事故 3
生存者がいることを諦めなかったレイラにもう一度近場の車の捜索をしてもらうと、しばらくして一番聞きたくなかった情報が手に入った。
シェルタースイレンの統治者、キッカたちの雇い主でありルリの父親の死亡が確認された。
「旦那様……、不幸中の幸いでしょうか、他の方たちと違ってきれいな死に顔……ですね」
「ぐずっ、だんなさま……」
落ち着き始めたセイショウがまた愚図りだす。
「……っ、こんなことって」
キッカも心に杭を打たれたような強い痛みを感じたが、前に進むことを優先的に考えた。
ーー旦那様が亡くなったのは悲しいですが、ご主人さえ守れたら、無事なら……一応は最悪ではないでしょうか……。
セイショウにルリを預けレイラの報告を確かめるため、キッカは折れ曲がった車の中で統治者だった者の骸を確認する。
本人であることを確認し落胆すると生存者を捜すのをあきらめ、レイラとともにルリのもとへと帰った。
「とりあえず私たちはどうすればいいのでしょう」
風で崩され雨でぬれた髪を整えながらレイラはキッカに尋ねる。
「近場のシェルターに一日ではつけないことも考えて、火を付けたりできる物があったりしたらいいのだけど、なさそう……ですか」
護衛の持っていた旅行用カバンの中には着替えと小型のエクエリ、そのバッテリーが二つ、あとはサバイバル用の道具が少し。
服が吸った泥水は冷たく手にした男性用の服なら着れるだろうとキッカは濡れた服を脱ぎ捨てる。
護衛の服はがたいのいい男性用の服だったが、肩幅以外は背の高いキッカに丁度いいサイズ。
ルリは目を覚まさずほかは同姓決断は早かった。
「今着替えるのですか?」
レイラが生存者を探す途中もう一つトランクを持って戻ってくる。
「こういった服は、動きやすくていい。少なくとも泥水を吸ったロングスカートよりは身動きがとりやすくなる」
水を縛り皺だらけになった脱いだ服をたたみながらキッカは、ルリを温めているセイショウのそばにしゃがんだ。
「いや、そうじゃなくて、まだ雨が降ってますし着替えるなら雨がやんでから着替えればよかったのでは?」
着替えてからでは遅い質問をレイラはする。
「……ほら、一応すぐにでも動けるように、土砂崩れのあった崖下にいるんです。今はまだ無理でも何時でも動けるようにしておかないと」
濡れた服が張り付く感覚が嫌で着替えた言い訳を一瞬で考えるキッカ。
彼女たちは何が最善かもわからないまま雨がさらに弱まるか明るくなるのを待った。
レイラを休憩させキッカが他に使えそうな物はないかと見て回りながら戻ってきた。
結局、火をつけられるものは何一つ見つけられなかった。
「ダメですね、私たち以外は本当に誰も生きてはいないようです」
「キッカさん、私たちはこのままここで助けを待ちますか?」
「だんな様ぁ……ひっぐっ」
「ご主人がこのまま起きなかったら私が背負いますので移動しますよ。さっきから時々小石が転がってきているので、また上から岩が転がってくるかも、できればもう少し安全なところへと移動したいのですが、ご主人が起きないとどうにも。背負って移動するには足元のぬかるみが怖いですし、荷物はレイラに持ってもらいますから」
「わかりました」
「ひっぐっ」
生存者は結局いないと判断しその後の捜索はこの場を移動するときのため体力を温存するため行わない。
先ほどレイラが見つけてきたトランクは誰かも着替えが入っていたが破損し中身が泥まみれになっていたため使い物にはならなかった。
ほどなくして雨が止んだので三人がかりでルリも着替えさせるとキッカが膝枕をして彼が起きるのを待つ。
崖の下に落ちたのは夜、レイラもセイショウも恐怖や不安よりも睡魔が勝り車に背をつけ二人は重なるように眠っている。
ルリの体温が下がらないようにさすりながらもキッカもうとうとと眠気に襲われていた。
「……寒いのでしょうか? それとも怖い夢を見ているのでしょうか?……大丈夫ですよご主人、私がそばにいますので……。ああ、ご主人の体冷たい……」
泥のついた髪をなでながらルリが起きるのを待つ。
しばらくするとも膝の上でぞもぞと蠢いた、ようやくルリが起きた。
「……キカ、キカ? 大丈夫?」
「んぁ……おはようございます、ご主人。起きましたか」
寝ている二人は起こさないように小声であいさつをする。
「……ここどこ? 父さんは……?」
ルリは周囲を見渡した、無残に壊れた車の残骸を見て一瞬固まった。
「えっと……その……」
「その、ルリ様……申し上げにくいのですが」
どう答えたらいいかキッカたちは答えに詰まる。
「……まさか……」
三人の表情を見て言いたいことを察するルリ。
振り返って父親の姿を探した。
「……一通り見て回りましたが、残念ですが私たち以外は……」
明確に死んだとはつたえなかった。
意味合いは同じだがなるべくショックを小さくするため気をつかったつもりで。
「そう……」
ルリのその声も無表情もいつも通りだったが、キッカにはそれがなぜかとても悲しそうにみえた。
「……切り出しづらいのですが……生体兵器がいないとしても、夜盗などの危険性もあるため、皆の弔いもまだですが、今日中にすぐにでもここを離れようと思っています」
「……そうだね」
「うん……ところでキカ……」
「なんでしょう?」
ルリは自分とキッカ交互に見比べ彼女と自分の服装が昨日と違うことに気が付く。
「……服?」
「ああ、ご主人のお洋服は泥水を吸っていたので乾いたのと濡れていなかった服に着替えを。私は背丈的に男性用の服のサイズでもあうので、濡れていなかった護衛の誰かの替えの服を見つけてそれを着ています」
「ご主人の服は替えがありましたので風邪をひかないように着替えさせました」
「……えー」
ルリの服も護衛の服の入っていたトランクにしまう。
ついでにその場で要らない物はすべて捨てていった。
「行きましょうか、ご主人」
「崖を登るの?」
「はい。ここは川しかありませんから、それもこの土砂崩れで川がせき止められるような形で。それもあり上に戻って道沿いに帰った方が安全に帰れますので」
「そうなの?」
「はい、疲れるのはここだけですのでお願いします」
寝ている二人を強引に起こすと立たせた。
呆けて寝ぼけた二人を一括してシャキッとさせると、トランク片手に主人の手を引いて崖をのぼりちゃんとした道に戻ろうとする。
「崖を登って道路に戻ろうと、あとはそこから道路沿いにシェルターを目指そうと」
「上ってどれくらいまであるのですか?」
レイラは車ごと落ちてきた崖を見上げる。
「私たちが落ちたのは結構上ですが、この上の廃シェルターから延びている道があるのでそっちへ。途中でシェルターにつながる道と合流しますので」
「……わかった」
ルリの許可を経て4人は移動を開始した。