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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
5章 狙われた命 ‐‐日常へ帰還‐‐
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事故 4

 まだ風が強い中、ぬかるんだ足を取られながらも崖をのぼり多少息が上がるキッカ。

 体を鍛えているキッカですらぬかるんだ斜面を登るのに一苦労だというのに、転んだセイショウを助けに行くなど元気がありルリはあまり疲れていないようだった。


「キカ、大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。すみません、体力がなくって」


 不安定な泥の足場でルリの寝ている間にあちこち動き回っていたキッカ、レイラ、セイショウはすでにだいぶ体力を消費していた。

 ぬかるんだ足元はバランスを取らせるのに神経を使わせ、張り付いた泥は足を重し力を使わせる。

 ルリがトランクを受け取ろうとしたが主人にそんなことはできないと自分でトランクを持って斜面を登っていく。


「すみません、私たちを置いていかないでください」

「つかれた、つかれたー」


 後から追いつてくるレイラとセイショウ。


「……休憩する?」

「いいえ、早くいきましょう」


 ねをあげる二人を無視してキッカはぬかるむ山を登る。

 二人が疲れているようにキッカも疲労しているがそれを隠しルリ手を引いて崩れた山道を歩く。

事故のことスイレン家当主のこと伝えなければならないことは多い、それにスイレン家の従者たちやツララなど心配している者たちを安心させなければならない。


「あと少しで、道に戻れます」

「うん」


 もう少しで土砂崩れに飲まれなかった普通の道に戻れそうと思った時、歩いていた方向からグチャグチャと泥を踏む足音が聞こえる。

 だが人間の足音ではないことは低い鳴き声のようなものが聞こえた時点でわかっていた。


「まってキカ、なんか聞こえる」

「何でしょうこの足音」


 一定のリズムで聞こえる泥を踏む足音。

 二人の心音が早くなる。

 大きな岩に張り付くように隠れた。

 後から来た二人を黙らせそばに寄せる。


「…キカ、あれ……」


 少しだけ顔をだして音の正体をうかがう。


 それは大きなトカゲだった。

 大きさは10メートル弱、その頭はキッカの持っているトランクより大きい、深緑色の体には錆びた鉄のような赤茶色に黒い斑点がついている。

 首から背中には万年筆のような太さと長さの棘が生えている。


「生体兵器!? なんでこんなところに」


 進行方向から現れた、この場所にいるはずのないものが現れ判断が一瞬遅れるキッカ。

 一度見つかれば逃げ切ることは困難で専用の特殊な武器を使わないと戦うことすらできない、各シェルターの防衛線の内側にはいないとされている生体兵器。


 旅行用のカバンの中に小型のエクエリが入っているが、目にしたことはあっても手にしたことはないそれをここにいる四人は扱えない。


「ル、ルリ様、一匹とは限りませんし、そもそも殴る蹴るでは戦っても勝てませんし。一応聞くけどレイラ、セイショウ、誰かエクエリを使える?」

「いいえ、私は一般人ですからエクエリの使い方などさっぱり」

「無理です、私もできません。できません」


 彼女らは一般兵ではない。

ほとんどのシェルターでは職を見つけられないものあるいは探さないものは一般兵として徴兵される。

小さな町ほどの大きさしかないシェルターは働く場所も限られていてそのために職のない者それでいて、女性や子供など力仕事ができないものへの救済措置としてシェルター管理の清掃業や高層の使用人などの仕事が低い給与だが与えてもらえ、彼女たちは一般兵にならない道を選んだ者たち。


「ということです、逃げましょう、こちらにはまだ気が付いていないようですし、今ならまだ間に合います、とおもいますし、どこかに隠れてやり過ごしましょう。気づかれないように隠れましょう!」

「うん。……キカ落ち着いて。もう……隠れてる」


 普段と違いオロオロとするキッカはルリに引っ張られるように連れられ、彼女は顔を引っ込める。

 昨日の土砂崩れの後で大人二人子供二人が隠れるための大きな岩には苦労しなかった。


 音さえ気にしなければ岩陰に隠れながら移動することもできるだろう。

 二人は息を殺し、消せるだけ気配を消す。


 余り嗅覚が良くないのか泥だらけで人の臭いがしないのか、こちらには気が付かなかったようで生体兵器は崖を下っていく。

 濃い血のにおいがする谷の底、壊れた車の方へ。


「……行ったみたい。キカもう放していいよ? 苦しいから……」


 守ろうと強く抱きしめられキッカの胸元を強く押し付けられるルリ。

 無意識に力がこもって彼を抱きしめていた。


「あ、ああ、ごめんなさい。ご主人」


 ルリを開放し、付近に注意を払いながら立ち上がる。


「ご主人、あの生体兵器は下に行ったみたいだし……、今のうちに行きましょうか」

「なんで下に降りて行ったのでしょう?」


 何故下に行ったか疑問に思うセイショウ、生体兵器が下に降りて行った理由を彼女以外の全員が察していた。

 たとえ簡易的な墓を作っても堀り起こされただろう、今キッカにできることはルリを守ること。


「昔みたいに……ルリでいい……。キカ……久々に呼んでくれたし……」

「え? 私、ご主人のこと名前で呼んでいましたか?」


「うん……」

「すみません」


 ルリが小さいころにキッカはそう呼んでいた、ルリがキカと呼ぶのもその名残となっていた。

物心ついたころにカイセイがどこからか拾ってきた子がキッカ。


ルリの遊び相手として面倒を見て数年間ルリの住む屋敷で暮らしていたがある日キッカはほかのシェルターに移ってしまった。

その間キッカが何をしていたかルリには全くわからなかったが、一年ほど前に高層の人間を暴漢から守る護衛職について帰ってくる。

それも彼女はスイレン家の当主ではなくルリを守るためだけに雇われたという。


「メイド長にばれると敬意が足りないと怒られるので、内緒で」

「うん、……わかってる。言わない……」


 生体兵器が戻ってこないよう慎重に大きな音をたてないようにこの場を早く去りたいが、どんなにゆっくりと注意を払って歩いてもどうしても泥で多少の音が出る。

 そのたびに振り返って気づかれていないか確認するが生体兵器の姿はなく濁流が流れる川の音で、あるいは食事に夢中で向こうには聞こえていないようだった。


「ぁぁ……。そうだご主人、私たちはスイレンに戻るかフクラに行くか、ご判断はご主人に任せます。一応はフクラ側に今いますが対して距離は変わらないかと」

「ツララのとこ……」


 どちらに進んでも一番近くのシェルターまでの距離は変わらない。


「わかりました。では行きましょう、ご主人」

「キカ……名前で呼んで……」


「しかし……でもやっぱり……ほら、昔とは違いますし」

「……キカ」


「わかりました。ルリ様。では、まいりましょうか」

「うん」


 移動すると聞いてレイラとセイショウは嫌な顔をすると思ったが、二人は生体兵器を目の当たりにし今すぐにでもここから移動したいようだった。

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