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暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
4章 存在価値の低い者への徴兵 ‐‐霧の結界と駆ける要塞‐‐
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防衛線 8

 精鋭がいなくなった後、残った一般兵たちはとりあえず最後尾車両である冷蔵車両まで移動してきた。

 誰の顔も暗く重い空気をまとったまま各々戦闘の準備を進める。


 鉄蛇の後ろに三両ある冷蔵車両は戦うために設計されたいない保温しかできない薄い装甲と匂いを放し生体兵器を寄せ付ける食料が乗っており、最後尾にあるため食料を囮としていざというとき切り離しができる。

 外に出ろという指示だったような気がしたが、誰一人勇気を出して生体兵器がどこにいるかもわからない列車の下へと出る気はなかった。


 人が減ったといっても一般兵たちは外についている廊下には入りきらず、寒い冷蔵庫の中へと入る。

 荷物が積んであっても最低限自立して走れる設備がある冷蔵車は、鉄蛇に取りつかれた先ほどのことがあったのに生体兵器との戦闘の後はなく静かなものだった。


「やっぱ冷蔵車寒いな、防寒コートは歳の順で取り上げられちまうし。こんなところに長居してると手がかじかんじまうぞ」

「確かに寒いですね、早めに移動した方がよさそう。かといって降りたくはないし、屋上にも出たくないですし」


 生きて帰れるかもという唯一の希望がいなくなったことで一段と落胆の表情を浮かべ、どこからかすすり泣く声や暗いうわごとが聞こえてきたる。


「ここまで来たけど、この後どうするんだよ……災害種はもうすぐそばまで来ているんだろ、戦いまであとどれくらいなんだ……」


 ジガクが恐る恐る覗き窓に近づくと開けた拍子に生体兵器が飛び掛かってくるのではと周囲の一般兵たちが数歩後ろに下がった。

 それに驚き、彼も窓から下がったため結局扉は閉まったまま。


 一人また一人と緊張から少しずつ黙りはじめ全員が張り詰められていった結果、連絡用の電話が鳴った時、荷台の大人たちの間で小さなパニックが起きた。

 誰も通話に出る様子がなかったのでギンセツが受話器を取る。


「はい?」


 通話の相手はこの一か月さんざん聞いてきた機関車両の通信係の男性。


「こちら、冷蔵車両」

『よかった、君は最後尾へと向かった一般兵の一人だな。出るのが遅くてどこかで全滅してしまったのではと心配になっていたところだ、最後尾へと向かった一般兵は全員そこにいるのか?』


「はい、みんなここにそろっています。あの、精鋭がいなくなってしまって……外は今どうなっていますか?」

『そうか……では健闘を祈る』


 ガチリッ。


 小さく列車が揺れると線路から何かが離れていく。


「何の音だ?」


 誰かが連結が切り離されたと叫んだ。

 鉄蛇と冷蔵車の連結部に向かって人が殺到し、ギンセツも真偽を確かめようとそちらへと行こうとしたが受話器をつかみなおし機関部との通話を続けようとした。


「もしもし? もしもし!」


 何度も連絡を取ろうとしたが返事はなく、通話は不通となっていた。


「おいギンセツ、俺らおいていかれたのか!? D・サーペントが離れて行っちまったぞ!」

「今の通話は僕たちがここにいるかの確認!?」


 冷蔵車は敵を目の前に放置され生体兵器の格好のえさとなってしまい、これには立てこもっていた一般兵たちも嫌々ながらに外に出ざる得なかった。


「いた、災害種が、もうあんなところまで来ているぞ」

「置いていかれた……こんな装甲が薄い場所に……」


「何やってんだギンセツ、受話器なんか捨てて俺らも外に出るぞ。ここに生体兵器が来たら逃げる場所なんかないんだから、もう戦うしかないだろ!」


 自棄気味なジガクに手を引かれギンセツは地面に降りた。

 外は燃えている部分や鉄蛇のライトが付いている部分以外はほとんど真っ暗で、その明かりの周囲わずかな月明かりの下で黒い影が蠢いている。


 自力で走れる冷蔵車両を動かそうとしている整備士たちと、その間生体兵器が襲ってこないように自主的に警戒する一般兵に分かれ、警戒している方にいたジガクが動かそうとしていたのを見ていたギンセツに話しかける。


「あいつらずっとあの場所にとどまったままなのか?」

「何が目的なんでしょう、あれ以上こっちへ近づいてくる様子はないみたいですし。ずっと見ているだけ?」


 夕方見かけた四匹の蜂型の生体兵器は、脱線した鉄蛇のいくつかのライトに照らされ闇夜に浮いていた。


 下を走る鉄蛇は一つ下の線路で立ち往生しているA・八岐大蛇を残してすべて走り去り、ギンセツ達と同じように取り残された一般兵たちがまっすぐシェルターへ向かう生体兵器の進行方向から離れ逃げつつ戦っていた。


