後日 2 終
暗い気分のままギンセツはとぼとぼとメモリの家へと帰った。
玄関を開けると廊下の奥からメモリが顔を出す、扉の外では気が付かなかったが家に入ると玄関先まで甘いにおいがしている。
「おかえり。遅かったな、ギンセツ。君、ちょっと味見をしてくれないかな、失敗の自信作だ! これから母様と父様のお見舞いに行くぞ、理由はよくわからないが一昨日母様は過労と貧血で倒れていたらしい」
「いいですけど……シアさんこれ、換気扇ついてますか?」
「あ、いや、忘れていた。作ることだけ考えていてうっかりしていた」
「危ないですから、換気だけはしっかりしてください」
慌てて台所の方に戻ると換気扇をつけ戻ってきたメモリが奥からエプロンを外しながら出てくる。
彼女の手には皿に入った黒ずんだクッキーがありどれもがボロボロに欠けていた。
得意げな笑顔で迎えるメモリを見ての、反応の薄さに彼の元気のなさに気づく。
「ん? どうかしたのか。珍しいな君がそんなに暗い顔をするのは? 呼び出されて怒られたのか、別のことか?」
「シアさん……どうしましょう。……精鋭になれって半ば脅迫じみた感じに言われました」
「せいえい? 君がか?」
「はい」
何のことかわからなかったようで一瞬眉を顰め難しい顔をしたが、何のことだかを理解しまた難しい顔をした。
「……一応、断ったのだろう?」
ギンセツは話した、シロヒメに言われた精鋭を増やす戦力増強のこと、推薦のこと断ると死の危険が高まるということ、さらには災害種との戦いで精鋭がどれだけ強いかと一般兵の自分がいかに弱いかなどを話した。
メモリは手にしたことに不満があったものの彼の話を黙って聞いていた。
「それで……断ってもダメだって」
「……ダメなのか、そうか……なら話は簡単だな」
全ての話を聞き終えるとメモリは一か月前には行動に移せなかった決断をする。
「どういうことです、僕が手足怪我しなくて精鋭にならなくてすむ方法があるんですか!?」
メモリならばギンセツが精鋭として戦わなくて済む方法を知っているかもしれない、あるいは利用するみたいであまりいいと思わないが高層の住人である彼女の力で何とかなるかもしれないと彼は期待した。
しかし、その期待は裏切られる。
「いいや。なに、私が君の隊の専属の整備士として鉄蛇で働けばいいだけのことだ」
解決にならずギンセツは思考が止まった。
言葉の意味は分かる、が何を言っているのかがわからない。
「シアさんが!?」
「なんだ、私が君と一緒に行くというのに不安か? 精鋭になる君が一人で心細いというなら私が支えてやらないとな」
「危ないですよ、一昨日みたいなことだってあるんですから!」
「あんなことはそうそうないさ。災害種が来たのはこのシェルターができて初のことだからな、だから非難はうまくいかなかった」
「でも戦闘はほとんど毎日のようにありましたよ、万が一シアさんが大怪我でもしたら……」
ちょっとした油断が命にかかわる。
仮にあの時ザンキが足ではなくその命がなくなっていたとしたら、彼女は同じことが言えたのだろうか。
「戦闘回数のは魔都が近いから仕方がないだろう、あそこは生体兵器の楽園だ。あの場所はいくら歴戦つわものな精鋭であっても入って帰ってこれるものではないさ。確認されている災害種はクラックホーネットの巣だがあそこには他に数匹の災害種と三桁近い特定危険種が住むといわれている、そんな場所の近くだ戦闘は避けられない」
またあんなことがあるかもしれないそう思うとぞっとする。
あの夜は戦いシェルターを守ることに夢中だったが数日たって冷静に時間をかけて考えると怖くて仕方がない。
戦いである以上人が死に身近な人間が血を流す生き残ることしか考えていなかったからこそその場で最善をと冷静に対処してきたが、ああいう戦いを何度も繰り返せというのは精神を痛める地獄でしかない。
そんな場所に彼女を連れていくなど。
「でも」
「それに鉄蛇に乗っての戦闘は楽なはずだ、君だってこの一か月いつも命がけだったわけじゃないんだろ。私は精鋭にはなれないただの整備士だ、だから君と一緒にいられるが君と一緒には戦えない」
思い出すのは暇だとわめきながら移動していた鈴蘭隊を最初に見たときの光景。
それと初戦闘の時の一発も弾が当たらないまま戦闘が終了したときの個人の強さの関係なさ。
「ですが……」
「君と一緒なら大丈夫だ。正面から戦うだけが精鋭じゃない、罠を張るもの、作戦を立て一般兵と協力をして戦うもの」
もちろんテストや精鋭のどこかの隊に一時的にでも入って、鉄蛇に乗らない精鋭として最低限の戦い方を身につけなければならないのだが。
「鉄蛇には人いっぱいいますけど話せますか?」
「君と一緒なら大丈夫だ、たぶん」
「……そうですねシヤさんと一緒なら、大丈夫ですね」
「そうだろう。さぁそうと決まれば、出かける用意をしよう。お見舞いに行く前にでこれーしょんを君に手伝ってもらった先日焼いたケーキを、コトハのところに届けないといけないからな」
「それ一つもらってもいいですか?」
「ああ、食べて感想を聞かせてくれ」
「あー、はい。とっても甘いです、どれだけ砂糖使ったんですか? これじゃ焦げますよ」
「なっ! 甘いほうがいいと思って少し多めにしたんだけど……どうしよう……でもせっかく作ったしな……」
暖かくなり日が出る時間は伸びているがまだ夜は冷える季節。
両親へのお見舞いの手作りのクッキーと友人へのプレゼント、それといつ帰ってくるかわからないので防寒着をもって二人は表へと出ていった。