服。
「何かあったのですか? 今泣いていたようですけど」
「なんでもありません、ただの勘違いです」
「なんでもないです、勘違いでした」
ツララが戻ってくる直前でマチが落ち着いたことで話がややこしくなることはなかった。
「ではすぐに参りましょう」
「もう少しお待ちを、まだ準備できておりませんので」
椅子に座って立ち上がろうしないイガラシを見て、いてもたってもいられず行く先もわからないのにツララは彼の手を引いて屋敷の外に出ようとする。
「もたもたと何をしているのですかイガラシ? 早くルリさんのところへ! どこですか、保護されたのでしょう!」
「それがですねぇ……」
それきりイガラシは無言になりツララは彼が何か言うのを待ったが何も言わない。
「なんですか? なんですかこの間は?」
「見つかったのですが、直後生体兵器との戦闘があり気が付いたらまた行方不明になられました」
一瞬呆けたツララの顔が、怒りそうになったかと思ったら泣きそうになり結局怒った。
「なんでよ! 無事なんですよね! イガラシ、すぐにルリさんを探しに!」
髪を拭いていた従者を振り払いイガラシの前まで足音を立てて歩いていくと、眉を吊り上げて彼を見下ろす。
「そういうと思って運転手を用意しておきました」
「はい、用意されました。すぐに装甲車とってきます」
マチが転がるようにして部屋から出ていった。