 災害種は二つ下の線路を超えA・八岐大蛇のいる一つ下の線路へと向かっていた。

 逃げながらもそれぞれの鉄蛇の一般兵たちは合流しようと一般兵たちは山を走る。


「俺らもどっちかと合流した方がいいんじゃないか? 一般兵は固まって戦った方がやられにくいんだろ?」

「どっちと? 右……いや左側のほうが大きい生体兵器が少ないか……」


「精鋭はどっちだ、普通に考えてそっちが安全だろ」


 生体兵器の進行方向から見て右にも左にも精鋭の姿はない。

 脱線した鉄蛇を守りに行くといなくなってしまった精鋭は、進行してきた生体兵器たちの真正面、下に見える鉄蛇、A・八岐大蛇の周囲で戦っている。


 その中にD・サーペントの一般兵を見捨てた鈴蘭隊の隊長の姿があり、白い制服を奴らの体液で黄色や黄緑に自らの怪我で赤色に染めていた。

 下で戦っている精鋭の戦いを見るのに夢中になっていると横にいたジガクがギンセツの見ている方向から離れた坂の下を指さす。


「来たぞ、本物の生体兵器が!」


 叫び声をあげ大型のエクエリを捨てて走ってくる一般兵の後ろから、柱のような長い脚が伸びてくる。

 種類はジガクの肩や腕に傷をつけたものと同じ深緑色の蜘蛛だったが大きさが圧倒的なまでに違う。


 彼を襲ったのは足の長さを入れて一メートルほどだったが、こちらは脚の長さを抜いた本体の大きさは二メートルほどで長い脚を入れると十メートル以上はある大きなもの。

 脚の太さが細見剣ほどではなく大人の男性の体と同じくらいにまで太くなっていた。


「でかい体に見合わず意外と早いぞ」


 足の長い蜘蛛は地面に足を突き立て一気に掘り起こし小石と土煙を巻き上げる。

 そして自ら土煙の中へと飛び込むと、怯んだ一般兵のに見向きもせず発光部位を揺らめかせ冷蔵車へと突き進む。


 人ではなく鉄蛇と戦ったことを学習したことによって、冷蔵車を鉄蛇の車両と誤認し地面にいる複数いる一般兵などよりそれを破壊、無力化することが優先した。

 生体兵器が脇目も降らずまっすぐ冷蔵車へ向かうので、向こうは何とかしてくれるだろうと動かそうとしていた一般兵たちが慌てて逃げ出す。


「冷蔵車に行かせちゃだめだ!」


 その叫びもむなしく、脚は走っていた一般兵を飛び越え冷蔵車の三両あるうちの先頭の一両を突き刺した。

 装甲の薄い冷蔵車は力ずくで金属を裁断する嫌な音を発しながら紙にハサミを入れるようにすっと刺され線路まで貫通、引き剥がされて車両は自らの重さで折れる。


「先頭がやられた、これで前に進めなくなった……」

「冷静に分析してないでエクエリを構えろギンセツ!」


 巨体にうろたえたとはいえ一般兵たちは一斉に本体を狙う、ギンセツとジガクも攻撃に参加して高火力のエクエリの弾はあっという間に穴をあけ蜘蛛の体をバラバラにした。


「普通の生体兵器?」

「だな、こんなのを通すなんて精鋭は仕事してるのか? 下で全滅したんじゃないだろうな」


 ジガクは冷蔵車に刺さったままの足を引き抜く手伝いに向かい、ギンセツはバッテリーの残量を確かめながら次の生体兵器が襲ってこないか注意を払った。



 生体兵器に刺された先頭車両は詳しく調べる必要もないくらいに破壊され近づくと冷蔵装置の壊れた影響で冷却ガスのにおいがした。


「後ろの冷蔵車両は動きますか?」


 ギンセツは背の低い眼鏡の男に話しかける。


「いいや、駄目のようだね。一両目は見ての通り、二両目は今ので線路から脱輪したようでね、三両目は動くには動くが時計回りの一方通行の線路で逆走するともしほかの鉄蛇がここへ向かっていた場合大変なことになるのだがね」

「一度切り替えの部分まで戻って……」


「線路は今いるここが一番上で無事な線路に戻ると下に降りるというのなら、災害種の真下を通過すぎるということになるのだが正気かね?」


 ギンセツが何も言い返すことができずにいると下り坂の手前でジガクが呼んでいる。


「見ろよギンセツ。この脚、鉄蛇の装甲より堅そうだよな」


 引き抜かれた脚は車両と平行に並べられ捨て置かれていて、ジガクはその上に立っていた。

 本体は全員の一斉攻撃でほとんど残っておらず、残りの脚も一カ所にまとめられていた。


「大丈夫ですか? これ動き出したりしません?」

「死んでるんだから動いたりはしないだろ。っと、それはいいんだ、それより下の精鋭が持ちそうにない」


 下に見える鉄蛇は多くの生体兵器の死体に囲まれ、機関車両は脱線した車両から後ろを切り離し戦場から離脱していた。


 置いていかれるようにその場に残った精鋭たちが戦っているその横を、災害種は通り抜け山を登り始めいよいよこの最後の線路へと迫っていた。

 最後の線路のあるギンセツ達のいる場所へと。

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