戦いの終わり 1
地面を跳ね回る蛾を蹴散らし、地面に散らばった食料を避け、線路脇に弾き飛ばされた残骸を乗り越え、見渡す限りに転がっている生体兵器の死骸が突然動きださないか怯えながら斜面を下る。
ギンセツ達が走る横に斜面は一部だけ大きく抉れた場所がある。
災害種、ウォーカーが転がった後。
斜面に太い脚先が地面に深く刺さっているところを見ると転がるのを力ずくで止めようとしたのだろうが支えきれなかったのだろう、その脚には体が付いていなかった。
「こりゃ、一番下まで転がっていったな。笑える」
シロヒメが鼻歌交じりに明かりの全くない坂を全速力で降りていく。
「走る俺らからしたら一番下まで降りなきゃいけないなんて、笑えないんですけど」
「足元暗いからしっか見て走らないと、足滑らせて僕らも一番下まで転がって行ってしまいますよ、って危ない!」
言ったそばから足を滑らせ前のめりに倒れようとするジガクの襟をつかんで、後ろに引いてしりもちをつかせ転がっていくのを阻止するギンセツ。
「こんな、角度の坂危なくもなんともないでしょ」
「精鋭の人から見たらそうなのかもしれませんけど……」
「というか、ほんとに俺らは必要なんですか? 他の精鋭の人も坂下ってますし必要ないんじゃ」
「いい、私のエクエリ小型だからあのおっきいやつを相手するのはちょっと火力不足なの。かといって私が大型を持って走りたくなんてないし。だから大型のエクエリを持っている君らをつれていけば、自然とそこに大型のエクエリがあるわけじゃん」
「俺らが持ってるからじゃん」
「その通り。本当はどっちか一人でよかったんだけど、二人いたし私の好みで一人選んでもよかったんだけど、それじゃあ選ばれない方がかわいそ……いたいた、二人とも構えて」
坂を転がり切った巨体に纏っていた金属の鎧はなく、脚は折れ、鉄蛇の衝突個所に大きな亀裂が走り、裏返った体は角が地面に刺さっていて蜘蛛の脚の刺さった体からは黄緑色の泡が噴き出ている。
「まだ、脚が動いてるぞ」
「でももう、あの鎧はない。今なら」
「撃て。ほら、あの災害種をぶっ倒して自分の家を守りなよ」
二人は大型のエクエリを構えると引き金を引く。
バッテリーの残量がなくなるまで。
走るのをやめ足元に気を付けながらゆっくりと坂を下りると、すこし離れたところで立ち止まり様子を見る。
「……動かない、終わったのですか」
「あいつ、もう死んだのか」
「たぶんそうらしいね。お疲れ、よく頑張ったね」
あとから来た他の精鋭が交戦距離の外から攻撃を加えるが、災害種の残った脚は動くことはなく鎧のとれたその巨体に次々と穴が開きドロリとした体液が流れ出た。
「あー、死んだ。じゃあいいや、君らは必要なくなった、お疲れ迎えが来るまでその辺で休んでな。私はあいつの上に登ってくる」
振り回すだけ振り回しシロヒメは、山を降りてきたほかの仲間とともに動かなくなった災害種の元へと向かう。
彼女に置いていかれた二人はその場で呆然としていた。
「うわぁ……シアさんより雑に振り回された」
「ほんと俺ら何しに走ったんだこれ」
その後二人はその場にしばらく突っ立っていたが、やがて坂を上り始めた。
「終わったんですね、ギリギリで……ギリギリのところで」
「終わったって実感ないけど、じゃあ帰ろうぜ。この斜面登らなきゃならないけどよ……エクエリが重い……」
「ほとんど一番下まで下ってきましたからね……足がくたくた……迎えきてくれないかな」
「線路がこんなんじゃ、鉄蛇これないだろうなー。っていうか俺ら孤立してるけど精鋭のそばにいた方がいいんじゃないかこれ」
「いてもすることないですし、この斜面にいるのも全部死んでるみたいですから上に帰りましょう……あの場所まで」
二人の目指す山の上の方がふいに明るくなった。
暗い足元を見ながら歩いていた二人は顔を上げ光の方向を見上げると、鉄蛇が一番上の線路まで来ておりサーチライトで下に転がる災害種を照らしていて負傷者の回収を行っていた。
線路が破壊された場所があるので戦っていた一般兵たちのいる場所より一定の距離が離れていたが、戦いつかれていた一般兵たちは迎えが見えたとたんに元気になって迎えの鉄蛇を迎えに行った。
「迎えが来たぜ、遥か上に……」
「それ言うのやめましょうよ、気と足が重くなります……」
ギンセツは時折足を止め周囲を警戒しながら歩いていたが、ジガクはそんな元気もなく疲れた顔で上を目指してまっすぐ歩く。
動ける怪我人を乗せた白蛇は戦場へと来たがすでにその場所での戦闘は終わっており、生きているのを喜び合っている一般兵たちの元へと向かう。
戦闘用の鉄蛇でないため左側の戦闘用の壁が開くシステムはない白蛇、しかし両側に窓が付いていて進行方向右側の窓から身を乗り出しメモリとコトハはそれぞれ別の人を探す。
「ギンセツは? ここから見つけられない、ここにはいないのか?」
「兄さんもいない。あの、メモリンのお父さん、メモリンと降りて探しに行ってもいいですか?」
コトハが後ろでまともに立つことのできないため移動用に車いすに座っているザンキの方を振り返る。
「ダメだ、エクエリを持ってない二人はここで待機。まだ戦闘中だしここは戦場だ、乗るのは許したが勝手に降りることは許さない。あの二人ならきっと無事だからおとなしくここで待ってろ、周りの安全が確かめられるまでここを動くな」
「でも、どこかで怪我をして動けなかったら? 動ける私たちがいかないと!」
「メモリンの言う通り!」
「ダメだ」
「なんで!」
ザンキは聞き分けのない彼女たちに拳骨をくらわす。
コトハはなぜという顔をし、メモリは日ごろ滅多に感じない痛みを受け目に涙を浮かべ父親をにらんだ。
「ここでおとなしくしていろ。子を持つ親としてと一般兵として言うんだ聞き分けなさい」
強めの口調で言われ二人は何も言い返せず、納得のいかない表情のまま黙り込む。
そしてお互い手をつないで無言のまま窓の外を見る。
彼らの無事を信じて。