戦いの終わり 2
無事であるようにという彼女らの祈りを知らない二人は頂上まであと一息というところ、八岐大蛇の脱線した車両の中で休憩をしていた。
精鋭たちが囲まれていた場所だけあって、返り討ちにあった大型の死骸の密集率が高かったが車両の中は戦闘の跡などなくきれいで二人はエクエリをおろしてベンチに腰掛ける。
「帰ったら風呂だ……いやもう寝るぜ俺は」
「それ思ったんですけど、たぶん帰れないと思うんですよね僕たち」
ジガクがずっとエクエリを背負っていた方の肩を回し立ち上がると横の自販機で飲み物を買う。
「なにそれ、どういうことだよ?」
「鉄蛇が何両も破壊されて、怪我人も多い、災害種は倒したけどまだ潜伏している生体兵器もいるだろうし、それに僕らは軽傷でまだ他の人より動けるじゃないですか……最悪ほかの鉄蛇に乗って、ほかの鉄蛇が修理されるまで……なんてことに」
ギンセツはお金が足りなかったため、ジガクは一本のジュースを二人で分けた。
「知らん、俺はもう戦わないぞ!」
「僕だってもうくたくたでフラフラなんですから、嫌ですよ。帰ってぐっすり寝たいです」
「はぁ……災害種、倒したんだな……撃退とかじゃなくて」
「シアさんが言うにはシェルターを破壊する力を持った生体兵器、それをみんなで食い止めたんです」
僕らの力で守ったんですと付け加え、ジガクから渡されたジュースを一口飲むと彼に返す。
戦う前のことがあってかそれは炭酸ではなかった。
「あー、俺らシェルターを救った英雄だな」
「自覚や実感はあんまりないですけどね。とどめは鉄蛇ですし」
「俺らの活躍は、これから語り継がれるか」
「鉄蛇としてはあるかもしれませんが、個人としては難しいかも。僕ら二人で倒したっていうなら別ですけど」
「あんなん俺らで倒せるわけないだろ」
「わかってますよ、たとえ話です。小さな奴ですら僕らあんなに苦労してるんですから。あんな化け物じみた災害種を数人で倒せるわけないでしょ」
「それじゃなくても掃除用具入れまで追い詰められたときは死んだかと思ったぜ」
「そうですね、シアさんにお礼言ってください。今度は説明書も一緒にほしいって」
話をしながらバッテリーを取り換えるギンセツ、戦闘はないとわかっていても戦場にいる以上いつ何が起きてもいいように準備をする癖がついていた。
「はぁ、俺ら振り回した白い服の人とか精鋭って毎日あんなのと戦ってるんだろ? 神経疑うぜ。こんな戦い人生で一回、出来ればあってほしくないもんだろこんな戦い」
「確かに、死ぬかもしれないのにあんな楽しそうにしてるだなんて。あの時はどんな敵にも怯まない自信があって頼りにしてましたけど、よく考えたらすごく異常かもしれませんね」
「死ぬのが怖くないのかな」
「どうなんでしょう……直接聞いて見るしか……」
そういって二人は顔を合わせる。
「いやだよ怖い」
「同感です」
「さぁて、んじゃそろそろ上に行くか」
「そうですね。気が付いたらみんな撤退した後で置いてきぼりだなんて嫌ですし、シアさんが家で心配してるかもしれません」
飲み終えた缶をごみ箱に捨てるとジガクは大型のエクエリを背負いなおす。
ギンセツもエクエリを構えごみを捨てに行ったジガクより先に列車の外へと飛び降りた。
「家で待ってる人がいる奴はうらやましいぜ」
「ジガクだって妹のコトハさんがいるじゃないですか」
「あいつは災害種が倒されたって知ったら、布団引いてさっさと寝ちまうだろうさ」
「いや、きっと心配してますって」
車両から飛び降りたジガクが周囲を見て身震いした。
「どうかしました、トイレ? それとも殺しきれてない瀕死の生体兵器でもいましたか!」
「いいや違う、そうじゃない。さっき精鋭の話してて思ったんだけど、なぁギンセツ。この辺転がってるやつみんな精鋭が倒したんだよな」
全ての目を潰され頭に大穴の開いたギンセツ達が相手をした2メートルほどの大きさの倍近くある赤黒い蜘蛛の死骸を見ながらジガクが後ずさりする。
「たぶんそうですけど、それがどうかしたんですか?」
「あの場にいた精鋭って何人?」
「鈴蘭隊が3人でしたから一隊それくらいとして、鉄蛇に一人ずつ乗ってて、D・サーペント、その前にいたE・アジ・ダハーカ、下にいたC・青龍、A・八岐大蛇それと暗くてよく見えなかったけど何両か、たぶん八隊かそれくらいだったと思います……それって、うわぁ……」
屋根から垂れ下がる数匹の黄色と黒の百足の体を見ながら、ギンセツはジガクが言っていることを途中で理解する。
「普通に考えて三人一隊、八組のだいたい二十四人でこれだけ倒したってことだよな……」
「うわぁ……」
山の上で赤黒い蜘蛛が来た時やられないように戦うのが精いっぱいで、下から増援が着てようやく倒すことができた。
「特定危険種というやつかもこの中にいたんだろ?」
「うわぁ……」
鉄蛇という安全圏で戦っていたがためにあまりギンセツは理解できていなかったが、安全に生体兵器一匹倒すのに十人一組、それでもけが人が出ることがあるという話。
「うわぁ……これ僕らいなくても、もしかして勝てたんじゃないですか?」
「そんな気がするから、なおさら怖いな。怪我し損だぜ、重傷者が浮かばれない。ほんと、人間やってることがじゃないよな」
「そんな人たちと同じ戦場にいたんですよね僕たち」
「でも、怠そうに当たり前のように戦う姿はかっこよくはあったよな」
黙ってうなずくと、もう一度ギンセツは車両を囲む二十を超える生体兵器の数の死骸を見回した。