夜会 4
キッカはルリがちゃんとツララと会話ができているか不安だが、距離的な問題とパーティーの音もありこの距離ではどんなに耳を澄ましても聞こえない。
ここはいったん落着き、遠くから様子を見守ることにした。
階段に腰をおろし頬杖をついて遠目から二人を眺める。
風が出てくると次第に強くなり草木が揺れはじめ雲の流れが速くなっていて、遠くの方で稲光も見えた。
じきに雨が降り始める、この感じだと降り始めると一気に強くなるなとキッカは雨が降る前に二人が返ってくることを祈る。
「おい!」
楽しげな声が聞こえる屋敷の方でおおよそその場に似つかわしくない、キッカの近くで誰かを呼ぶぶっきらぼうな声。
喧嘩かな? とぼんやりそんなこと考えたがそんなものに興味はない。
「おい、白髪の従者!」
そこで初めて呼ばれているのが自分だと気づきキッカは振り替える。
そこにはツララやルリと同じくらいの年ごろで、きりっとした顔立ちと気品あふれるきちっとした服を着た少年が、キッカを階段上から見下ろすようにして立っていた。
キッカは座ったまま階段の上にいる彼を見上げる。
少年はすごく不機嫌そうだった。
「えっと……私に御用でしょうか?」
「そうだよ、お前だよ、白髪。お前あいつの家来だろ、あいつ、ツララさんとどういう関係だ!」
彼が睨みつける先にはルリとツララがいる。
「申し訳ないのですが、どちらさまでしょう?」
なおも座ったままキッカは少年と話し合う、今の彼女はルリの護衛ではなくツララの応援団として。
階段を下りキッカの前まで来ると、彼は眉間にしわを寄せ今にも掴みかかってきそうな剣幕で問う。
「お前の質問なんか聞いてない。いいからさっさと答えろ。あいつはツララさんのなんだ?」
「えーと」
「何だ?」
「彼は……うちのご主人は……」
ああ、もう五月蠅いな。
二人の観察を続けたくて目の前に相手の会話に集中できず、逆に何か彼を追い払う手だてはないか考えていた。
正直水連家以外の者に気を使いたくはなかったが、それでは水連家に迷惑がかかる。
「あいつがなんだ?」
「うちのご主人は、ツララ様の恋人です」
「何!」
「もう見ていられない位のラブラブです」
「な、なっ……」
適当についた嘘(ツララが好意を抱いているため半分は嘘ではないが、むしろ時間の問題)は効果的だったらしく、彼はその場で口をパクパク動かしてしばらくすると肩をおとして去って行った。
まったく、二人がいいところなのに邪魔しないでくださいと、ふっと消えてしまいそうなその背中を見送った。
それから十数分後、二人はこちらにかえってきた。
「どうもありがとうございました、キッカさん」
「いえいえ、滅相もございません、ツララ様。ところでご主人はちゃんと会話で来てました?」
「ええ」
「キカそれ……どういう意味」
「ご主人はあまり人と話さないから心配なんですよ」
「キカといつも喋ってるじゃん……」
「私以外とは?」
「……ツララと」
ツララとキッカは、ルリはほんとに友人少ないなーと内心苦笑しつつ話を流した。
先ほどまで吹いていなかった風が吹きはじめ、キッカは従者としてルリの身だしなみを整え、そっとツララの風で崩れた髪を直した。
空はすでに薄い雲で覆い隠され。先ほどまで出ていた月もすぐに見えなくなってしまっていた。
「ツララ様、髪にゴミがついています、いま取りますので少し後ろ向いてください」
「お願いします」
ツララの長い髪からごみを払うとまた、いつでも言ってください、お手伝いいたしますと今度はルリに聞こえないようにツララにささやいた。
ツララは振り返らず軽くうなずきまた人払い、お願いしますねとルリに聞こえないように小声で返すと階段を上がり、ルリとキッカに振り返る。
「それでは、名残惜しいですけど私はこれで、他にも挨拶をしなければいけないのでこれで失礼します。またねルリさん」
「うん……またね」
「また」
ツララに別れを告げて彼女が再び人ごみの中に消えていくのを見届けると、二人も会場内に戻る過程で特に行くあてもなくふらついた。
「キカ、早く戻ろう」
「待ってくださいご主人」
ルリを追って歩いていると廊下の角から現れた女性とぶつかりそうになる。
「おっと、ごめんなさい」
「こちらこそよそ見をしていました。ごめんなさい」
不注意な従者に丁寧に頭を下げているのは長くきれいな艶やかな髪の女性。
「癖がなくてきれいな髪……」
「白くてきれいな髪ですね」
思わず第一印象をつぶやきあう二人。
キッカがぶつ回廊になった相手、ドレスなどに使用される高級な生地とは別の強化繊維の制服。
ツララの言っていた王都から来た精鋭。
艶やかな髪で美しい顔で物珍しい服でと何度も思わずキッカが見とれていると、彼女はルリを見て話しかけてきた。
「中庭で何やら楽しそうに話しているのを拝見してました。さっきのお嬢さんとあなたの雇い主のお子さんは仲がいいんですね」
「そうですね、あの二人はすでに友人以上の関係です。でも、よそから来た人にこれ以上は話せません」
「確かにでは別の話を、そうですね……では、あなたについてのこと。染めていない地毛のようですが、どういったストレスでそこまで髪が白くなるのか知りたいものです」
「それについても答えかねます。さすがに初対面の人にぺらぺらと話せるよな内容でもありませんので、ごめんなさい」
そういってキッカは王都からの訪問者から距離をとった。
ここからすぐに離れろ、よくわからないがキッカの本能が彼女は危険といっている。
少し歩いた先で振り返ると精鋭は何事もなかったように去っていった。