戦いの終わり 3
人の入ってくる出入口は邪魔のなるということで二人の面倒を見ていたザンキは車いすが邪魔となり二階へ。
メモリとコトハは進行方向右側の入り口から離れた反対側の窓からいまだに安否不明の家族の不安を紛らわすため外を見ている。
するとコトハが何か見つけた。
「メモリン……ねぇあれは何?」
入り口から入ってくる一般兵を見ていたメモリは声をかけられ振り返る。
コトハの指さす先には数十匹の蜂、遠くからでもその形がわかるのだから普通の蜂なわけがない。
鉄蛇内の勝利ムードでにぎわっている声で、外にいる生体兵器の羽音は聞こえないがそこにはすごい数が飛んでいた。
「おそらく魔都に住む災害種クラックホーネットの兵隊だ……ほかの災害種がシェルターを襲ったときに、突撃準備を整えてほかの災害種がシェルターで暴れている間に漁夫の利で餌をかっさらっていく。昔、シェルターヒバチは精鋭がほかの災害種にかまっている間にそれで大きな被害が出て復興不能となって廃棄された」
「っていうことは、あれがこれからシェルターになだれ込んでくるの!?」
「……どうだろう……今日の戦闘で鉄蛇はだいぶ減ってしまったし、無いとは言えないな」
シェルターから一定の距離を取ったまま空中で止まっている新たな災害種、その数はさらに少しづつ増えている。
「なんであの場所から動かないの?」
「防衛用のミサイルがあるから……だと思う。それを警戒しているのなら、たぶんほかのシェルターでの実体験があるのかも」
「そんなのがあるなら、そもそも今回の災害種に使えばいいじゃない」
「無理だ。弾頭は気化弾で対地にも有効だが鉄蛇に乗せられない、一発の費用が頭おかしいくらいに高いんだ。対空用にシェルターの安全なところに固定砲台としてあって、そのミサイル一発で最新の戦車がダース単位で買える」
「……高い」
「空と飛んでなおかつ素早い生体兵器に使う最終手段だ」
「っていうか、今あそこでまとまってるんだから今撃てばまとめて……」
「だから、それをしないってことは射程距離外なんだろう」
二人が空を見上げていると突然クラックホーネットたちはその場で回れ右をして一斉に引き返していく。
そのまま戻ってくることなく数十の生体兵器は夜闇に消えていった。
「帰っていく?」
「そうだといいな、ウォーカーがシェルターに達せなかったから諦めたと考えんたい」
上ばかり気にしていた二人だったが、コトハが何の気なしに視線を落とす。
進行方向右側の出入り口から白蛇に乗り込んだギンセツとジガクは、すし詰めの車内を移動し少しでも空間の開いている場所を探す。
「混雑してんな、こっちから入って正解だったぜ。あっちからだったら順番待ちで、待ってる間に寝ちまいそうだ」
「でも足場なかったから自力で、這い上がらないといけませんでしたけどね」
「この白蛇はもうシェルターに帰るんだろ?」
「たぶんそうじゃないですか? 二階建ての広い列車内がこんなに満員なんですから、身動き取れないし戦えないでしょう」
「とりあえず隅の方行こうぜ、人間の体温で蒸し暑い」
「わかりました……あ、ジガク、あれあれ! あっち見て!」
金色のトゲトゲした髪の少女が人波をかき分けて駆け寄ってきた。
ジガクはギンセツの指さした方を見るが人が多く誰を指しているのかわからなかった、気が付いたのは彼女が目の鼻の先に現れてから。
「兄さん!」
「コトハ! なんでこんなところに!?」
大男だらけの歩く隙間もないような場所を強引に突き進み駆け寄るとコトハはジガクを有無を言わせず抱きしめ、彼は疲労もありその勢いを支えることができず壁際へと後ずさる。
コトハがいるのでギンセツはもしやと思い彼女の走ってきた方向に目をやると、人ごみの奥でうまく人を避けられずあたふたしている子がいる。
人ごみの奥に髪は短く帽子を被って男の子用の服を着ている子がいた。
ギンセツは誰だか一目でわかった、彼女はコトハのように強引に人を押しのけては前に進めないでいて一向に距離は縮まない。
こちらから人をかき分け右へ左へと通れそうな隙間を探しながら彼女のほうへと歩いていく。
そして二人を遮る最後の一人を押して力づくで場所を譲ってもらい、ギンセツとメモリはお互いの顔を見る。
「ギンセツ」
「シアさん……」
場所さえよければその再開はとてもドラマチックだっただろうが、それは周囲に汚れた中年男性に囲まれてなければの話。
「……おかえり」
「ただいまです……」
お互い短く言葉を交わすとそれきり無言となってしまった。
二人は黙ったまま鉄蛇は外にいた負傷兵を回収しシェルターへと帰還した。
戦闘のため連れ出したけが人は全て近くの病院や診療所へと運ばれていく。
人の流れに流されギンセツとメモリも白蛇から降りる。
「わ、わわ! ザンキ、え、え、ザンキあなたどうしたの!? この足!」
「ああ、すまない。この間ちょっとカッコつけようとして失敗した後だ」
その際に聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、駅にごった返す人の多さとどこから聞こえたのかがわからず声の主を見つけることはできなかった。
駅には戦闘に出ていた鉄蛇が先に帰って止まっており、その中にギンセツ達の乗っていたD・サーペントの姿もあった。
ジガクとも離れ離れになってしまい別れを言えないまま二人は駅の外へと出る。
霧の量は変わらず濃いままだったが長年シェルターで生活してきた感で家へと戻る二人。
駅から出てすぐにギンセツが沈黙を破った。
「シアさん、僕たちこのまま帰っちゃっていいんですか?」
「問題ないさ。シェルターに残って避難誘導をしていたものや鉄蛇に乗ったまま帰ってきた者たちがいるから、それらに任せるだろうと父様が言っていた。だから帰ろう、家にコトハと協力して焼いたケーキがあるんだ」
「え? シアさんが、手伝ったんですか?」
「君、いくら私でも怒るぞ」
並んで歩いていたメモリが立ち止まりギンセツの袖をつかむ。
「どうしました?」
「この一か月、ずっと君を待っていたよ。長かった、ずっと君に会いたかった」
「僕もです、ずっとシアさんに会いたかった」
ギンセツは向き直るとメモリを抱きしめる。
さらさらとした髪が顔にかかり彼女のシャンプーの香りがし、自分が生きて彼女とまた会えたと実感できた。
とたんに緊張が解け抑えることのできないほど体が震えはじめ彼女をびっくりさせたがしばらくすると彼女も抱きしめ返した。
「大丈夫だ、戦いは終わったんだ」
「わかってます……」
ぎゅっとお互いに強く体を抱きしめる。
「私の細工は役に立ったか? 使ってないか?」
「はいおかげで、あの霧がなければ死んでました。シアさんのおかげで僕はいま生きてます」
「ふふん、当然だろう。私の作ったものだからな」
「ありがとうございます」
お互い力を緩め離れるとギンセツが手を伸ばす。
「帰りましょう」
「ああ、帰ろう」
その手を握りメモリは歩き出す。