事故 1
フクラからスイレンまで距離がある。
日が登る前に帰るには今夜中にここを立ち、水連家のシェルターへ帰らなければならない。
ルリの父親が統治者としてあいさつを済ませたらすぐに帰ることになっていて、挨拶が済むまでの間、ルリはキッカとその辺で時間を潰していることになっていた。
もっとも、その挨拶だけでそろそろ7時間を超えようとしていたが……。
キッカたちが屋敷から出てくると、そこにはすでに迎えの車が屋敷の前で待機していた。
生体兵器の攻撃にもある程度耐えられるように設計された遠くでも目立つ分厚い装甲版におおわれた車体、運転席と助手席の後ろに三人掛けの椅子が三つの11人乗りの大型車、運転席の後ろの座席をすべて倒して荷物が載せられる。
水連家のを含めてそれが何台も屋敷の前にとめられていた。
水連家特有の紋章の描かれた車両を見つけ一目散に駆け寄る。
ルリを抱えていたため護衛の男にドアを開けてもらい座席にルリを寝かせるとキッカの額に大きな雨粒が当たった。
あまり遠くないところで雷の音も聞こえどうやらすぐにでも、この季節特有の強風を伴った大雨が来そうだ。
「ドア開けてくださりありがとうございました。雨、降ってきたみたいですね」
「そうだな。あんたも大変だな毎回その子に付きっきりで」
「そんなことはありませんよ。適度に楽しくやらせていただいていますし」
「羨ましいな、こっちは毎日地獄みたいなもんさ」
護衛の男と軽く言葉を交わし、キッカもルリが冷たい風が吹いてきて雨で濡れないように素早く車に乗り込む。
また帰路の方から遠くの方でゴロゴロと雷の音が聞こえた。
「これは結構強くなりそうな予感がしますね。今夜はフクラで過ごすことを進言しましょうか? 夜ですしもうすぐ大雨、危険でしょう……」
「ああ、まぁ大丈夫だ、予定ではこのまま帰る手筈になっている。強風とかで倒木やがけ崩れで帰り道が塞がっていないといいな。速度が出せないから遠回りすると時間がかかって時間通りに到着しない可能性がある。俺たちの仕事時間が伸びる、給料変わらんのに」
「警護もいろいろと大変ですね。……でもやっぱり、雷雨の時は宿をとって……」
「大丈夫だ、それに統治者様はすぐにでも帰らなといけない仕事があるんだろ?」
「確かにそうですが……。ドア開けていただきありがとうございました。それでは」
護衛の男と別れるとすぐドアを閉め、車の中でルリに布団代わりに車にしまってあったタオルをかける。
「雨……ですね……」
数分後ルリの父親が遅れてきた別の車両に乗ったため顔を見ることはなかった。
それから護衛たちが乗り込み全ての車が準備を整えて出発するころには、すでに雨はかなりの大降りとなっている。
水連家はキッカ以外にも従者や警備をつけていて、数台の車にわけて乗り込み一定の車間で帰路につこうとしていた。
「もうじき出発ですか? あの本当にこのまま帰るんですか?」
「はい。そのように連絡が、お疲れでしょうキッカさんも眠っていてください」
「することもなさそうですし、そうさせていただきます」
運転手と言葉を交わしキッカも席に戻る。
来た時と運転手が変わっていた気がしたが気にすることもないだろうとルリの横に座る。
「うっ、ううん? しゅっぱつ? キカ……」
「ええそうです、ご主人が起きるころには家につきますから、ゆっくりとおやすみなさいませ」
そして車は水連領に向かって一列に走り出した。
ルリたちの帰る道、シェルターフクラとスイレンの間には一つシェルターがあった。
他のシェルターとの連携をとるきっかけとなった廃シェルターオビシロ。
シェルターが密集しているこのあたりで唯一災害種によって破壊されたそのシェルターは、周囲のシェルターに救援要請を出したが犠牲が出ると不満や人出が減るなどしてほとんどのどシェルターが無視をした結果に潰れた場所。
自分のシェルターは守ろうと飛び火しないようにどこもが精鋭を囲い万全防御の構えをとる中、スイレンとフクラ、出来て間もなかったグレンなどいくつかのシェルターから応援が来て災害種の討伐に兵を向かわせできる限りの手を尽くした。
シェルター自体は放棄されたが近場にシェルターが複数あったことで一般兵と民間人の犠牲者は最小限に抑えられた。
シェルターの跡地に流れる川を沿いって走り、山を越えると水連家のシェルターへの近道になっている。
川沿いといっても高い崖で川からはかなり離れており道も、元は防衛用に戦車を走らせていたほどに広く補正されているため大きな車体でも安心して通ることができた。
――この廃シェルターを越えたらフクラの防衛圏内を出ますね。ご主人にはもっとツララ様に対して積極的になってほしいのですが難しそうですね……。
キッカは不意に窓を見る。
外は暗く自分の顔が反射され写っていた。
しかしその奥、窓の向こうで、いや窓の向こうに何かいるような感覚を覚える。
――なんだろう…この違和感…何か、何か変。
キッカは狭い車の窓から周囲を確認する。
真っ暗で道を走る音と雨音しか聞こえず、大粒の雨で視界はかなり悪かった。
それでも暗い窓の外を凝視し違和感が何かをしきりに調べる。
「……んん、キカ? ……どうしたの?」
「……ご主人、すみません起こしてしまいましたか」
眠そうな声でルリが頭を上げる。
「……なにかあったの?」
「いえ、まだ何とも言えませんが、何かが気になってしまって……」
――なんだろう、この感じ…。
夜、雨、暗く狭い場所、心のどこかでキッカの苦手とする場所にいるせいかその不安は大きくなる。
そしてキッカはエンジンや地面のでこぼこ以外の揺れを感じる、いや感じた気がした。
「……これ、揺れてる!!」
キッカが悪路やエンジン以外の振動に気が付いて数秒後、大きな揺れと轟音がどこからか近づいてきた。
雨の中うっすらと確認できていたへっとライトに照らされている前方を走っていた車が不意に転がってきた大岩に潰される。
それを見てキッカが大声を上げた。
「土砂崩れ!」