捜索 2
イガラシは休憩室に置いてあるタブレットをとると、それをもってまたすぐに移動する。
ツララを不機嫌にさせるとあとあとまで根に持たれてしまうので、準備を早めないといけない。
護衛と車の手配が先で外出の許可を取るのは一番最後、おそらく彼女が外に出るのを旦那様は許しはしないだろう。
ツララに許可を取ったといった手前どうにかしなくてはそう思って歩いているとどこからか声がかかる。
強い口調で「おい!」と呼ばれ喧嘩だろうかとタブレットから目を離し周囲を見回した。
しかし誰もいない。
気のせいかとタブレットに視線を戻す。
「おい、そこの爺さん!」
再びの声、今度はしっかりと声の主を探した。
「これはこれは、ヒシザカ様のお坊ちゃま」
声の主は後ろにいた。
少年は背が低く、振り返った際に持っていたタブレットのちょうど死角に立っていたがために最初に探したときイガラシには見えなかった。
「スイレンの連中が行方不明なんだってな。お父様から聞いたぞ」
「おひとりですか、お父上様はどちらへ?」
親と一緒じゃないと行動できないほど子供ではないとはいえ彼一人で来たとは思えない。
「さっき案内されて二階へ行った。俺はその間ここで待ってるんだ」
「そうでしたか」
「ツララさんの役に立つなら俺も親父に頼んで探すの手伝うよ」
「それは、ありがとうございます」
その決定権を持っているのは彼ではなく彼の両親なのだが、イガラシは彼の機嫌を損ねないよう丁寧にお辞儀をする。
それに満足すると彼はどこかへと去っていった。
彼がいなくなったタイミングでその様子とたまたま見ていた使用人がイガラシの元へとやってくる。
「あのような子供にまで頭を下げる必要はないのでは?」
彼が離れたことを再度確認し彼女はそっと小さな声でイガラシに話しかけた。
「今だけを見ればそうかもしれません。ですが彼もじきに一つのシェルターの統治者になられる方、雑にあしらってしまったら我々が後々にフクラシェルターにいらない壁を作っていしまいます。連合は小さなコミュニティ、仲良くしていかないと存続は厳しいですからね」
「そういうものですか? あの子、昨日もあちこちで私たち使用人に強い口調で偉そうにものを言ってきましたので、あの子のためにも叱ってあげるべきだと思うのですが?」
「それで問題となってしまったら、よくてあなたのクビ程度、悪くてシェルター間での問題に発展するのでやめておくのが賢明です」
「わかりました、もういいですそれ以上聞きたくありません。それで、イガラシさんはなぜおひとりでこのような場所に? お嬢様なら先ほど上の階で見ましたが」
「そうでした。表を移動するのに大型の車両が運転できる人が必要なんですあなた、大型車の運転できますか?」
そういわれ首をかしげる使用人。
彼女はなぜ大型車両が必要なのかよくわからないまま答えた。
「え、ええ一応。トラックで買い出しに行きますので」
「ではあなたでいいでしょう」
そういうとイガラシは彼女を連れて歩き出す。
「何のお話ですか、これ?」
「あとは旦那様からの許可ですね」
腕を引かれ強制的に歩かされる彼女は疑問の声を投げかける。
「あの、何の話なんですか? イガラシさん、耳遠くなっちゃったんですか?」
「ああすみません、考え事を……どうすれば旦那様は外出許可を出してくれるかを考えていまして」
「えっ、外に出するのですか!? 私は嫌ですよ! 何でも捜索中に生体兵器が出たっていうじゃないですか!」
「ただの生体兵器でしょう、特定危険種ではないんですからそんなに嫌がることだとは思っていませんがね」
しれッといって見せるイガラシに彼女は大声を上げた。
「イガラシさんが今までどんな生活していたか知りませんけど、生体兵器ってだけでとっても危険なんですから!」
「一応気を引き締めておきましょう」
そういう問題じゃないですと声がぎりぎり廊下を響かない程度の声で抗議を続けたが、通路に人が見えたとたん彼女は黙った。
彼女もフクラ家の人間の一人、家の品位を落とさない。
他の使用人に案内されている軍服を着たふくよかな体系の男性とすれ違うと、二人は角を曲がってからまた小声で話し始めた。
「今の方は……」
「車庫のカギを開けました、あなたは車を屋敷の前へもってきておいてください。車は外に出るのですから装甲車ですよ、間違っても買い出し用のトラックを用意しないように……ところであなたの名前をうかがっても? 見かけはしても普段会いませんよね」
「あ、カイマチ・サチです。イガラシさん、買い出しと在庫整理、私たちの宿舎の掃除を任されてます」
「基本屋敷には近寄らない仕事でしたか、どうりで」
そこでサチと別れるとイガラシは重い足取りで二階を目指す。
イガラシはなんといって外出の許可をもらおうか、ツララお嬢様は大事に育てられた子だそう簡単に許可が下りるわけもないのだが、約束は守らなければならない。
車と運転手は見つかった、とりあえず応接室に待たせているお客様と旦那様を合わせなくては。
階段の手前でコンコンと廊下の窓が叩かれる。
音のほうに顔を向けると窓の向こうには昨日夜会にいた王都から来た精鋭の姿があった。
足を止め彼女のほうへ行くと窓を開ける。
「勝手に家に上がるのは悪いと、誰か来るのを待っていたのですが誰も来ないものですのでお庭から失礼します」
「どうかされましたか?」
「ええ、何やらトラブルがあったときいて足を運んできたのですが。皆様こんなところに集まられて、どうかなさいました?」
「これはこれは、すみません。ですが、王都の精鋭様が出ることはありません。こちらで解決できます」
「いえいえそんな、大丈夫です。私も捜索に加わりたいなと思いまして、王都の近くとはいえこの近くの地形に詳しくないもので。情報さえいただければすぐに帰りますので」
そういうと彼女は時折吹く風で乱れた髪を手櫛で直しながら柔らかく笑った。
祝一年。よくエタらなかった。