夜会 3
通路からでも中庭の噴水が見え三人は中庭を目指して歩いていく。
「聞いてください。私また射撃コンテストで準優勝を取ったんですよ」
「……すごいね、毎回」
「ご主人から聞いたことありますけど、何するコンテストなんです?」
「一般兵が何をしているのかを知ってもらうための交流会のイベントの一つで。簡単に言いますと、現役の一般兵ではない民間人がエクエリをもって的を習って撃つんです」
「……それって当たるものなの? どのくらいの距離」
「エクエリってあの生体兵器と戦うやつですよね? 普通の人が持ってもいいものなのですか?」
「一般兵が同伴しますからね、撃ち方のレクチャーもしてくれます。私は毎回参加してますから当たるのは経験と慣れです。それにうちのシェルターは生体兵器と戦う機会がほとんどありませんから、他のシェルターに派兵してもこういう時間が結構あるんです。距離は100メートルくらいでしょうか? 交戦距離らしいですから……たぶん人との」
「派兵うちにも来てくれてるよね、ありがとツララ」
「準優勝って商品とかあるんですか?」
ルリを中心に横に並んで喋りながら歩く、ツララは会う人会う人全員にお辞儀しながら。
キッカはツララとルリの距離を近づけるために話には加わりながらも一歩引いてついていく。
「キッカさん!」
広間を出て廊下を歩き中庭への出入口が見えたころ、不意に従者を止める声。
足を止め3人は振り返る。
声の主は真ん丸と裕福を形にしたような体系の男がたっていた。
従者は無言でルリとツララの背中を押す。
心配そうに見つめるツララをキッカは、アイコンタクトで先にいってくださいと合図し、ツララはそれにうなずき、その場にとどまろうとしているルリを引っ張って中庭へと向かう。
裕福そうなこの男、名前は忘れたが、近くのシェルターの前線基地を増やす軍系思考の人間で部隊を率いて生体兵器を蹴散らし安全区域をどんどん広げている。
シェルターの拡張工事であちこちのシェルターから大量に資材を買っている年々規模の大きくなっていくシェルターの統治者。
そんな男が、水連家の従者、キッカの白髪を物珍しがりその美貌と体つきをとても気に入り自分の家の使用人にしたいらしく、ことあるごとにキッカのことでキッカ本人や水連家の当主に金や待遇などで言い寄っていた。
水連家の当主も家によく仕えルリが懐いているキッカを他人に渡す気はなく、また彼女もどこか別の家に働きに行くなんて気は一切なかったため、毎回角が立たないように丁重に断っている。
「キッカさん、水連家の従者なんてやめてうちに来なよ、水連家の当主にそう頼んであげるからさぁ」
案の定いつものことだ、拒否しているのになんでこんなにしつこいのだろうと頭の中で首をかしげつつ笑顔のまま申し訳なさそうに答える。
「い、いえ、わたしは、命を救っていただいた水連家に御恩がありますので。申し訳ありませんが他に行くなんてことは考えてもおりません」
内心またこいつか、学習能力ゼロなのだろうか……と思いながらも、それを声や態度に表わさないように営業スマイルで相手をする。
ことを大きくしてしまうと水連家に迷惑がかかってしまうかもしれない。
「そんなこと言わずにさぁ。ほら、うちのシェルターなら生体兵器の脅威もないしものに不自由しないよ、どんなものでも手に入るし、うちにくれば大切にするよ、キッカさん。毎日贅沢し放題だよ」
ーーこの話も何度も聞いた。
たぶん次合っても同じことしか言わないだろう。
ああ早くこの場を離れたい……。
「少し酔っているご様子で、お水をもらってはいかがでしょう。あのっ、すみません、ご主人を待たせるわけにはいかないので、もう行かないと」
お辞儀をすると中庭に向かって小走りで走り出す。
実際は全力で離れたいのだが、周りの人を驚かせないよう走る速度を緩めてある。
「待ってキッカさん。渡したいものが……」
呼び止められるが、聞こえなかったふりをして振り返りもせずその場を足早に去ってツララたちに合流する。
彼女は一秒でも長くこの場から離れたい。
「待って!」
五月蠅い、しつこい! 私に構うな!! と思わず叫びそうになるくらいにしつこく呼び止められ振り返り、軽く会釈をして、また今度会いましょう、今は時間がないので……と会う気もないのに相手が今は満足しそうな言葉を発し、再び小走りで歩み去った。
ルリとツララはキッカの合流を待って中庭へと続く階段の途中で心配そうに不安げな表情を浮かべて待っていた。
「キカ、大丈夫?」
「キッカさん大丈夫でしたか? ご招待したのがうちなので、あまり大きな声では言えませんが、毎回毎回あの方しつこいですわね。あの方はうちのシェルターに多くの物と寄付をしてくれているみたいだから無下には追い出せないけど、あの人はどうも気に入らないですわ! それに、ムグッ!」
キッカは後半に行くにつれて、感情に力が入りだんだんと声が大きくなっていくツララの口を咄嗟に抑える。
「申し訳ございません、ツララ様。私のことを思って言っていただけるのはうれしいのですが、その……どうか、他の人に聞かれないような小さい声でお願いします」
「……そうですね、あなたにも迷惑がかかりますものね、つい血が登ってしまって…ごめんなさい。でも、何度もうだうだと遠回りに……っと、つい感情的になってしまって……自制しないと」
「私のことはいいですから。それよりもツララ様、うちのご主人のことですよ。私はここで見守っていますから、二人でごゆっくりお話をしてきてください」
出入口を振り返る、まだあの男が後ろにいるような気配を感じた気がした。
一応は追い払ったつもりだがまた現れると、邪魔されて厄介なので念のため距離を取るキッカ。
「え、ああ、そうですわね。え、でもそんな急に……ルリ様と居たのは今まであなたと一緒に三人でしたから、そんな急に二人きりは……その緊張しますわ」
「頑張ってください。ご主人と仲良くなるために、そろそろ私がいなくてもいいように次の段階にステップアップですよ」
「すてっぷ……」
「ツララさまとご主人との距離を縮めるには私が邪魔ものと思われます。ですから私はここで、そっとお二人を見守らせてもらいます。何かあったら呼んでください」
「わかりました…覚悟決めました、それでは頼みますわ」
屋敷と中庭とを繋ぐ階段を下りながら、一度振り返るツララは無言でうなずきルリの手をつかみ中庭の中央にある噴水へと向かっていく。