防衛線 9
何度も死ぬような状況に会い逃げるに逃げられない絶望的な状況下に立たされ、生体兵器との至近距離の戦闘を怖がっていたジガクをはじめ一般兵たちの心は麻痺していた。
ウォーカーは精鋭に見向きもせず山を登りだす。
精鋭も黙って通らすわけもなく目の前の敵を牽制しながらその巨体の後ろ姿に攻撃を加える。
しかしひるむことなく災害種は山を登っていく。
「おいおいおい、災害種がこっちに来るぞ」
大型のエクエリを構えるジガク、その指先に震えこそあるものの重たい銃身を登ってくる災害種へとむける。
交戦距離より遠いが黙ってみているわけにもいかず、一般兵たちはエクエリをこちらへと向かってくる生体兵器たちに撃ち続けた。
「なんだよ、なんで止まらない。これだけ撃ってるのに!」
災害種の目立つ巨体に弾は吸い込まれるように当たる、しかし効き目があるようには見えない。
「あいつどれだけ硬いんだよ!」
「ジガク、横から足が速いのが回り込んできてる」
災害種でなければ先ほどの脚が長い蜘蛛みたいに単体で来てくれれば数の力で何とかなる。
しかし向こうの数が多い場合は敵によけられる場合があるし、戦える人が減ればそれだけ相手が有利になっていく。
二人は横から登ってくる生体兵器の対処に向かう一般兵と合流した。
「冷蔵車はいつになったら動くんだ?」
「あれは外部に操縦レバーがあるから簡単に人が触れられる。だから悪用やいたずら防止で動かせないように鎖と錠で縛ってあって、カギを誰も持ってないからピッキングしてる」
「力任せじゃダメなのか?」
「人の力じゃどんなに頑張っても無理だと思う」
登ってくる前に数を減らそうと撃つがその速度は一向にゆるまず、一番狙いやすいはずのウォーカーにはどれだけ攻撃してもまるでダメージが入らない。
生き物である限り絶対の効力を持つ大型のエクエリの弾が通じない。
「なんでもいいから急いでくれよ、災害種の横に十匹くらいでかいやつが付き添って登ってきてるんだから!」
「冷蔵車の一番先頭の奴は鎖の錠は外せてたのに、動作確認なんかしてるから……もう過ぎたことだし、いまはあいつを倒さなきゃ」
道にD・サーペントのいなくなった後には剥がされた装甲や砲台が落ちていた。
鉄蛇の屋根から剥がれ落ちた砲台、砲身は落ちたときに折れ曲がりそれ以外の箇所も破損していたがジガクは近づき砲台についている追加装甲を取り外す。
「これを持ってけば盾になるぜ、これ以上ミイラにはなりたくはないもんな」
さんざん掃除しただけあってジガクは壊れた砲台から装甲を素早く取り外すとそれを服の中に入れる。
「重くはない?」
「ちょっと重い」
「邪魔になるようならすぐに捨ててくださいよ」
回り込んできた生体兵器が線路まで上がってきて一般兵を見て構えた。
人の倍はある大きさの乾いた血のような赤い蜘蛛が数匹登ってきた、顎からは涎のような体液がしたたり落ちている。
「来た! ジガク準備は」
「数がいるな、大丈夫だ!」
「初日とは別人みたいですね、あの震えていたジガクはどこへ」
「慣れだよ、こっちは何回も死にそうになってんだ。でも手の震えは止まらねぇ」
音を出す器官があるのかキュウキュウと鳴き声を上げ仲間同士で会話のようなことをすると、ギンセツ達と向かい合って一塊から横一列へと移動し一匹一匹の間隔がどんどん離れていく。
「このまま広がられると取り囲まれかねませんね」
「死角もできるし狙いを変えるのがつらくなるな」
相手は一般兵なら十人精鋭なら一体で一匹を相手にする生体兵器、ギンセツとジガクは鉄蛇で戦っていた時のように無意識に近場にいた一般兵と三人一チームを作る。
駅を出て動ける負傷者をつれ戦場へと向かう白蛇。
一人の男性が二人の子供に支えられ椅子にゆっくりと座らされていた。
「誰かと思ったが、まさかメモリだったとはなぁ。いや驚いた驚いた、随分と髪が短くなってたんで一目じゃわからなかった。短い髪もかわいいぞ、また背が伸びたんじゃないか?」
「今そんな話してる場合じゃないだろう」
ザンキが帽子の上からメモリの頭を強くなでるとそれを嫌がってコトハの後ろに隠れた。
「あの、足大丈夫ですか? メモリンのお父さん」
遠目から少年っぽく見えるコトハと男装したメモリは咄嗟に救急箱を渡され、片足を失ったザンキの補助をするという位置づけで何とか鉄蛇に乗せてもらえた。
誰もここに一般人の少女が思ってもいない。
「ああ、痛み止めは打ってあるから数時間は大丈夫だろう」
「出血は止まらないようだけど、私たちが包帯を変えるのは無理だぞ。足があれなんだから断面を見せられるのはごめんだ」
ザンキの膝下を失った足の包帯からは少し血が滲んでいた。
「で、怪我したのはいつ?」
「この間だ、二日三日前。二人の前でかっこつけようとして、そのかっこよさを後日ギンセツ君がその話をお前にすると思ったが、まぁ……なんだ、失敗したんだ」
メモリと話しながら戦闘の準備を整えるザンキ、コトハは横で二人の会話の邪魔にならないように座って話を聞いていた。
「かっこの悪い」
「だな」
「母様は知って?」
「どうだろう、俺が戻ってたことを知ってたら、赤ん坊抱いてお前を引きづってでもここから逃げ出してたかもな」
「何よりも家族な人だから、過保護なところが鬱陶しかったけど……赤ん坊? 誰の子なんだ?」
「ハクアから聞いてないのか? お前に妹が生まれたんだ、お姉ちゃんだぞ」
「はい!?」
タイミングがタイミングで戦地へ向かう鉄蛇の中で喜んでいいのか驚いたらいいのか、黙っていたことに怒っていいのか拗ねていいのかメモリの混乱の仕方は奇妙なものだった。